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出会い

 死ぬ時は、最高の死に方がいい。

そう思いながら毎日を過ごしている。


 朝、カーテンから漏れる日差しで優雅に目を覚ますわけでもなく、5時半に勝手に目が覚める。

窓を開けて「また始まったか」と少し憂鬱な気持ちで1日を始めるわけでもなく、何も感じないまま1日が始まる。

冷たい水で顔を洗い、コーヒーを飲みながら今日のニュースを見る。

ニュースの内容は聞き流すだけで一つも頭に入ってこない。

コーヒーを飲み終わったら、日課のちょっとした筋トレをする。

朝食を食べ、寝癖直しに頭を洗う。

温水になるのを待ちきれず、冷たい水のまま頭を濡らす。

ちょっとした準備をしてから、職場に向かう。


 俺は小学校の教師をしている。

1つの教室の担任だ。

昔の俺は、教師になりたいなんて微塵も思わなかった。

むしろ、やりたくない職業とも思っていた。

子供の面倒を見て毎日を過ごすなんてごめんだなと思っていた。

疲れるし、面倒くさいし。

でも、良いことだってある。

生徒の成長を見られることだ。

こんなに俺が苦労してるんだから、成長してくんなきゃ困るけど。

今のところ苦労の方が多いかもな。

でも、成長した生徒の姿を見るとその瞬間だけ、教師やってて良かったなって思う。

まぁ、寝て起きるとそんな事忘れちゃうけど。

高校卒業してからいつのまにか教師になっていた。

大学での出来事なんて、大まかにしか覚えていない。

でも、高校生活では鮮明に覚えていることがある。

これが俺の教師になるきっかけでもある。


「先生、よっす」

廊下で生徒に挨拶された。

「おぅ、よっす」

その生徒に挨拶を返す。

廊下で騒ぐ子供たちに少し鬱陶しいなと思うこともあるけど、たまにいいなとも思う。

何も考えず、将来の不安とかも少ない時期に友達とギャーギャー騒ぐのが1番楽しかった気がする。

戻りてぇなって思ったりもする。

教室に入って、本当に1日の始まりを感じる。

「よし、やるか」


 一日が始まって数時間。

この時間では、自分のクラスでの授業だ。

「先生、次の時間何するんですか?」

1人の生徒が俺に言った。

そういえば、次の時間はそれぞれの教室で活動を決める時間だった。

「全然決まってないなー。お前らは何やりたい?」

俺はクラスの生徒に聞いてみた。

「外で遊びたい」「自由におしゃべり」などなど、いろいろな声が聞こえる。

「先生は昔どんな子供だったの?」

そんな声が聞こえた。

「あー、知りたい」「確かに」

と教室中から聞こえる。

「俺の子供の頃か、、、あんまり覚えてないなぁ。覚えてるとしたら高校の頃くらいか?」

「えー、知りたーい」「教えてよー」

「そんな、別に良いものじゃないけど、みんなが聞きたいって言うなら。良いのか?」

「うん。いいよー」「やったー」

みんなが聞きたいって言うなら、話してやっても良いか。


「じゃあ、これは俺が高校生の頃の、、、


 俺は学校で人気者だったと思っていた。

朝、学校に来れば俺の机の周りには友達が集まっているし、いつだって中心にいた、と思っていた。

女の子の知り合いだってたくさんいるし、この生活は不足しているはずがない。

でも、なんか気だるい。

学校が面倒くさいだけなのか?と思ってた。

しかし、ある日の出来事をきっかけに、この気だるさは吹っ飛ぶ。


 実際、俺は人気者ではなかったのだろう。

どうせ、女の子は他の男とはもっと仲良くてるんだろし。

何思い上がってるんだろうって自分が悲しくなる。

