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告解

「今日は静かだな」

 木製の上に白いクロスを敷いたテーブルの上に白い陶器を並べ、太陽が昇る前の鮮やかな朱色を白い陶器の中に注いでいく。

 ハイブライト家からのお触れで庭師候補を招集し、予想通りにカインと名乗る少年がやってきたときはあまりの予定調和に少しだけ大声で笑ってしまったほどだ。

 実のところ、カインには期待していた、と、深緑の衣装に身を包む長身の男は一人独白した。親友であるリデルの推察通り、直系は自分ひとりだけで、直系がふたりいた先代はシリウスの脅威に怯えていた。自分ひとりであれば誰も争わず、予定調和に自分が当主の座を継ぐことになる。

 だが、セイシェルはラサーニャが連れてきたアイシアを次期当主に任命し、第二王子に降った。質素な部屋は母が好んでいたこともあり、また、玉座から遠ざかるためでもある。理由は複合的にあったが、いちばんはリデルの末路を回避したいと思ったからだ。

 アイシアを冷遇すればリデルがハイブライトでどのような行動を起こすのか、セイシェルには予測がついた。最も、これは依怙であり欲でもあった。

「セイシェル様、参りましたよ。大聖堂の連中はいちいち回りくどい。話を聞く身にもなってほしいのですが」

「リデル、ご苦労だった。聖人とはそういうものだ。まあ飲むといい。今日は私が淹れた」

「いただきますよ、セイシェル様」

 不躾に礼を述べて粗野な手付きで陶器の取っ手を握り、音を立てて飲み干した。よほど喉が乾いたのだろう。

 あっという間に空になった陶器にまた液体を注ぎ、今度は花を入れた。

「花、ですか」

「優秀な庭師が水を入れて火で煮詰めると香りが良いと教わったからな。最も、きちんと名の知れた者に手伝って香りの良い花だけを集めてきたが」

「太陽、みたいですね。紅茶の色は夕暮れによく似ていますが」

「まあ飲むといい」

 太陽を模した花の花弁を数枚淹れた紅茶を眺め、求めていないのに説明され、更には促され、リデルは肩を落とし、飲み始めた。

 そう言えば、自身の白い陶器の前には小さな十字架を模したオブジェが飾られ、よく見るとセイシェルの胸元にも銀色の十字架が飾られていた。

 もしも、だ。セイシェルが仮に自身の内側を巣食う燃えるような感情を知っていたのだとしたら、と、リデルは震えた。いつか、何時かは来ると思っていた時を覚悟していた。それでも、この胸を裂く煮え滾る感情を消すことがリデルにはできなかった。その理由もわかっていた。

 死んでほしくないと思うほどにはセイシェルを思っていた。

 生きてほしいと願うほどにセイシェルを敬愛していた。

 親友でありたいと祈るほどにセイシェルを■していた。

「セイシェル様、ちょっと私の話を聞いてくれませんか」

「珍しいな、どうした」

「私、聖職者も聖人も苦手ですけど、セイシェル様も聖人の真似事はできるのでしょう」

「これでも聖堂では宣教師をしていたからな。告解を執り行っていた」

 今は少し説教じみた影の舞台役者かもしれないが、と付け加える。それに、外界を遠ざけたこの部屋を好むのは母も大聖堂の人間で、セイシェルも統率者ではなく大聖堂側の人間の血を受け継いだからだ。そういう意味でもアイシアを次期当主に任命したのは正しいだろう。統率者の才能は自分には無かったと結論を出し、話を締め括る。

 次はリデルの番だと話を促した。その反応を見たリデルは少しだけ俯き、そして顔を上げた。

 

「……私は、罪を冒しました。私は、大切な人を、裏切り、この手で殺めようとしています。私は、この胸に秘めた激情を抱えながら、欲を抱いてしまいました」


 その言葉に、セイシェルは目を見開いた。それほどまでに、リデルは思い詰めていたのか、と、初めて知ったのだ。

 

「私の在り方を壊した全てが憎い。私の愛する者がいなくなったあの日から、全てを憎んできました。まるで、太陽の光が大地を焼くような熱を伴う感情でした。私の思いは、ずっと燃え滾るような熱に浮かされたものだと思っていました」

「しかし、私の傍らにいる人の、道端の花を添えるようなささやかな優しさが忘れられません。私の隣にいる人の、仄かな薫りが忘れられません。しかし、私のこの手で壊すと決めた誓いも手放すことができません」

「私は罪を冒しました。私の傍らに、花を添えてほしいと願ってしまったのです。私の隣にいてほしいと祈ってしまったのです」

「罪深いと知りながら、この欲を捨て去ることができません。罪深いと知りながら、この誓いを破り捨てることができません」

「神よ、私の罪をお裁き下さい」


 荘厳で切実な罪が並べられ、確かに燃えるような感情が綴られていた。セイシェルは一瞬だけ迷ったが、リデルを真っ直ぐと見据えて口を開く。


「貴方の罪は、その欲を捨て去ろうとする行いです。貴方の願いには、誰かを愛するがゆえの苦しみが込められています。故に、貴方は苦しむのです。胸に刻んだ誓いを揺るがすような願いなのですから」

「誰かを愛する想いを捨て去ることこそが罪なのです。例え、貴方の歩みが暗く冷たい道であっても誰かを愛する想いを捨ててはなりません」

「どれほど辛く悲しい人生でも、誰かを愛しなさい。そして、願わくば、貴方の歩みが朝焼けに祝福された眩い軌跡であることを神は願っています」


 ありもしない可能性を並べても、目の前の親友が胸に刻み、全身に刻まれた痣を棄て去る事はできないとセイシェルは知っていた。もし、捨て去る事ができるなら、それは人間と言えるだろうか。

 ただ、リデルはあまりにも人間らしく在り過ぎた。あまりにも人間であった為にここまで思い詰めてしまったのだろう。

 リデル、とセイシェルは呼んだが、リデルは顔を落とし、ただ肩を震わせるばかりだった。

 力のない彼の手の上に、己の手を添える事が、今のセイシェルにできる全てであった。

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