第10話「謁見の間の裁定」
王都の中央、白亜の宮殿に朝の鐘が鳴り響いた。
クラリスは正装に身を包み、塩袋を一つ抱えて謁見の間へと進む。磨き上げられた石畳は冷たく、赤い絨毯の先に玉座がある。天井の高い広間に集ったのは、宰相派と王太子派の貴族、そして王国の重臣たちだった。
ユリウスとイングリット、ドミトリとフェンが後ろに控える。ルーカスは交易院の立会人として列席していた。
王の登場
黄金の冠を戴いた国王レオポルド三世が玉座に座した。年老いてなお眼光鋭く、その声は広間に重く響いた。
「辺境に追放された侯爵令嬢クラリス・アーデルハイト。――そなたを呼んだのは、噂の“辺境塩”について直接見極めるためである」
王太子アレクシスが一歩前に出る。
「父上! その女は偽りの証で私を陥れた悪女です! 辺境塩とやらも、怪しいまやかしにすぎませぬ!」
オーベルン伯が扇を広げ、低い声で笑った。
「殿下。塩を口にした者の誰もが、その価値を認めておりますぞ。国益を無視するのは愚かでは?」
謁見の間の空気は、早くも火花を散らしていた。
塩の証明
クラリスは深く礼をし、玉座に向かって進み出る。
「陛下。辺境の塩、ここにございます」
塩袋を開け、粒の揃った白い結晶を皿に盛る。王の侍医と料理長が検分し、舌に載せた。
「これは……!」料理長が驚きの声を上げた。
「不純物が極端に少なく、味が澄んでおります。王都の塩より格段に上質!」
侍医も頷く。
「保存性も高く、病の原因となる雑菌を減らせましょう」
広間がざわめき、視線が王太子に集まる。
王太子の反論
アレクシスは顔を赤らめ、声を荒げた。
「証人など買収できる! その女は辺境で異端の知識を振りかざし、民を惑わせているのです!」
クラリスは一歩も退かず、静かに告げた。
「殿下、もし私が惑わせているというなら、辺境の民を呼んでお確かめください。彼らは飢えを凌ぎ、今は契約と印によって自ら働いています」
ルーカスが前に出て補足する。
「交易院も確認済みです。帳面は公開され、改ざんの余地はない。――この塩は国益となりましょう」
民意の力
その時、謁見の間の扉が再び開いた。
昨日市場で塩を味わった庶民たちが、役人に導かれて入ってきたのだ。パン職人、葡萄酒商人、宿屋の女将――彼らが口々に訴える。
「辺境塩で焼いたパンは、今までより長持ちします!」
「葡萄酒がまるで別物のように香り立ちました!」
「宿の客も、あの塩を求めて戻ってきます!」
王都の広間に、庶民の声が響く。貴族たちはざわめき、王太子は唇を噛みしめた。
王の裁定
国王レオポルド三世は立ち上がり、杖を鳴らした。
「聞いたか。民の声は嘘をつかぬ。この塩は確かに国益である」
王はクラリスを見据え、厳かに言葉を続けた。
「クラリス・アーデルハイト。そなたを“辺境直轄領代官”に任ずる。塩湖と周辺三村を統べ、交易の責を担え。――これは王命である」
広間に驚きと歓声が広がった。
王太子は膝を震わせ、伯は満足げに扇を閉じる。
新たな宣誓
クラリスは深く頭を垂れ、声を震わせずに答えた。
「謹んで拝命いたします。――辺境の大地を、黄金に変えてみせましょう」
その瞬間、彼女はただの追放された悪役令嬢ではなく、王国に認められた「辺境の主」となった。
だが、玉座の陰で王太子の瞳は憎悪に燃えていた。
そして伯の笑みには、別の思惑が潜んでいた。
クラリスは知っている。この裁定は始まりにすぎない。
これから訪れるのは、復讐と覇道の嵐だ。