放課後、友達に遊びに誘われたことはないし、夜に友達と連絡を取り合ったり電話をしたりなんてことはしたことない。

友達のインスタのストーリーなんかを見ると結構心が痛い。

中学の時、自分の誕生日を教えたけど祝われなかった。

それが当然なのかと思ったけど、他の親しい友達同士では祝いあっていた。

高校に入ってからは自分の誕生日を教えることをやめた。

遊びに誘われることはないから、月に1回くらい自分から誘ってみることにしてる。

今のところの答えは全部「じゃあ、いつか遊ぼ」だ。

俺の分かったことは、いつかは一生こないということだった。

俺との関わりは全部表面だけで、自分はいつも1人だったってことに、中2の頃に気づいた。

それから週に2回ぐらいはそのことを寝る前に考えて、夜が長くて辛い。

長期休みが始まってからは毎日思う。

長期休みが始まると、遊びになんかは誘われないから毎日家で引き篭もる。

なんかわかんないけど、涙が出てくることがあったりして。

でも、学校に行けばみんながあったかくしてくれるから自分は人気者だって錯覚する。

本当の友達って何なんだろうか?俺に友達っていたのだろうか?

そんなことを常に考えていると、俺という存在が分からなくなってきてる気がして、名前を呼ばれても呼ばれてる気がしないっていうか、本当にこの世界に俺がいるのかも分からなくなってきて、、、

そんなことを思い続けていると、心に余裕がなくなってきているような気がする。

一歩間違えば、今の表面だけの関係も剥がれていってしまうような。

表面だけの関係のために、今自分の全力を尽くしているんだと考えると、俺の人生ってなんなんだろうって。

結局1人のままなのに。

人生が辛いとは言えないけど、人生が楽しいとは言いたくない人生を送っている。


 そんな俺は、いつも通りの帰り道を1人で歩いていた。

なんも変わらない風景ところに、1つ変わっている風景があった。

普段は誰もいるはずのない、暗闇の廃墟ビルの屋上に人が立っていた。

別に確信はないけど、あいつは自殺しようとしているのかもしれないと思った。

そう思った時、俺は廃墟ビルの中を走っていた。

あいつを助けないとって表面では思っているが、心の奥ではあいつを助ければ、何か俺のためになるんじゃないか、善をすれば自分に何か返ってくるんじゃないか、とか思っている自分もいる。

階段を走りながらそんな俺を最低だと思う。

俺は、意味もなく、ただの善意で人を助けることなんてできなかった。

屋上へ続くドアは開いていた。

「なぁ、お前死ねるのか?」

俺は、屋上のやつに聞いた。

「はい、僕はこれから、、、」

そいつの足は震えていた。

俺も手が震えていた。

俺は高所恐怖症なわけではないけど、怖かったのかもしれない。

目の前で人が死のうとしてる。

俺が止められなかったら、一つ命がなくなる。

それが怖かったのかもしれない。

「俺はさ、死ぬ時は最高の死に方をしたい。」

「なに?急に、、」

「美味いもの腹いっぱい食いすぎて腹ちぎれて死ぬとか、美人のでっかいおっぱいに挟まれて窒息して死ぬとか、えーっと、後は、、、」

「寝たい時に寝過ぎたらいつの間にか死んでる、とか?、、」

「まぁ、うん、そうだな、死ぬなら最高っっ!!の死に方しよってこと。お前は今しようとしてるその死に方、最高なの?」

「いや、でも、、」

「お前、怖いんだろ?死ぬの。怖いってことはさ、まだやり残したことがあるんだよ。分かるよ、死にたくても死ねないよな。勇気出ないよな。なんか、やり残したことがあるんじゃないかってあれやりたかったな、これやりたかったな、って思うよな。だからさ、それ全部やってから最高の死に方しようぜ!」

