第12話「封鎖突破」
夜更け。王都の外れに停められた商隊の馬車の周りで、静かな準備が進んでいた。
街道はすでに王太子派の兵に封鎖されている。南門も東門も兵が二重に張り付き、辺境へ帰る道は閉ざされた。
残されたのは、北西に口を開ける廃鉱山道――十年前に閉じられ、今は誰も通らない危険な道だった。
クラリスは地図の上に手を置き、仲間を見渡した。
「ここを抜ければ、王太子の網をかいくぐれる。危険はあるけれど、辺境に戻るにはこれしかない」
ドミトリが笑い、剣帯を叩いた。
「狭い道なら十人もいれば十分守れる。剣を抜くのは嫌だろうが、山賊の群れなら躊躇せんぞ」
「ええ。剣を抜くのは“国を壊す者”に向けてだけです」
クラリスの言葉に、フェンが大きく頷いた。
廃鉱山道
月明かりの下、商隊はひっそりと出発した。馬車の車輪が軋み、冷たい風が吹き込む。
鉱山道の入り口は崩れかけた石門で、蔦が絡み、岩壁の裂け目に吸い込まれるようだった。
進むと、道は狭く曲がり、馬車がぎりぎり通れるほど。頭上からは岩がせり出し、滴る水が冷たく頬に落ちる。
イングリットが剣を抜かずに前を警戒し、フェンが走って風向を確かめながら旗を振る。
「北西、弱風! ……空気が重い。湿り気が強いぞ!」
ユリウスが手元の器具を確認し、眉を寄せる。
「……硫黄の匂いだ。鉱山が生きている。崩落に注意を!」
襲撃
その時、暗がりから影が飛び出した。粗末な鎧を着た山賊たちだ。
「塩を置いてけ!」
刃が光り、馬車を取り囲む。
だがクラリスは即座に叫んだ。
「灰を撒いて!」
ドミトリの団員が袋を破り、灰を風に投げる。狭い道に煙が充満し、山賊たちが咳き込む。
イングリットが盾で押し返し、フェンが走って合図を飛ばす。
「側道に二十! 背後に五!」
「後ろを抑えろ! 抜けるぞ!」ドミトリが吠え、棍棒で敵を打ち倒した。
剣を抜かずに戦う――辺境試合で磨いた連携が生きていた。山賊たちは煙と混乱に飲まれ、次々と逃げ散った。
崩落の危機
勝利も束の間、頭上から岩が崩れ落ちる音が響いた。湿った硫黄の匂いが濃くなり、地面が揺れる。
「まずい! 山が動いている!」ユリウスが叫ぶ。
クラリスは即断した。
「馬車を軽くして! 塩袋を前に移動! 人は後ろを押して!」
仲間たちが必死に馬車を押す。重い袋を前に積み替え、岩が落ちる直前に馬車は狭い通路を抜け出した。
背後で轟音が響き、道が完全に塞がれる。
フェンが額の汗を拭い、笑った。
「……戻る道はなくなった。進むしかないな」
「それでいい。国も同じ。前へ進むしかないのです」クラリスは答えた。
新たな同盟者
鉱山道を抜けた先、荒れ地に小さな集落があった。家々は崩れかけていたが、人々がわずかに暮らしていた。
彼らは驚いた様子で商隊を迎え、長老が前に出る。
「……あなた方は何者だ? この道を通ったのは十年ぶりだ」
クラリスは塩袋を示し、微笑んだ。
「辺境塩を持ち帰る者です。もしよければ、あなた方にも分けましょう」
長老は一粒を舐め、目を見開いた。
「……これは、天からの贈り物か。私たちはずっと塩不足で苦しんでいた」
クラリスは頷き、塩袋を二つ手渡した。
「代わりにお願いがあります。この道を、辺境と王都をつなぐ新たな路にしたいのです」
長老は深く頭を垂れた。
「我らは喜んで協力しましょう。あなたこそ、この荒野に光をもたらす方だ」
辺境へ
数日後。商隊はついに辺境の塩湖へ帰還した。村人たちが歓声を上げ、子どもたちが契り袋を振る。
クラリスは塩袋を掲げ、宣言した。
「王都で“王印”を授かりました! これからは堂々と、この塩を国中に届けられます!」
歓声はさらに大きくなり、辺境の大地が震えるようだった。
次なる嵐
しかし、ユリウスが耳打ちした。
「安心はできません。王太子派は必ず次の手を打ってくる。――恐らくは軍事的圧力です」
クラリスは空を見上げ、深く息を吐いた。
「ならば、こちらも“国”として備える時です。辺境はもう村ではない。――国家の始まりなのです」
黄金の湖面が陽光を浴びて輝き、まるで未来を照らすかのようだった。