おふくろさんよ。いや、オッカサンよ。
そしてカルラさんはエリーフラワー様の病院に入院する事になった。
かなりの疲労、低栄養状態だったのだ。
「嫁ぎ先でも折檻を受けていた様ですわね。今回助けてなければ長くなかったでしょう。」
うん、私もそう思う。
そして本当に危篤と言ってザック君は呼び出されていたであろう。
その先はお察しだ。
…間に合って良かった。
私とエリーフラワー様は、彼女とザック君に付き添って病院にいる。
メリイさんは身重だからキューちゃんが送っていったよ。
龍太郎君が戻ってくるまで近くにいるみたいだ。
「エリーフラワー様、ありがとうございました。
入院費はいずれお支払い致します。」
病室を出て、廊下で深々と頭を下げるザック君。
「まあ。そんな事は気にしなくていいのよ。
ブルーウォーターのシェルターのことは知ってるでしょう?」
エリーフラワー様は優しく微笑む。
「はい。逃げ込んできた女性を保護するとか。」
「ええ。嫌なことにこの世界は虐げられた女性が多すぎる。
ネモ様のお母様や奥様になったローリアさんもそうなのよ。
だからネモ様は虐げられた女性にお優しいの。」
「うん、だからお金のことは心配しなくていいと思うよ。」
私も口を添える。入院費の心配なんて子供がする事じゃないよ。
「この後シェルターに入ってもらってもいいしね。
そこでゆっくり回復して、それからの事を考えてもらえば。」
ザック君は安心した表情を浮かべる。
「…本当にブルーウォーターは夢の国だ。」
ポツンとつぶやいた。自分やお姉さんの今までの環境との違いに、思わず言葉が出たのだろう。
「ホホホ。でもそれは神獣様のチェックを掻い潜ったものだけよ。悪心を持つものは入れない国。
無理矢理突破しようとすると神罰で焼かれてしまうのよ。」
「…ウチの兄とかきっとそうですね。
あっ!そういえば兄とか弟妹はどうなったのでしょうか?」
エリーフラワー様は無表情になった。
「ザック。貴方は賢いわ。大体の予想はついてるのではなくて?」
あの兄さん、クズだったもんなあ。
名前も覚えてないぜ。
カルラさんに罪をなすりつけようとしてさ。
正義感が強い龍太郎君の事だ。
ただではすまないだろう。
「…きっともう生きて会うことは無いんですね。」
「ええ。」
わあ。エリーフラワー様、言い切ったぞ。
ザック君が背中を丸めた。それが波打っている。
「…ふっく、うう…」
あらやだ。泣いてるのかしら。
あんな鬼畜でも血を分けた兄だからな。
「ぐ…はっはっは!」
笑ってやがる。
あ、でも良くみたら涙が頬を伝わっている。
泣き笑いか。
「あ、安心しました!う、くくくっ。
姉さんを苦しめるものがひとつでも減ってくれて!
あんな奴!空気を消費するのだっておこがましい!」
「…随分と酷い目にあっていたのね。」
エリーフラワー様がため息をつく。
そこへ。
「ザック君!大丈夫?お姉さんはどうなの?」
あら、ウチの母が来た。
「お母さん?」
「え、ミルドルのお祖母様?」
いきなりの登場に毒気が抜かれるザック君。
「ホホホ。私がお呼びしたの。
もうすぐ龍太郎君が来るはずよ。
メリイさんがいなかったら、彼を押さえる人が必要だもの。
今、ダーリンもリード様にご報告に行っちゃったし。」
確かに。さっき龍太郎君は荒ぶれていたわね。
でも演技じゃ無いのかな。
まだ余韻があるのかしら。
「ねえ、ザック君?どうしたの?
お姉さんは大丈夫なんでしょ?
龍太郎ちゃんやキューちゃんが上手くやってくれたのよね?」
心から心配している母。本当に善良な人間である。
「はい、それは。」
「では何で泣いてるの?」
「泣いてますか?オレ。」
目を拭った手に涙がついてるのを見て、
「…ああ、ホントだ。何故だろう?
あの鬼畜な兄が多分成敗された。
そしてきっと弟や妹も何かの責めを負う。
ほっとしてるんです。
……それなのに。」
ぎゅっ。
母がザック君を抱きしめる。
「うん、わかった。複雑な気持ちなのよね。」
「兄はともかく、弟と妹には情があるんです。
こちらにそのうち引き取ろうと思っていました。
頑張って飛び級をして、立派な騎士になって。
あと三年ぐらいでメドをつけるつもりで。
まだ、10歳と9歳なんです。善悪の区別だって、ちゃんとついていなかったんだ。」
「…ザック君。貴方だってまだ13かそこらじゃないの。」
「14です。ここの学校が新設されると聞いて、一年間必死で勉強しました。奨学金を取ろうと思って。
…みんなよりひとつ上なんです。」
「そう。でもそんなに気負わなくていいのよ。お姉さんと自分のことだけ考えなさい。」
「うん、ありがとう。」
いきなり小さな子供のような言葉使いと態度で、母に抱きついて啜り泣くザック君。
その時。
シュー、バサバサバサ!
「タダイマ!ひと仕事シテキタヨ!」
病院の廊下をすべるように飛んで、現れたのは龍太郎君だ。
「アレ?ザック。オッカサンさんに慰めてもらってるの?
ズルーイ!オイラも抱きついちゃうぞ!」
「あらあら。」
母の背中に抱きつく偉大な神龍。
「アアン!オッカサン。オイラ頑張っタンダヨ!褒めてえ!」
「まあ。龍太郎ちゃんったら。甘えん坊ね。」
顔を擦り付けて甘えている。対抗意識かしら。
で、何度も言うが、アンタのオッカサンじゃない。
「ホント。幾つにナッテモ甘えん坊、ダヨ。」
それ、寛○ちゃんのギャグや。
「おふくろさん騒動」ってありましたよね。




