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ポピー

 灰色の雲を弾くように溢れた果実の色彩が地面を優しく照らす。花の葉を摘み切って顔を上げ、感慨深く思った。

 ああ、太陽が昇っている。指折り数える程度の生き様だが、太陽が昇っては沈む日を何度も迎え、額を拭う。

 太陽の光は収穫には欠かせないが、一方で肌を焼くのも確かで少し日が沈んでから剪定し、身体を休めて朝焼けを迎える前に剪定する。所謂間引きというやつだ。

 植物はどこまでも育つが、育ちゆく過程で互いに栄養を奪い合う性質があった。だから、質を底上げするために栄養を一点集中させる作業として間引きは当然のように行われた。それが、植物を育てる人間がやるべき作業なのだと身体に染み付いていた。そこで、人影を見た。

「カイン、お疲れ様。部屋を見回っていなくなったから探したのよ」

 なんてことはない。太陽の光を閉じ込めたような少女が笑顔でやってきただけだった。

「イリア様」

「イリア、でもいいのよ」

「それは、できません」

 彼女は愛らしく名前を呼ぶよう言うが、土を耕す人間と華やかな舞台にいる人間。あまりにも立ち位置が違う。彼女の表情が曇るのを覚悟の上で振り払った。

「……カイン、律儀なのね。そういうところも素敵。だけど困らせてしまったね。ごめんなさい……ところで何をしているか聞いてもいいかしら」

 気を取り直した彼女が興味深そうに自分の作業を見つめている。

「剪定です。元々は庭師としてハイブライト家にやって参りました。私は出自も持たない人間ですが、特に条件が無かったので。何故か騎兵団に所属になっていたのは驚きましたが」

 カインはそこで口を噤んだ。先程、はっきりと境界線を引いたのに身の上話をする自分自身に驚き、我に返った。

 そんなカインの挙動にイリアは嬉しそうに顔を綻ばせる。こちらの立場を慮る優しさが嬉しくて少し切なかった。

 紅い果実のように甘酸っぱい感情が広がる。

「剪定……花を摘むの?」

「はい。途中で腐ったり虫に食べられたりするんです。そういうのを放っておくと、やがてここにある花は全部傷んでしまうでしょう。地味ですが大切な作業です」

 カインはそこまで説明し、手に取った花をまるごと鋏で落としていく。

 チョキン。

「花びらが枯れてしまっている。色彩を保つために例え咲いた花も切り落とさないといけない」

「切ってしまったものはどうするの?」

 イリアは不安げに問う。見慣れた花がまだ萎れてもいないのに切り落とされる様に憐れみを抱いたのだろう。純粋で美しい、そして少しだけ妬ましい感性をしていたとカインは目を細める。

「土に埋めます。虫に食わせて、また花を育てます」

「そ、それならよかった」

 イリアは胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。その姿を見たカインはやはりイリアの感情を受け取れないと思った。この手はこうして少なからず動植物だけでなく、人も傷つけてきた。手に残る傷跡が、身体に刻んだ痣が荒地を開拓した証明だった。

「イリア様、セイシェル様がお呼びでは?」

 第二王子がそろそろイリアを出迎えるはずだ。彼女は特別なのだから。どのような【特別】を背負っているかはカインには分からない。だが、太陽を閉じ込めたような色彩をした彼女が特別であることはカインにもわかっていた。

 イリアは悲しそうに笑みを浮かべて呟いた。

「カインは時々、残酷なことをするのね」

「イリア様」

「わかっているわ、カイン。貴方は私のために窘めてくれているのよね。だからこれは私のわがまま」

 そう言うとイリアは振り向き、カインも跪き、頭を垂れる。

「セイシェル様、おはようございます」

 呼ばれたセイシェルは苦笑気味にカインに顔を上げるよう促した。

「カイン、凶器を持ったまま頭を垂れるな。私はいいが、それは敵対する意思があると看做される。作業を続けてくれ」

「……申し訳ありません」

「今から大聖堂に行く予定がある。もちろんイリアも連れて、だ。カイン、護衛を頼めるか」

「は、直ちに。しかし、この格好では……」

「構わない。服はこちらで用意している。服はラルク殿に頼んでおいた。何故か知らないがラルク殿が張り切っていたが」

 ラルクが張り切っていたという文言に今度はカインが苦笑した。ラルクは世話焼きで気さくなところはあるが、それなりにイリアの事を気にしている。もちろん、野次馬的な意味で、だ。

 つまり、イリアとよろしくしておけという彼の野次馬根性が遺憾なく発揮されたということだろう。まさかセイシェルを巻き込むとは思わなかったが。

「ラルク殿は美味しい話には目がありませんから」

 後で訂正するのが大変だと肩を竦めるとセイシェルも口元を緩めた。

「そういうことにしておこう。イリアも準備するぞ。作業の方はリデルとラルク殿が引き受けてくれるから安心してくれ」

 セイシェルの口からまたしてもラルクと、そう言えば上級生監督役の名前がよく出ると思いながら肩を竦める。

 リデルの名を聞いてラルクは上級生監督役まできっちり巻き込んだらしい。どこまで無謀なのか、カインはいっそ清々しいと笑った。

「か、かしこまりました……ラルクのやつ」

「私、あとでラルクと話してカインの護衛服を特注するわ」

「か、勘弁してください、イリア様……」

「いいじゃないか、カイン。カインがいるとイリアがしおらしくなって私も助かる」

「セイシェル兄様!」

 ラルクに特注する服を頼もうと一時は優勢していたイリアが一転して劣勢になり、セイシェルの腕を軽く叩いていたのを見届けてカインは笑った。

 剪定していた赤い花が、蒼穹の下で風に揺れていた。

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