階段を走って息切れの俺は言った。

とにかく、こいつを止めなきゃなんないって思っていた、と自分では思っている。

でも、本当は心の中にあったもの吐き出しただけだったのかもしれない。

廃墟ビルの屋上に立っていただけで、自殺と決めつけたのも、こいつがほんの少し俺と近い場所にいたからなのかもしれない。

「最高の死に方?、、」

「そう!もう超最っ高のやつ」

「でも、、僕これからどうすれば、」

「お前、同じクラスの飯島だろ?俺と友達になろう。お前のやりたいこと全部に付き合ってやる。だからさ、俺と一緒に、何だ?、そう、何かやろーぜ。」

「僕のこと知ってるの?いつも教室の端っこで1人でいるだけなのに、、」

「あぁ知ってるよ。知り合いだけは多いから。」

「分かった、君の言うとおりにしてみようと思うよ。確かにね、最高の死に方ね、、、一応、名前は亜希あき。飯島亜希。君は?」

「俺は、『・・・』だよ。」

「『・・・』君ね。」

「『・・・』でいいよ。よろしくな!」

亜希は、病気らしい。

何の病気なのかは知らない。

病名を聞くのが怖かったから聞かなかったって言ってた。

余命も長くはないらしい。

でも高校は卒業出来るんだって。

今のところ特に、安静にする必要もないし、ちょっと健康に気を使うくらいで普通の生活をしてれば良いんだってさ。

不幸中の幸いっていうか、でもまぁよかったんじゃないかなって思った。

でもそれは表面上だけだった。

他人の事情に深く思うことは出来なかった。

他人の人生に悲しんでいる余裕は、今の俺の心にはなかった。

俺はそれから、なんかよくわかんない話をしながら帰った。

本当にたわいもない、家に帰れば忘れているような話を。


「よっす」

朝、学校に来て亜希に挨拶をした。

「う、うん」

亜希は、ぎこちなく返してきた。


「よっす」

昼休みの時間、亜希に挨拶をした。

「う、うん」

亜希は、ぎこちなく返してきた。


「よっす」

学校が終わり、亜希に挨拶をした。

「う、うん」

亜希は、ぎこちなく返してきた。


これがだいたい、一週間続いた。


「よっす」

俺は亜希に挨拶をした。

「よ、よっす」

亜希は挨拶を返した。

なんか嬉しかった。

途中でやっぱこいつは、俺と仲良くなる気はないのかなって、やめようかなって思ったこともあったけど、続けてよかったな。

「なぁ、今日これからどっか食べ行かね?」

「どっか食べ?」

「そうだよ、ファミレスでも行こうって」

「あー、、、行こっかな」

「よし、決まりね。じゃ、放課後」

「うん」

正直ファミレス行ったところで、何話そうとか、どうやって関わろうかとか、全然分からない。

適当に決めちゃったけど、何とかなると思った、根拠とか自信とかはないけど。

それよりも、そっけない返事をし続けてたあいつが、誘いにのってくれたのが嬉しかった。


「よっす」

「よ、よっす」

今日の学校での出来事を話しながら校門を通る。

「亜希って結構食べたりすんの?」

「僕は、結構食べるかも」

「え、意外だな、あんま食べなそーじゃん」

「そう?ま、まぁこの体見たらそう見えるかもねー」

亜希の見た目は、前髪で目が隠れてて、猫背でメガネ。

体はガリガリのくせに、背は高い。

まぁ、ギリ俺の方が高いけど。

俺が178ぐらいだから176ぐらいか?

