十五の春は泣かせないように。
エリーフラワー様と二人で自宅のリビングで話す。
冷たいリンゴジュースを出す。酔い覚ましにいいよね。
「ねえ、レイカさん。今度高等科に音楽コースを作るでしょ。」
「ええ。アキ姫様が教えられるのでしょう。」
「そうね、声楽がメインになるわね。少年合唱団の子達が、そのまま進むとは思うの。」
「将来は歌手になったり劇団に入るのですか?ブルーウォーターには立派な劇場があって、良く劇をやってますよね。」
こないだマーズさん達も行ったし。
「ええ、それでこの先もね、少年合唱団を存続させたいの。
その為にはまた、各国で孤児とかをスカウトしてこなくては。
声がわりしてしまうから。
そしてどんどん、学園に入れるつもりよ。
もちろん、途中で別の道もありかも?と思ってきたら転科していいのよ。」
「いいですね。戦災孤児の救済になりますよね。」
相槌を打つ私。
「それからね、女子学生も希望者は音楽コースに入れるつもり。
というか、みんな男子学生ばかりが、少年合唱団上がりのみが、高等科の音楽コースに入ると思ってるみたいなの。」
「あー、なるほど。」
「少年合唱団は孤児ばかりでしょ。その時の彼らは孤児院から抜けられるから、特に他のことを考えてなかったと思うの。
だけどちゃんと教育を受けてきて、歌手でなくてもやりたいことが見えてきたのに、マーズさんや私に恩と遠慮を感じて、我慢して音楽を続ける。
それはいけないと思うのね。」
そう語るエリーフラワー様の目は真剣だ。
「エリーフラワー様。立派です。」
流石だ。人格者とはこう言う人なんだな。
やはり人の上に立つべき人だ。
「美しい天使の声の若い少年達をあちこちから集めて合唱団を作るのだもの。声がわりした後も暮らしが立ちゆくようにしなければ。」
「素晴らしいですよ。」
本当に心の底からそう思う。そしてリンゴジュースを飲む。美味しい。
「但し、十五歳の洗礼は受けてもらうの。これは仕方ないわ。」
エリーフラワー様は真顔でポツンと言った。
「十五歳の洗礼?それは何ですか?」
黒いしみのような不安が広がる。
エリーフラワー様は私の目をじっと見る。
「学園の生徒、みんな十五歳になった子はキューちゃんの光を浴びてもらうの。つまり中等科最後の年になるかしら。
孤児とか貴族とか関係なくね。」
「それって?え?どう言う?」
何故だろう。震えてきた。
「それ、正解ですね。」
いつのまにかアンちゃんが私の後ろに来ている。
そして私の肩に手を置いている。身体の震えが止まった。
「レイカちゃんやエドワードみたいに性善説で生きていれば思いつかないでしょうが。」
「ええ、アンディ様。あちこちから来た子供たち。
みんな善人とは限らない。多少難があってもキューちゃんは十五歳以下の子供は焼かない。」
えっ。
「今だって多少の小競り合いはある。寮の中のトラブルとか。窃盗やいじめとかね。
もちろん忍びが目を光らせてるから大体未遂で終わっているし、説教もしている。」
アンちゃんの声も硬い。
エリーフラワー様の目も真剣だ。アンちゃんの言葉に頷く。
「今は、子供だからと目こぼしされても、そのうちキューちゃんに粛正されるかもしれない。
そう言う子供がいないとは限らないって事でしょ。」
つまり?それどういうこと?
「それでね、十五歳になったらキューちゃんのチェックを必ず1人残らず受けてもらって、弾かれた子供は学園から外に出すわ。」
「エリーフラワー様。外に出すって?」
「保護者がいる子供は引き取らせるわ。」
「いない子は?」
「ブルーウォーターから出す。大人だったら問答無用で焼かれるところだけど。
逆にそれほどヤバい子じゃなければ退学にしたり、追い出したりしないわ。」
「つまり最初は何も知らないから、罪悪感がないから、そうじゃなかったら生きられなかったから、と言う事もある。
人のものに手を出そうとする。
ドンやリッキーの野郎が花を盗ろうとしたみたいにさ。
アイツらはそれを悪い事とは思ってなかったんだ。」
「 ! 」
「もちろん花を手折るくらいではキューちゃんも焼かなくってよ。」
エリーフラワー様は苦笑する。
「学園でやっていい事や悪い事を学ぶんだ。もちろん手癖が悪いのは孤児だけじゃない。
ミルドルの友達は何度もお義母さんの家に出入りしてるだろ?そこの段階で焼かれてないからアイツらは大丈夫さ。」
ほっと胸を撫で下ろす私。
「もちろん、入学のときの書類にはその旨書いてあるのよ。赤字で。知らなかったとは言わせないの。
十五になったら簡単な審査があります、とね。
高等科から入る生徒はもちろん、試験の時に光を浴びさせて合否が決まるわ。
キューちゃんのチェックに受かった子供しか入学出来ないの。」
エリーフラワー様もゆっくりとジュースを飲んでいる。
「そうなんですか。」
「レイカちゃん。シンディやルートみたいにさ、どこか欠けている人間ってのはどこにでもいるんだよ。」
静かに諭すようにアンちゃんは語る。
あー、サイコパスとか言う奴か。
「私達だってなるべく十五歳で焼かれる子供は見たくないのよ。」
「え、やはり焼かれるの?」
「その匙加減はキューちゃんが決めるんだ。
追放で済むか、消滅か。
何しろ十五歳まで猶予を与えてるのは彼なんだから。」
更生施設なの?
「今度ね、学園に大きなキューちゃんのレリーフを建てるの。」
エリーフラワー様が微笑む。
「なるほど!その中に時々御本尊が潜むんですな!」
アンちゃんとエリーフラワー様は頭が回る人達だ。
話がドンドン進んで行く。
「何故、キューちゃんが潜む必要があるの?」
凡人の私はわかるようにひとつずつ聞いていく。
「レイカさん、十五歳になった子供がそこに立てば、キューちゃんが判断することになるの。
いつもそこにレリーフがあれば、自然でしょ。
もちろん、誕生日を迎えた子供に即日そこを通るように誘導するわ。」
エリーフラワー様は続ける。
「それにね時々、そこから学園中に青い光を放ってもらうの。
少しずつ、悪心を浄化するわけ。」
「なるほどね、いつも光っていれば、裁きの時にも違和感ありませんしね。
初等科なら九年、中等科から入れば三年間、キレイキレイにしてくれるんだ。」
やっぱり、アンちゃんは理解が早い。
「私だってね、十五の子を粛正したくないのよ。」
「本当は駅で松子ちゃんに弾かれるハズのガキだ。
何年たっても犯罪者予備軍のままなら仕方ないでしょう。」
アンちゃんはバッサリだ。
「それで?この話をわざわざレイカちゃんにすることの意図は何ですか?
ミルドルが焼かれることは絶対にない。
ウチの子だってまだまだ学校に入学しない。
何故です?」
アンちゃんは私の隣に座って、エリーフラワー様をじっと見た。
「それはね、将来ミルドル君の友達が消滅するかもしれないからよ。」
わあ。今日はほのぼのな感じで始まったのに。
いきなりシリアスでダークになって来たぞ。
十五の春は泣かせない。高校受験のスローガンでしたね。




