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貴方だけのわたしになろうかしら

 第二王子に転落した兄の下へ向かう。自身を迎えに来た初老の紳士から事情を聞いて密かに驚いていた。

 物心ついた時から薫る土の匂いに抱かれて生きてきた身ではあるが、同時に自身の置かれた立場も何となくは理解していた。感覚的なものではあるのだが、自身の身の上は他者の命によって成り立っていたのを理解する頃には、馴染み深い景色と別れる日が来ることも同時に悟った。

 初老の紳士が使者を連れて迎えに来た時、正直何も思わなかった。来るべき時が来たのだと、予定調和の旋律のように悟った。

『イリアは渡しません!』

 勇ましく、挑むように立ちはだかる侍女の優しさに触れるまでは、だが。

 父母がどのような生き方を辿り、結果的に父母と引き離された運命が横たわっていようとも。

 侍女の優しさが傍らにいる幼子の真っ直ぐな瞳があれば平気だった。

 迫る嵐にすら勇ましく歩んでみせようと、傍らにいる幼子のために格好いい姉を見せようと見栄を張るくらいにはふたりの存在があまりにも尊かった。そして侍女の悲鳴を背に、王城へ凱旋した。侍女を悲しませた事実だけが唯一の心残りだったかもしれない。

 王城に連れられ、顔合わせをしたセイシェルは僅かに目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に変えて歓迎してくれる。イリアは彼の挙動に首を傾げる。良くも悪くも思っていたのとは違う。

 王城に住まう人々は、もっと邪悪で、もっと歪な形をしていると思っていたのだろう。だから丁重な人の態度はイリアの心を落ち着かせてくれたのかもしれない。

「イリア殿、手荒な真似をして申し訳なかった。君の姉君と妹君の身元は私が責任を持って保証しよう」

 思えば道中、ずっと丁重に扱われたと思う。勅令を出した彼が律儀で生真面目な性格からなのか、それとも、彼にも思うことがあるのだろうか。とにかく礼を述べなければとイリアは頭を下げる。

「……ありがとうございます。セイシェル皇太子殿下」

 仮にも第二王子だ。そうイリアは思ったがセイシェルは慌てて首を振る。

「それはやめてくれ。既に私は後継を降りた身だ。セイシェルで構わない」

「わ、わかりました……お兄様」

 そうだ。初老の紳士から既に仔細聞いている。目の前の人は、血筋違いの兄であるらしい。幼少の記憶はないが、それでも。

 仮に、もしも、自身の傍らに兄がいたのだとしたら、きっと目の前の人を指すのだろうか。自然と口から兄と呼ぶ声が出たのも納得した。

 暫くの沈黙の後、何かを考え込むように俯いていたセイシェルが顔を上げる。

「……わかった。私も今日からイリアと呼ぼう。できる限り、兄らしい振る舞いを心がけるつもりだ。よろしく頼む」

 真面目な人なのだろう、とイリアは思わず微笑んだ。冷遇されるものだろうと思いきや、朝焼けの太陽のような温もりに触れてイリアは安堵した。

「お兄様、よろしくお願いします。ところでわたしの部屋まで案内してもらっても?」

 そうだ。ここまで長旅なのだ。

 ハイブライトの城内であることで気を張っていたがセイシェルの振る舞いによって緊張感が解けたイリアは遠慮なく自身の部屋を案内するようセイシェルに言う。

 セイシェルはまたしても、今度は遠慮なく目を見開き、驚愕した心境を述べる。

「イリア、君は淑女だ。私が君の案内をしたら端ないと思われるだろう……誰か連れてくるから待ちなさい」

 そう言って慌てるものだから、意外にも彼はこういうことに慣れていないのだろう。これはちょっとした仕返しのような振る舞いだった。

「もう待てないのです、お兄様。それに私、ハイブライト城をまだ知らないのです。お兄様ならご存知だと思うので是非一緒に歩きたいのですが?」

 大切な妹や姉から引き離したのだ。このくらいは許容範囲だとイリアは詰め寄る。

「イリア……君は年頃だ。確かに書面上は血の繋がりはあるのだが……」

 ハイブライトの血脈がどれほど長いかはさておき、腹違いの兄妹が婚約する事もあるのではないかと思ったがセイシェルはどうやら本当に慣れていないらしい。

 どうせ庇護者になるのだ。ついでに婚約関係の一つくらいはとイリアは思った。目の前の人であれば喜んで受け入れたいと思う。

「可能なら結婚します? 私、お兄様となら喜んで結婚しますわ。イリア・ハイブライトになるのかしら。それともセイシェル・ハーバードになるのかしら。どちらがいいと思いますか? お兄様、夜伽の手習いはお有りですか? 恥ずかしながら私はまだ経験がないので最初はお兄様に手を引いて頂きたいのですけれど」

 ハイブライトの婚約がどのようなものかはわからないが後継ぎは必要だろう。イリアは首を傾げたがセイシェルは根負けし項垂れた。

「イリア……早まらないでくれ。わかった。案内も努めるし君の護衛も承る。だから早まらないでくれないか」

 どうやら意図は伝わったらしい。彼は自分の庇護者になると約束してくれた。我ながら大胆ではあったがセイシェルの言質も取ったので満足していた。それはそれとしてセイシェルが相手であれば構わないと思ったのも本心だ。

「あら、本気なのに。でもお兄様と呼べないのはなんだかさみしくなりますね。うん、今日はいい気分です! ラルクとリデルも招待してくださる? お茶をお淹れしたいの」

「わかった……誠心誠意努めよう」

 セイシェルは頭を抱え、イリアに根負けし、言われるがまま彼女の護衛を努める事になった。そうだ。忘れていたことがある。

 控えめで一歩引くソフィア夫人の娘であると同時に一度決めたら走り抜く伯父シリウスの娘でもある。彼女には一瞬で分からされたのであった。

『もうひとり、早くもうひとりの招かれざる客人を呼ばなければならない。でなければイリアは本当に事を成す。それだけは避けたい』

 そうだ。イリアを呼び寄せたのは何も善意からではない。

 迫る嵐が彼女を連れ去る前に。

 迫る嵐が、燃え滾る炎を駆り立てて灰にする前に。

 成すべき事を成す。

 第二王子に転落した自身の決意を必ず形にしてみせる。そう誓った。


『これから君が目指した、噺の続きを塗り替えよう。君が騙る夢の続きを、この手で変えると今、決めた。例え灯りひとつ照らさない、凍てついた暗き路でも、君が騙る夢の先を』

 

「この手で創り上げてみせよう」

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