「勝ったー」と少し優越感に浸る。

俺の身長はまぁまぁ高めだと思ってる。

このくらいの身長だと、少し身長が高めの人を見ると比べてみたくなったりする。

俺の方が高かったらちょっと嬉しいし、低かったらちょっと悔しい。

駅前とかの人が集まるところで高い人を見つけたらこっそり身長比べとかをしたりする。

180以上の俺よりも更に高身長は、こんなことしないのかもしれないなって考えてみたりする。


「2人で」

「お好きな席どうぞー」

席に座り注文を決める。

「俺は、あんまり頼まなくて少しで良いかなー」

家に晩ご飯あるし、ドリアとか食いたいな。

「決まった?」

「うん」

呼び出しのボタンを押した。

「ドリア一つで、後ドリンクバーも」

「ステーキとライスの大とピザとポテトとワカメサラダで。あ、あと辛味チキン」

すごい量頼むなって思った。

てか、結構ビビった。

と同時に、

「なんか腹立つな」

「え、何で?」

あー、声に出てたっぽいな。

「いやだって、なんか負けたって感じして。俺、負けず嫌いなとこあんだよねー。自分以外には負けたくねぇ!みたいな」

「へぇー、じゃっ、今日は僕の勝ちだね」

ウザって思った。

意外と人のこと煽ってくるのか。

でも、こいつ意外と面白いやつだなとも思った。

それで、さらに面白いのが亜希は頼んだものを1人で全部ぺろりと食べた。

しかも、追加で辛味チキンを頼んでた。

やっぱこいつは面白いって思った。


2人ともそれなりに料理を食べ終わった。

「今日はさ、ちょっと作戦会議しようかと思ってさ」

「作戦会議?」

亜希は不味そうにジュースを飲む。

「やっぱ不味い?」

「めっちゃ不味い」

少し前、ドリンクバーに飲み物を取りに行く時、亜希の飲み物には炭酸水に麦茶を少しだけ入れた飲み物を入れた。

俺が中学生の頃得た研究結果では、この組み合わせが俺史上一番不味いと思う。

名付けて、『炭酸チョビ茶』

「でさ、もうすぐ体育祭あんじゃん。ここで一発ぶちかまそっかなって」

「体育祭でぶちかます、、?」

「そうだよ。なんか得意なスポーツとかねーの?」

「スポーツかぁ、まぁ大体はできるけど、、、」

そんなわけあるかって思った。

こんな見た目のやつができてたまるかって。

「あー、そうなの?じゃあさ、テニスやんね?ちょうどダブルスらしいし」

「テニスか、、良いね、やろ」

「あと、リレーとかもあるらしいぞ。クラスで代表決めるらしい。お前入れそ?」

「いやー、分かんないなー」

「俺は入る、足速いし」

「へぇー、速いんだ」

「まぁな、結構自信ある」

「ちょっといい?」

「え、なに?」

「ちょっと前髪をさ、」

前髪を少し横に流すと、ちょっと可愛らしいけどかっこいいなって感じの顔が出てきた。

なんか思ったよりイケメンでイラッとした。

「なんかウザ」

俺は横に流していた前髪勢い強めに下ろす。

「なんで?」

こんな話をしてる間にも、亜希は炭酸チョビ茶を、ちびちび飲んでいた。

1杯飲み切ったと思ったら新しい飲み物を取りに行った。

そうすると、なんか見覚えのある色の飲み物を持ってきた。

「何それ?」

「あ、これ?炭酸チョビ茶」

「は?」

「ちょっとハマった」

亜希はファミレスを出るまでに、炭酸チョビ茶を5杯ぐらい飲んでた。

やっぱ変なやつだった。

なんか負けた気分だ。

更なる研究を続けないと。


「ごちそうさまでしたー」


ファミレスを出た後、ちょっとした運動がてら、テニスをしに行った。

自分で言ってたくらいだ、まぁ少しは上手いんだろうなって思ってた。

まぁ、俺が勝つだろうけど。

「俺さ、ちょっと前に、テニスのアニメ見たし、上手くできる気がするわ」

「そーなんだ、僕も負ける気ないけど」

テニスを始めて数分、試合をやった。

