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僕だけの王子になってくれないか

 白亜に懐かれたハイブライト城の中央には噴水があり、人々の愛と幸福の芽生えを祝福するように彩り溢れた花が咲いている。この名前こそ残らずとも、確かに自分の手が加わった結果があることに仄かな達成感が湧き出るのはもう自分の在り方なのだろう。

 庭師の募集を人伝に聞いた時、背筋に戦慄が奔ったのを今でも覚えている。花が咲く小さな野原の中心で横たわり、穏やかに目を閉じる母の顔を目の当たりにした時から、自分の暮らしの根源を知りたいと切に願っていた。否、昔から何となく、父母には影があったのを知っていて、母の眠るような顔を見た時にその願いは身を焦がす程の熱を伴った。

 何故なら、いくら眠っていると言い聞かせても胸元に散る紅が黒くなっているのを視界に入れてしまえば現実になる。大地を染める紅が緩やかに黒く変わる光景は到底忘れられない。

 ――父譲りの黒い髪が、何故か人々の恐怖を煽るらしい。自身の黒い髪を見る老齢の職人に疑問を抱いたことはあった。仕事は与えられるけれども傍らにいる人は父母と僅かな幼子以外にはなく、父が過去に何かをしたのかと首を傾げても父はたくさんの人々に慕われていた風景ばかりが眼裏に刻まれている。

 真面目に働く未来ある若者だ、という称賛こそあれど、自身に向けられる畏怖や軽蔑はどこにも無い。母に尋ねようとも、母の髪の色彩は太陽の光を閉じ込めたような鮮やかさで自身には全く引き継がなかった。

 父母と自身の違いを見て、自身の成り立ちは意図的に封印されていると察するまで時間はかからなかった。

 ある日、父がいなくなった。

 二回目の実りの季節を迎える時に父が激しく咳込んでいたのを思い出し、父は町医者に行くと告げた。その後、町医者に向かった父が帰る様子はなく、代わりに収穫の偵察に来た人が告げた。

「安静にしなければならない」

 病気なのだろうと問い質すが、数日経てばまた父は帰って来ると言って話は切り上げられた。やがて数日後、今度は同じ畑仕事を担う職人がやってきた。

「あの若造、死んじまったそうだ……坊主、お前、一旦家に帰れ」

 職人からすれば父はまだ駆け出しの人間らしい。そんな有望な父の死に、何故か職人は恐怖を露わにした真っ青な顔をして、自分に自宅に向かうよう告げた。

 言われるがまま、自宅に帰ると、鞄を手にした初老の紳士と深緑に身を包んだ人が二名、こちらに対して会釈した。

「カイン君。はじめまして、私、ジェイソン・キースと申します」

「……!」

 ジェイソン・キース?

 なるほど、職人の恐れは、自宅に彼等がいた事だ。恐れるのも当然だ。

 職人仕事しかやって来なかった自分でも知る、ハイブライト王国を支える第一名家キースの現当主ではないか。もちろん収穫の際にも視察にやってくる。何より父母が任された土地は第一名家キースが所有する畑だ。

「カイン君、君のご両親が亡くなった……君に是非ハイブライトに来てほしいと思うのだけど」

 開口一番、何を言うかと思えば、王城に来て欲しいのだと。何故、どうして。自分にはわからない。

「……」

「ただ、連れてゆく事はできるが、君は一般市民枠で王城に来てもらう必要がある。一般市民枠という事は小作人としてハイブライトで働く事だ。どうかね」

 父母を喪った自身を慮っていたのだろう。それに、あまりにも都合が良すぎる。何故、父母の喪失を堺に物々しい人が自分を訪れたのか。

「……お引き受けします」

 そうだ。ハイブライトに向かえば父母の死も父母の出生も全てわかる。それに、封印された何かが分かるのだからこちらも都合が良い。しかも、向こうから来いと言うのだ。

「カイン君、流石だ。君のお父さんもそうやって引き受けてくれた。君のお父さんのお蔭で大都市アエタイトは平穏を保っているのだけど、それは然るべき時に説明しよう」

 しかし、大都市アエタイトを治めるキース家の現当主が父母を知っているような口振りにも驚いたが、何より父母が大都市アエタイトの父母に貢献したという文言がカインには引っかかった。

