愛(うつく)しき事つくしてよ。
そこに歓声が巻き上がる。
リード様の再登場だ。
この人は本当にガラリと雰囲気を変える。
視線を釘付けにしていく。
スポットライトが当たる前から発光してるようだ。
土地神に愛されている証拠なんだろうか。
薄い金色に染められた衣装。
彫刻のような美貌。
長いマントを翻して舞台中央に入ってくる。
王子様の格好だ。例えるなら豪華な鷲や鷹のようである。
(ガッチャマ○というわけではない。)
「あの光沢!モスマンのシルクが間に合ったのね!
取り寄せてると聞いたけど。」
横でアンちゃんが感心している。
あの滑らかな光沢はそうであったのか。
「皆様。また私の歌を聴いて下さい。
我がブルーウォーターには良い学園があります。
まずそこの校歌をご紹介しましょう。
やあ、少年達?準備はいいかい?」
リード様が後ろの少年達にウインクをする。
「はい!」
少年達の頬が紅潮する。
そして、校歌が歌われる。
「わが学びやは ブルーウォーターの丘に立つ
美しき国よ 蒼き光よ 天翔る翼よ
知識を求めて友と集い 語らう日々よ
フクロウは知恵の神 はばたけ我ら
ああ ああ 我が学園 永久に」
「この子達もね、初等科に編入してるのヨ。」
アンちゃんがささやく。
「そうなの?」
「そう、孤児だけどね、歌の才能を見出させれてるからね。そのうち声楽科が出来るかもね。」
「それで、あのアキ様を講師にしたいと?」
「そう。耳が早いわネ。」
もう一回、
「とーこーしーえーにー!」
とリード様がリフレイン。
そして曲は終わった。
パチパチパチ。
おや、この歌でもう泣いている人がいる。
リード様の声量と表現力に圧倒されたのだろうか。
この春できたばかりの新設校なのだ。OBというわけではないし、ここが甲子園、という訳でもないのだけど?
「ありがとう!少年合唱団!」
ネモさんの言葉で、拍手の中退出していく。
次の歌では、ヴィヴィアンナ様が踊られるのだ。
スペースが必要だ。
「次は【幸せであるように】です。
隣でダンスをして下さるのは、ヴィヴィアンナ様です!」
リード様とお揃いの生地を纏ったヴィヴィアンナ様が現れた。
肩を片方出して長い八枚はぎのワンピースドレスだ。
その下にはピッタリとしたパンツをお召しだ。
ああ、美の洪水である。
長いプラチナブロンドの髪は三つ編みにしてまとめられ、生花をあしらわれている。
ミュシャの絵を思い出す。または絵本で見た妖精だ。
なんて可憐なのかしら。男装も美しいけど、女装?も最高である。
ふんわりと微笑まれた。
湧き上がる大歓声。
私もサイレントで、
きゃー!(口パク)
と叫ぶ。
アンちゃんの顔にしてやったりと言う表情が浮かぶ。
ふん!私だって悲鳴を我慢できるのよっ!
膝の上にランが乗ってるのに大声出せるかい!
(その割にはさっき母は、子供を抱いてたのに悲鳴をあげていたような。)
さあ、前奏が始まった。
「幸せであるように♪」
リード様が静かに歌い出す。
「ただ、あなたが幸せであるように。
私のいのりはただ、それだけ。」
隣でヴィヴィアンナ様が滑るように踊りだす。
その姿は優美な白鳥のようだ。
スポットライトが別々に二人を照らし出す。
美しいシルクの光沢が煌めく。
さらりさらりと衣装の衣ずれの音がする。
1番前の特権である。
御愛用のバラのコロンの香もかすかに漂ってくる。
ああ、至福。
「あなたの笑顔が曇らないように。
誰もあなたを傷つけないように。」
目を瞑り歌の世界に入り込むリード様。
その声はマイクもなしで、
(この世界マイクはないのだが)
会場中に響き渡る。
身体に声が共鳴する気がする。
くるくると軽やかに踊るヴィヴィアンナ様。
愛おしげな目でそれを見つめるリード様。
「す、すごい。何だろ、身体に響いて泣けてくる。」
ミルドル、そうだよね。初めてリード様の歌を聴くのだものね。
「私は風となりあなたの側を歩こう。
私は降り注ぐ陽のひかりになって、あなたを暖めよう。」
ここで手振り身振りを大きくされるリード様。
リード様にそっと寄り添うヴィヴィアンナ様。
美しい。宗教画のようである。
声は響く。どこまでも。
「あなたを苦しめるものから守りたい。
あなたの微笑みだけが 私の願い。」
そこにエドガー王子様とフロル王子様が走り寄ってきた。
歓声に湧く会場内。
「風となってあなたの汗を乾かそう。
月のひかりとなってあなたを照らそう。
いのりはあなたを守る盾となるだろう。」
笑顔で、リード様がエドガー王子様を抱き上げ頬ずりをする。
ヴィヴィアンナ様が、フロル王子様の手をとって回る。
何と暖かく美しい光景だろうか。
「ずっと ああ ずっと
あなたの笑顔だけが」
私の脳裏に前世の娘達や夫の顔が浮かんだ。
目頭が熱くなっていく。