俺はボコボコに負けた。

もう完膚なきまでにボッコボコ。

あれは、悔しい通り越してめっちゃ笑える。

まぁでもこんなやつにボロ負けしたのは本当に悔しかったので、バレー、サッカー、陸上とか色々なスポーツで再戦した。

全部ボロ負けだった。

全部の種目アニメだけは見たんだけどな。

やっぱアニメ見ただけじゃ上手くできないって分かった。

めっちゃ笑えた。

それで思った。

こいつは面白いなってさ。

この日の後、こっそりいろんなスポーツを練習した。

それが家族にバレた。

事情を話したらもう、家族は大爆笑。

ふざけやがって。


「なぁなぁ、筋トレしに行かね?」

ある日の学校の休み時間に、俺は亜希に言った。

「なに急に」

「男ならさ、筋肉に憧れるべきだと思うんだよ。んでさ、俺は今筋肉に憧れてるわけ」

「『・・・』が1人で行けば良いじゃん」

「いやだって、一緒に行きたいじゃんか」

「えー、どうしよ」

「あ、そうか。亜希は病気とやらにビビって行けないんか。そーかそーか、残念だ」

ちょっと煽り口調で言ってみた。

「は?行くわ」

頬杖をついていた手を勢いよく振り下ろしながら言った。

手を机にぶつけていた。

あれ痛いんじゃね?

赤くなってね?


学校が終わり、放課後。

亜希と学校を出て、帰り道。

「よし、行こーぜ」

「んで、どこ?」

「公園」

「へ?」


公園には色々あると思う。

走れるし、鉄棒あるから懸垂できるし、腕立てだって腹筋だってできるしな。

こんなの簡易無料ジムだろ。って思ってる。

まぁ、1人で普通のジム行ってみたけど周りのマッチョが怪物に見えてビビって逃げたから、もうジムに行きたくなかったっていうのは絶対に言わない。

でもかっこよかったなー、マッチョ。

「俺、懸垂できんぞ」

「そーなの?やってみてよ」

俺は自分の身長よりも少し高めの鉄棒を握った。

「ふんっ!

ジャンプしてその勢いのまま

1っっっ!!!」

「え?」

「ほらな」

自慢げな顔で言った。

「いや、その、なんか、ズルくね?」

「いやできてんだろ?ほら」

俺は利き腕の右腕を直角よりさらに曲げて、小さな力こぶしを見せつける。

「ふっ、馬鹿かよ」

亜希は笑いながら言った。

「いやいや、お前はできんのかよ?」

「どーかなー?あんま自信ないけど」

すると、亜希はそのまま鉄棒にぶら下がりその細い腕で、俺の見間違えじゃなければ亜希の体は上下に5往復ぐらいしてた。

俺の見間違えじゃなければ、、、

「くそがっっ!!!」

「僕に負けっぱなしだねー」

「今に見てろよ」

俺だって5回ぐらいできんだろって思ってた。

一回できれば、そのあとなんて流れでできると思った。

だって、1番辛いのはいつだって一歩目だろ?

そして俺は勢いよく1回目の懸垂をした。(ほぼジャンプ)

そして肘を曲げた状態から、ストンと勢いよく体を下ろし一度肘を伸ばす。

そしてまた曲げて、、、

あれ?動かない?ってか、どうやって腕って曲げるんだっけ?

そんな感覚だった。

こんなの出来るわけがない。

でも、ただで負けるのは嫌すぎる。

「ぐおぉぉぉぉ!!!」

俺は叫びながら必死に肘を曲げようとする。

「がんばれ、がんばれ、」

亜希も、馬鹿にしてるのか?ぐらいに笑いながら応援してくれた。

顎が鉄棒をあともう少しで届きそうだった。

でも、ツルって手が滑って、いつのまにか地面に直立。

懸垂の2回目ができなかった。

「くそぉぉぉぉ!!!」

「惜しかったねー」

この後も、腹筋30秒間の回数勝負は2回差で亜希に負けた。

腕立て30秒間の回数勝負は5回差。

公園周りを3周走るレースは半周差。

「くそぉぉぉぉ!!!」

一体こいつは何なんだ?

本当に同じ人間か?

病気のはずじゃなかったのか?

