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宵闇に輝く一条の星

 リデルから謝罪があって、ようやくカインとイリアの衣装の設計図が全て出揃った。

 ひとつは護衛用の制服、ひとつは外出用の制服、もう一つは私服らしい。

 イリアの方は担当したリデルの生真面目な性格同様、勅令通りであったが、ラルクもリデルの設計図作成を手伝った際に追加で作成したらしく、カインの衣装は庭師用と対第二王子謁見用という案も新たに出された。

「セイシェル皇太子殿下に並び立つに相応しい衣装ができたらカインも嬉しいんじゃないかと思いまして!」

 相変わらず豪快に笑うラルクにリデルは「そんな予算あるわけないだろう」と一喝した。その通りで、これはセイシェルが代行者から大都市の視察と報告を提示した際、代行者からの追加報酬で承認された、いわば私財である。大都市の視察や改善、大聖堂の政については予算が出るが、細やかな部分は私財で対応している。つまり、本来の任務が遂行できなくなる。

 それに、まだふたりには明かしていないが――トールスへ降る一流装飾職人オールコット家への依頼である。幾らオールコット家の資産状況が芳しくないと思われても端金で依頼するには気が引ける。

 それにオールコット家の財政難は豪華を極めた類ではなく大都市アエタイトの下層部と呼ばれる場所に工房を立てたり、トールスよりも先行して南西部の開拓に当たっていたのである。開拓を代行してくれることもあって王城からは定期的に援助していたが移動費や派遣費なども積み重なると負債が出てくるのは明らかだ。

 トールスの買収に応じ、同盟に降るのをオールコット家は渋っていたが、トールス家第一位の直系である騎士王の名を冠したラルクの兄アーサーは『先代とは違う。オールコット家の意思は尊重したい』と述べ、唯一つの条件としてオールコット家の一人娘ティア・オールコットと婚約したいという旨を提示したのだった。

 これがあの秩序者がわざわざ王城に赴き、秘密裏にセイシェルの元に寄越してきた報せの正体である。

 流石に秩序者の目は誤魔化せない。町医者レイモンドの件もあって、町医者レイモンドの軌跡を調査した秩序者はリデルの正体にも気付いているだろう。

 この報せがリデルの耳に入ればどうなるか。リデルは更に自身を追い詰め、自暴自棄の果てにとんでもない計画を奔らせるだろう。

 だが、どのような策を打ち立てようと第二王子個人の地位では流石に軍を成すトールス家の資産にはかなわない。

 つまり、これはリデルを政から遠ざけるための延命処置に過ぎないのである。せめて、イリアとカインの幸福が約束されるまではリデルの憎しみを発露させないように調整し、彼を止めようとしていたのだ。

 ラルクが勅令書を出したことを喜び、仕事が終わったとばかりに待機所へ向かうのを見届けたリデルは何故か立ったまま、古びた椅子に腰掛けるセイシェルを見下ろしていた。

「セイシェル様、これは、私を憐れんで出した指令ですか?」

「リデル……?」

 話の先を聞こうとした声は発せず、リデルは素早く後ろから回り込み、懐から短剣を出してセイシェルの首元に添わせた。

「ティアとアーサーの婚約、私が知らないと思いましたか? 私が何の為に此処に来たのか、貴方は知っているでしょう。私の道を阻むなら貴方の命も此処までだ」

 そこでリデルは退き、短剣を懐に仕舞う。なるほど、どうやら今、此処では、騒ぎを起こす気はないようだ。そうわかっていても、リデルを大切に思っていても、いざ敵対心を突き付けられた現実を目の当たりにすれば心に来るものがある。セイシェルは耐え切れず顔を歪めた。

「貴方が、せめて貴方が、もっと直系に相応しければ。もっと後継に相応しい合理さがあれば、私の計画は上手くいったでしょうね。それなのに、それなのに……貴方があまりにも私に寄り添うものだから……気が狂いそうになりますよ」

 矢継ぎ早に捲し立てる声に悲哀が滲み、セイシェルは呆然とした。リデルの進む道が少しでも明るいものであって欲しいと願い、何とか先送りにしてきた。

 だが、現実はどうだ。どう足掻いても、自分の施しは手の込んだ延命処置に過ぎないのだ。リデルは矢継ぎ早に捲し立てる勢いのまま、セイシェルにさらなる現実を突きつけた。

「町医者アクロイドの件も知っているようですね。彼に現トールスに名を連ねる者たちの名簿と調査結果を渡したのは私ですし、庭師や小姓として下層部にいた人々を偽装させて招き入れたのも私です。雑用を熟さずに済んで気楽でしたよね……秘密裏で騎兵団に対抗できるようにしているなんて知る由もない」