 ――そうだ。思えばそうだ。父母の周りにはいつも人がいて、いつも誰かに慕われていた。カインは内心で自身の無頓着さを叱咤した。

 ――そうだ。まるで舞台の主役のように持て囃される父母の姿を見て、何故それを不自然に思わなかったのか。

 そうか、ジェイソン・キースは収穫の状況を偵察しにきたわけではない。自身や父母が耕す畑の管理はジェイソン・キースでなければ不都合だったのだと、この日初めて合点がいった。

 それからのカインはとても迅速に準備した。もちろんジェイソン・キース直々の監視下で、だ。

 そして、母がつけていた日記を見つけた。日記に記されていた名前は『シリウス・ハイブライト』と『ソフィア・T・ノアシェラン』である。

「ハイブライト……? 何故、ハイブライトが?」

 ハイブライト王城と同じ名前が父の名に付属している。間違いがなければ父はハイブライト王城の血を引く人間だ、と言うのか。ジェイソン・キースは黙って肯定した。

「そうです……でもそれが問題ではない。母上ソフィア殿の血筋が、問題だったのです」

「ソフィア・T・ノアシェラン?」

「そうです。ソフィア殿の元の家は同盟を結んだ際に抹消されました。形が残ることもありますが多くは絶対的な忠誠を誓う過程で喪われる。ソフィア殿の元の家の血脈が知られれば王城だけでなくハイブライト大陸全域を巻き込む争いになる。そう憂いた貴方の御父上がソフィア殿を引き取ったのです。わかりますか?」

 イニシャル表記なのは同盟を結んだ際、喪失しないようにという誓いの意味があるのだと、ジェイソン・キース――以下、秩序者は教えてくれた。若き日の父が母を連れて行ったのはこの血筋とは無関係者だと装うわけか。

「……俺も、災いになる、と」

 同盟を結んだ人間の血を引いていると知られたら、間違いなくハイブライト王城だけでなく全域を揺るがす事態になるのだと、秩序者は言う。

「そうです。そんな貴方の平穏な暮らしを維持する為に舞台裏に回り、火消しに奔走する腹違いの皇太子殿下がいます。セイシェル皇太子殿下、貴方の命の恩人であり、貴方の腹違いの兄弟だ。そして、今回カイン君にやってほしいことはセイシェル皇太子殿下の護衛です」

「建前上はセイシェル皇太子殿下の護衛として振る舞え、と」

「そうです。セイシェル皇太子殿下はご自身を蔑ろにする。あの方の献身はいずれ手のつけられない災害を齎す。カイン、その災害からセイシェル皇太子殿下を守ってほしいのです」

「……わかりました」

 兄が、いる。半分の血を分けた、紛れもなく自身の兄である人間が、生きている。

 今までの侘しい人生に、父母を喪って孤独だと知った悲しい未来に、淡い灯が点るような温かさが身を包んだ。奇妙な感覚だった。秩序者の話は切実さを伴っているのに、自身を包む感覚は何故か朝焼けの太陽を浴びたように温かい心持ちによく似ていたからだ。

 まだ見ぬ兄――セイシェル皇太子殿下。ハイブライトの頂に立つ太陽のような人。自身はただの護衛で、皇太子殿下の代わりに命を捧ぐ盾の役割だけを求められている。それでも構わない。

 侘しい人生に突き付けられた永劫の孤独に耐えるよりは余程幸福だ。

「セイシェル……様」

 あまりにも烏滸がましい願いではある。だが、叶うなら、叶うなら自分だけの。


『これから君が目指していた、夢の先を僕が描こう。例え君が語る夢を、数多の刃が切り裂いても。悼みと悲哀が滲んだ色彩が、君の身を責め苛んだとしても。君が目指した夢の話を、この手で描きたいと、今、望んだ』

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