「はぁはぁ、今日のところは筋トレ王の玉座はお前に譲ってやるよ」

「ははっ、リベンジするならいつでも受けて立つよ」

「馬鹿が、お前の玉座もすぐ終わる!次でな」

次の日、俺は筋肉痛で思うように体が動かなかった。

亜希はピンピンしてた。

この週、勇気を出して俺と亜希は2人でジムに行った。

やっぱり周りのマッチョは怪物に見えたので、怖くて逃げた。

亜希も同じことを思ってたらしい。

でも筋トレはしたかったので、朝に家でちょっとした筋トレをするのが日課になりつつある。


筋トレを続けて1ヶ月が経った。

全身鏡を見れば、服を脱ぎポーズを決めたくなるぐらいには筋肉がついてきた。

多分マッチョから見ればただのガリなんだろうけど。


 そして、体育祭が始まる。

俺と亜希の血と汗と涙のテニスが始まる。

練習はした。

続かぬラリー、入らぬサーブ、テニスの特大ホームラン。(全部、俺のせい)

大変なことはたくさんあった。

特に、飛んでいったボールを探す時間は大変だったな。

今となっては、ラリーは続くし、サーブも入る。

スマッシュだって打てるようになった。

これも全部亜希大先生のおかげだ、なのか?


練習の日々を思い出す。

「亜希、どうやってサーブ打てばいい?」

「えーっと、ポイってやってポンだよ」

亜希は得意げに言う。

「ポイってやってポン、、?」

「そう、ポイってやってポン。下からサーブしか出来ないからこれで許して」

「いや、分かんねーよ」

「え、分かんない?こんなに丁寧に教えてんのに」

「分かんねーって」

とりあえずやってみたが、ボールは全部コートの外に飛んでいった。

「出来ねーって」

亜希の方を見て俺は言った。

「マジか」

めちゃくちゃ驚いた顔をしていた。

今の説明でできるわけがないだろ。

「じゃ、じゃあラリー続けるためにどうやって打てばいい?」

「それは、フンってやってポンだよ」

また亜希は得意げに言った。

「フンってやってポン、、」

「そう、簡単でしょ?」

やってみたがまた全部コート外。

クソッ、こいつ教えるのめちゃめちゃ下手くそだ。

天才なのか?天才なんだな。

ウザって思うのと同時に羨ましくなった。

俺はこの日の後、家ではテニスの動画を見たり、夜な夜な公園で壁あての練習をした。

何回か近所のおばちゃんに怒られたな。


亜希のおかげで俺はここまできたんじゃない。

やっぱり俺のおかげだ。

そんなことを考えながら学校に着いた。

「よっす」

亜希が挨拶をしてきた。

「よっす」

なんか亜希の顔を見て、イラっとした。

「なに、どうした?」

とぼけた顔をするなよ。

俺がどんだけ苦労したことか、、、

いやでも、俺が下手だったのが悪いのか?

