第11話「王太子の逆襲」
王宮の謁見を終えた翌日、クラリスは宿舎で帳面を広げていた。
「辺境直轄領代官」として任じられた今、王命により塩湖と周辺三村は正式に彼女の管轄となった。王都の権威を得たのだ。
だが安堵する暇はなかった。
ユリウスが慌ただしく駆け込む。
「クラリス様! 王都の広場で、王太子派が“辺境塩は呪いの結晶だ”と触れ回っています!」
イングリットが舌打ちした。
「奴め……謁見で敗れた腹いせに、庶民を扇動しているな」
クラリスは静かに帳面を閉じ、椅子から立ち上がった。
「予想通りです。――ここからが本当の戦い」
流言の広がり
王都の路地では、黒衣の者たちが声を張り上げていた。
「辺境塩を食べた者は病にかかる!」
「悪女クラリスが魔道で塩を操っている!」
噂は瞬く間に広がり、庶民の間に不安を呼んだ。市場の塩袋は一時的に売れ残り、商人たちは眉をひそめる。
クラリスは商隊の仲間たちを集め、短く告げた。
「放っておけば噂は真実に変わります。だから、証拠をもって打ち破るのです」
公証の策
ルーカスが口を開いた。
「交易院には“公証試験”の制度がある。品物を王都の公証人の前で検査し、合格すれば“王印”を与えられる。王印があれば、誰も偽物とは言えない」
「ただし」ユリウスが顔を曇らせる。
「試験官の多くは王太子派に買収されている。審査は公平とは限らない」
クラリスは即座に答えた。
「ならば、市場で“民の目”に晒しながら行わせましょう。王太子派が不正をすれば、民の目が逆に暴くはず」
イングリットがにやりと笑った。
「なるほど、“剣を抜かずに勝つ”やり方だ」
公証試験
三日後。王都南市の広場に机が設けられ、塩袋が運ばれた。群衆が取り囲み、好奇の視線を向ける。
王太子派の試験官が現れ、鼻で笑う。
「これが辺境塩か。では規定に従い、純度と効果を試す」
塩が水に溶かされ、蒸発皿に残る残渣が調べられる。不純物はほとんどなく、基準を大きく下回っていた。
「なっ……!」試験官の顔が歪む。
次に肉を焼いて味見する。群衆の中から選ばれた庶民が口にし、歓声を上げた。
「うまい! 昨日の肉とは別物だ!」
「保存しても腐らなそうだ!」
試験官は額に汗を浮かべた。だが公証人が立ち上がり、宣言する。
「辺境塩、王印を授与する!」
広場がどよめきに包まれた。
王太子の策動
だがその夜。宿舎に戻ったクラリスのもとへ急報が届いた。
「王太子派の兵が、辺境への街道を封鎖し始めています! 商隊が戻れなくなる!」
ドミトリが拳を握りしめる。
「これは挑戦状だ。剣で打ち破るしか――」
「待って」クラリスは首を振った。
「剣を抜けば、こちらが反逆者とされる。……別の道を使うしかない」
ユリウスが地図を広げた。
「北西に古い鉱山道があります。長らく使われていませんが、馬車なら通れるはず。危険も多いですが……」
クラリスは決断した。
「そこを通ります。塩を辺境に持ち帰らなければ、この国は夢で終わる」
夜の誓い
窓から見下ろす王都の街は、灯火の海のように輝いていた。だがその光の裏で、権力の闇が蠢いている。
クラリスは塩袋を抱き、静かに呟いた。
「殿下……婚約破棄の屈辱は、すでに力に変えました。次に裁かれるのは、あなたの“空虚な権威”です」
風が窓を揺らし、遠くで鐘が鳴った。
――辺境への帰路は、復讐と改革の第二幕となる。