誰にでも大切な人はいる。
それをリード様の歌は胸の奥から掬いあげてくる。
――例えそれがもう会えない人だとしても。
涙が滴り落ちる。
膝の上の子供を抱きしめる。
そうだ、ここにも愛する家族がいるじゃないか。
何も泣くことはないんだ。
再生と鎮魂。リード様の声にはその力がある。
「あなたの幸せだけが私の願い〜〜。」
美しいご家族は真ん中に寄って跪かれた。
そして会場に手を差し伸べられている。
それはとても明るくて神々しい光景だった。
「う。何だろ。泣かせるね。人の親になったからだな。しみてきていけないや。」
えっ。黒い悪魔のアンちゃんの目にも涙が。
もちろん母や父も目頭を押さえている。
「みんな!みんなが幸せであるように!」
歌い切ったリード様が立ち上がって手をふる。
お子様達とヴィヴィアンナ様は深々と腰を折った。
巻き上がるブラボー!の声。
会場を揺るがさんばかりの拍手。
「皆様、これで年末の特別コンサートは終わりです。
リード様ご一家、ありがとうございました!」
拍手の中退出なさるご一家。
ウチの前を通り過ぎるとき、
「ランちゃん!」
フロル王子様がぱあっと、花が咲いたような満面の笑みを浮かべて手を振ってこられた。
…うっわ、かっわいい。
見てるこっちの方が胸を撃ち抜かれそうである。
流石に美貌と、オーラはご両親譲りであるなあ。
軽くウインクをしてスキップをしながら去っていかれた。
「…天使のようなお方ね。」
母がため息をついている。
「ウチの家族を見てご機嫌になられたな。
スキップなんかしてお可愛いらしい。」
父も魅せられているようだ。
私の膝の上に乗っているランを見るが、まだ魅力にはやられてないようだ。やれやれ。
しかしこれは。
これからも無意識に好き好き攻撃を悪意なくかましてこられるならば。
――外堀はあっさりと埋められるのではないか。
本人全く悪気はない。何しろあの両親の子だ。
愛されるのが当然の人達だ。
うーんん。
アンちゃんを見るとアスカを抱きながら苦笑している。
「とんでもないお方に魅入られたものだな。一時の気の迷いだといいんだが。」
私もそう思う。
さて、拍手は続く。
「アンコール♫アンコール♬」
立ち上がってひときわ大きな拍手&コールをなさっているのは王妃様である。
やはり自由である。
「ええ?何か他の曲を用意してるとは聞いて無いけどなア。アカペラで歌うのかな?」
アンちゃんは眉をひそめている。
「ははうえー!」
引っ込んだはずのリード様が幕から顔を出して手を振る。
暖かい拍手が溢れる。
なんだこの自由さは。
慌てて、反対側から走り出てくるネモさん。
「え?」「しかしそれは。」「それなら。」「でも。」
リード様と二人で話しこむ。
そして中央に出てきたネモさん。
「皆様、アンコールありがとうございます。
予定には、ございませんが出演者の皆さんがもう一曲歌ってくださることになりました。」
わああああああああああああ!
会場が揺れるような歓声。
そこにリード様も中央に現れた。
「さあ!みんな出ておいで!みんなでさっきの…ええと?
マナカ国の民謡を歌って踊ろう!
アキ姫様。中央で手本になってくれたまえ!
さあ!ミュージックスタート!」
チャカチャカチャンチャン♬
まさか?
「つーきーがーでったでったーつきがーでた、
ヨイヨイ♬」
ずりっ。
思わずコントのようにズッコケそうになる私。
うん。少年団もアキ様も王子様達も、リード様もヴィヴィアンナ様も、ノリノリで踊られる。
―炭坑節を。
ああ、悪夢なのだろうか。ゴージャスな悪ふざけか。
いや、みんな真面目に楽しそうだ。
ヴィヴィアンナ様、あなたはどんな踊りでも素敵ですっ!
「あんまりーえんとつがああ、たかいのでえええー♬」
「れ、レイカちゃん?歌えるの?」
口から出ていたがかまうものか。
楽しんだほうが勝ちなのである。
ランを母に渡して立ち上がる。
町内会の盆踊りで振り付けは叩き込まれているのだっ!
ヴィヴィアンナ様の手招きで私も舞台にあがる!
これが正真正銘の振り付けよっ!
見るがいいっ!ははっ!
掘って掘って担ぐ!いいね?
ホラ、王妃様もメリイさんも歌ってる。
「レイカー!頑張れ!本当の炭坑節を見せてあげなさああーい!」
王妃様のお墨付きもでた。
アンちゃんは固まっている。
ウチの母はノリノリの手拍子だ。
ネモさんは目を丸くしているが、リード様とアキ様は
にこやかに微笑まれた。
ふふ、私から本物を感じ取ってくれたらしい。
こうして師走の夜は更けていき、マナカ国との結びつきはますます強くなった。
良いことである。
タイトル、そういう和歌ありましたね。
木原敏江さんの同名のマンガも良かったという記憶があります。内容はうろ覚えですが。