いや、こいつが教えるのが下手だったのが悪い。

俺は悪くない。

「いや、なんでもない。それより今日は体育祭だぞ。テニスで天下取るぞ」

「取りに行くか、天下」


そんなこんなで、始まった体育祭。

俺たちのクラスは青組らしい。

青のはちまきを巻いて外に出る。

日差しは強い。

暑い。

多分30度はあるな、これ。

「亜希、暑くねって、なんでお前長袖長ズボン?暑くねーの?」

「いや、まーまー」

「熱中症なるぞ?」

「まぁ、大丈夫じゃない?僕鍛えてるし」

「鍛えてる?」

「そう、夏でもクーラーつけません。つけても扇風機」

「お前、すごいな」

「積極的SDGs」

俺もこの話を聞いた時、家でクーラーをつけなくなった。

それで、家で3回ぐらい熱中症になりかけた。

ここでもあいつに負けるのか?俺は。


 テニスの結果は準優勝だった。

初戦から準決勝まで運良く経験者に当たらず、ギリギリの戦いを勝ち進んできた。

でも、決勝は歳上のバリバリテニス部だった。

なんか、テニスラケット持った瞬間にオーラを感じたっていうか、レベル差を感じたっていうか。

正直ズルくねって思った。

でも、ここまでなんとか勝ってきて少し天狗になっていた俺たちは、勝てるんじゃねって思っていた。

でも、そんなに甘くなかった。

試合はボッコボコのストレート負け。

打たれた球を返そうと思うと、俺のラケットが弾き飛ばされそうな感覚だった。

全く勝てるわけがなかった。

そんな中、亜希はちょっと善戦していた。

それをみたクラスメイトの中で亜希が話題になり、学校で亜希は少し有名になった。

亜希の周りにクラスのみんなが群がり、

「すごかった」

「かっこよかった」

とか、言われてた。

俺は少し離れた位置から見ていた。

みんなが亜希を知るきっかけになれてよかったなって思った。

俺は嬉しかった、と思う。


体育祭はまだ残ってる。

学年別の選抜リレーだ。

俺も亜希もリレーには出ることになっている。

俺は3走で、亜希は2走。

アンカーである4走は陸上部の赤羽あかばね君が走る。

1走の田中たなか君がスタートの時に足を滑らせてしまいながらも、踏ん張って6チーム中4位。

ちなみに下の2チームも足を滑らせていた。

こらは、グラウンドが悪いんじゃないか?

そして、バトンは亜希に渡る。

亜希はそのまますごい勢いで2人抜き。

見ていた女の子が

「キャー!」

とか

「かっこいいー」

とか言ってた。

やっぱりもともと顔もかっこいいし、こんな活躍してたらな。

「『・・・』!!」

亜希が俺の名前を呼び、バトンが渡る。

前のやつを追い抜かそうとしても、差が縮まるような気はせず、等間隔で走っていた。

俺は2位のまま赤羽君にバトンを渡した。

すると、赤羽君はすごい勢いで1人抜いてゴール。

結果は1位だった。

リレーが終わり、クラスのみんなが駆け寄ってくる。

リレーメンバーみんなが賞賛される中、一際亜希と赤羽君は賞賛されていた。

まぁ、かっこよかったしな。


「『・・・』、今日楽しかったね。こんなに楽しい体育祭初めてだったよ!」

亜希は笑顔で俺に言った。

「お、おぅ、そりゃよかったな」

「亜希ー!と、名前なんだっけ?」

赤羽君が話かけてきた。

「『・・・』だ」

「あー、そう、『・・・』だ。今日3人で帰ろうぜ!」

「いいね!3人で帰ろ。僕と赤羽君は結構仲良くなったし、『・・・』とも仲良くなって欲しいと思ってるんだ」

「あ、あぁ、そうだな」

俺は、正直ちょっと嫌だった。

今日活躍したキャーキャー言われてた2人と一緒にいたら、自分が惨めになる気がした。

俺は、その日の夜から走る練習を始めた。


亜希が、いつも端っこで1人でいた奴が段々と人気になって行ったのが少し羨ましかった。


俺は本当は1人だってことに気づいた日から、本当の友達、『親友』がずっと欲しかった。

頼れるし頼られる、こいつとならなんだって出来るし、やること全部が楽しい。

そんな人が。

そのために、何をすれば良いかって考えたら、できないことがなければ良いんじゃないかって思った。

知識だって、運動だって、歌、絵、ゲーム、アイドル、アニメ、漫画、映画、スポーツ観戦。

全部出来る、全部話せる、完璧になれば良いんじゃないかって。

だって、全部できれば人と趣味が合わないとか、遊び方が合わないとかないじゃん。

話す内容が合わないとか、こいつと話しててもつまんないなんてこともないじゃん。

完璧だったらすぐに友達なんかできるだろって。

もしかしたら彼女だってできるかも。

なんて思ってる。

そう思った日から俺は、できないことが見つかればすぐ練習するようになった。

今のところ、成果は出ていないと思う。

できないことが次から次へと見つかってしまい、自分はまだ小さいんだと強く思い知らされた。

だから課題は今、山積みにある。

これをこなすことができれば、きっと俺は変われるんだと信じている。

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