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血塗られた軌跡

「セイシェル様、ご依頼の品をお持ちしました」

 そう言って来訪したのは、深緑の燕尾服を身に着けたカイン・ノアシェランであった。立派になった衣服はというと、先日、イリアの護衛を初めて任命した際にトールス家第二位であるラルク・トールスに仕立てられたものであった。

「兄君、俺の弟分をよろしくお願いします!」という野次も添えられていた。

 その他にもあれやこれやとカインに相応しい衣服を持ってきた際にはリデルとふたりして呆気に取られたものであった。

 道理でカインが相対的に大人しく見えるものだと納得させられるほどには。

 だが、カインもカインでなかなか豪胆な部類に入る。

 己が画策した庭師の募集に飛び込み、自身の懐まで掻い潜る意思の強さには目を見張るものがあった。

 最も、立場を問わずハイブライトに関わるお触れを出せば、彼は必ず来るとセイシェルは思っていたのである。何故なら正義感の強い先代の第二王子シリウスの血を引いているのだから。

 そこで出したのが庭師の募集である。もちろん、城内にも庭師はいるが、殆どは自身の家名に関わる命題に追われている。

 だから専属の者が欲しいと思っていたが、これほど予定調和に事が進むとは考えてもみなかった。例えるなら木棚からチョコレートケーキと言うべきだろうか。

 兎にも角にもカインが此処に来たことでセイシェルの打ち立てた机上の空論が少しは現実に落とし込められる。

「カイン、本当に助かる。あとはこれを煎じておけばよいだろう」

 カインから麻袋を受け取ったセイシェルは二重の意味で礼を伝え、茶を淹れる。

 腹違いの弟妹がいると知ったのは自身の物心がついてからで、唯一の長子ではなかった事を喜んではいたが現当主である父を思うと素直には喜べなかった。

 現当主の実の弟であるシリウスは現当主と婚約したソフィア夫人を奪ったと噂され、セイシェルも当初は信じていた。

 今となってはお笑い草であり、同時に自身の母であるソフィアの立ち位置は深刻であった。それもそうだ。そのような単調な成り立ちであればここまで捻じくれた因縁が横たわるはずもないのだ。

 ハイブライト第二名家に並ぶ雷神の申し子、トールス家の縁故者がソフィア夫人の血筋であったと後に内々で知られる。

 確かにソフィアと現当主が婚約し、セイシェルが生まれた事実とソフィアの血筋が明るみに出るとどうなるかは火を見るより明らかである。

 間違いなく、ハイブライトを揺るがす事態に発展する。

 それほどにトールス家を怨む同盟者たちは多く、先代第二王子シリウスが保護し、奔走した結果、同盟者達に大都市や東部の領地を与えているから鎮まっているだけである。

 この平和は砂上の楼閣に等しい偶像だった。確かに略奪婚にしたままのほうが都合がよい。現当主の絶対王政にも理論上は納得できるとセイシェルは思った。

 それに、略奪婚が全くの的外れではないのも絶妙である。現当主はソフィアが正当な妃である今の立ち位置を譲らず、シリウスはソフィアの今後を憂いた。どちらの主張も正しいがゆえに相容れない。結局、ソフィアの意思がシリウスにあると知って現当主は断腸の思いで譲ったのである。そして、ノアシェラン家は秘密裏に成立した。

 なるほど、ノアシェラン家の保護や守備が手薄なのは現当主なりの意趣返しだとセイシェルは苦笑した。そして彼の真意を知ったソフィア夫人が現当主の元に自身を遺したのは現当主に対してできる最大の愛情表現という事だろう。

 故に、カインの生存に対して現当主は喜びはしたが、相いれぬ意見を主張したシリウスに生き写しでもあるため、内心は複雑な思いを抱えているだろう。

 そして、庭師として雇い入れたカインはといえばイリアの分かり易い恋慕に対しても意固地なまでに一線を引く。振る舞いまで生き写しだとセイシェルも手を焼く。

 だが、カインに絆されてはいけない。セイシェルにはやるべき事がある。現当主とて人間だ。まさか予想外なところで争いの火種があるとは思ってもみなかっただろう。

『私は罪を冒しました』

 先日のリデルの告白である。煮え滾る感情を消せないと吐露したリデルの告白は、トールス家に対する憎しみを凝縮していた。恨みを晴らすために生きてきた彼の葛藤は最早手を尽くしても手遅れだった。

 彼は止まらないだろう。彼の狂気は止められないだろう。

 セイシェルに唯一できることは、リデルが企てている計画を塗り替えて彼を怨嗟の源から突き放すだけだった。

「私にしかできないことだ」

 リデルが偶像崇拝に祀り上げられる光景を、ただ見できるだけの無力な自分を想像した。恨みと憧憬を抱えたリデルを見捨てるなどセイシェルには到底耐えきれなかった。そして、怨嗟の根源は根深い憎悪を懐くリデルと相性が良いのも厄介だ。

 第二王子に転落したのもある意味では怨嗟の根源から離れ、現当主の妹であり自身を守り育ててくれた叔母ラサーニャの決意に倣って行った、自分なりの決意だった。そして、ハイブライトの血脈ではないにしろ、自身の弟になり、長年慕ってくれたアイシアに対してできる、最初で最後の餞でもあった。

 自身は第二王子に転落した脇役にしかなれない舞台役者か?

 否、自身は第二王子である前に唯の人間である。唯の人間として決意した。たとえ、誰一人として自身を顧みなくても。たとえ、罪を背負うとわかっていても。

 こうすることでしか守れない非力さを呪う心情こそ、自身の心に巣食う淡い憎しみの正体だとセイシェルはこの時初めて自覚した。


『これから君が夢見ていた、噺を描きにひとり歩く。例え誰もが、この背中を、指差して嘲ろうと。誰もが御伽噺と切り捨てても。叶わぬ夢だと諦めても。君の願いを叶えてみせよう』


「例えひとりきりであっても」

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― 新着の感想 ―
難しい王族問題。引いては国と国民の問題。 セイシェルの知的で思慮深いところが、本当なら王に相応しいように思えます。 血筋とは、何故こうも絡み合った鎖のように、あるいは呪いのように人を悩ませ狂わせるので…
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