 その言葉にセイシェルは立ち上がった。この先に続く計画が何を示すかは火を見るより明らかだった。もはやリデルを看過できない。

「リデル!」

「セイシェル皇太子殿下……いえ、これからはセイシェル第二王子と呼びましょう。セイシェル第二王子、私の邪魔をするならば貴方は私の敵だ。騎兵団達の初陣の記念。つまり勝利条件は貴方を討つことにしましょう。私の最初の命題は貴方の鮮血を勝利の盃に注ぐ事、そうしましょう」

「リデル……本気なのか!」

 セイシェルはリデルの気迫に押されながらも何とかして切り返す。このままではリデルは本気で事を起こす。そして、自身や秩序者、亡き先代第二王子達の懸念通りの災いを呼び起こす事が確定してしまった。

「……もう、止められないのだな……」

 セイシェルは苦悩した。リデル達の動き自体はハイブライトの騎兵団を以てすれば多少の犠牲はあれど制圧できるだろう。だが、そのような事実はリデルが一番知っているはずだ。リデルの計画がそのような浅い顛末で終わるはずがない。

 リデルは自身を犠牲にして【争いの火種を撒き散らし、自身の自滅を拡散させ、ハイブライトを内側から喰い破ろう】としているのだ。秘密裏に騎兵団を集めたことも、トールスが隠蔽している【下層部】という業の深い場所のことも。それは長年の忘却の果て、王城を恨む者たちの怨嗟と悲哀によって創り上げてしまったことも知っている。リデル一人を討ち取ったところでどうなる。リデルの計画が伝播され、形を変え、姿を変え、第二、第三の火種が撒き散らされて噴火するだけだ。

「……リデル……」

 セイシェルはリデルを見て更に愕然とする。彼の後ろにある悍ましい気配が漂う。黒い色彩がリデルを包むように覆っている。

「知っていただきましょう、セイシェル第二王子。貴方達、ハイブライトが恐れた黒い色彩の真実を。貴方達の栄光の代償として闇に葬られた弱き者、その正体を」

「リデル!」

 セイシェルはリデルの手を引き、自身に引き寄せようとするが、リデルは嘲笑うかのようにその手を振り払う。

「聡明なるセイシェル皇太子殿下、貴方には良くして頂いた。だが、それだけで栄光の果てに消えていった人々の憎しみが消えるとでも思いますか? 私は赦さないと決めたのです。誰も彼もを等しく地に落とすと。先ずは貴方からだ、セイシェル皇太子殿下」

 リデルの背後から現れる面影。今とは違う深緑の衣装。しかし、その衣装が血塗れになっている様を見て、今とは違い果実が実る畑が面影の背景のように薄っすらと映り、セイシェルは首を振る。

 その深緑の衣装にこびり付いた血塗れは外傷によるものではない。その血塗れは露出した首から胸元に集中している。そして、その幻影を飾る黒い色彩は斑点のように点在している。

「……貴方は、まさか……いや、そんな……貴方が……」

 その姿は、誰の記憶からも忘却され、栄光の過程で切り落とされた残滓だった。

 そうだ、リデルがここまで精密に行動できたのは。そして、リデル一人を喪っても止めることもできないのは。ああ、リデルの言葉には唯一つの誤りもない。このままリデルの思い通りになれば王城は自滅し、争いが繰り返される。

 ハイブライトの血脈として争いを鎮めることは絶対にして唯一の命題。直系の血を引いたその時から覚悟していた。

 だからこそ、セイシェルは脅威を目の前にしても怯まなかった。リデルを依り代にしてこの黒い色彩が生き続けるならば、自身を依り代にしてこの黒い色彩を封じ込めることもできるはずだ。例え、リデルの狂気を止められなくても【共に罪を犯す共犯者】にはなれるはずだ。

 覚悟を決めたセイシェルはリデルを見据える。

「リデル、お前の望み、私が叶えてやる。このハイブライトを滅ぼしたいのならば存分に滅ぼすといい。お前にはその権利がある」

 セイシェルの宣誓によってリデルを覆う黒い色彩が鎮まりつつある。この胸の中で常に根付いた想いがあった。

 君の征く道に光あれ。

 命を懸けても構わないと願った切実なまでに真摯な想いが本物であると、目の前で証明してみせよう。

「リデルの望み、必ず私が叶えよう。お前が懐いた無念、私が晴らしてみせよう!」


 その宣誓は迫る嵐への第一歩。

 その決意は、破滅と悼みへの第一歩。


 消え失せた色彩を見据えるセイシェルに対し、リデルは歪に笑う。今度は短剣を突き立てることもなく、ただ巻き付くような執着だけが未だリデルを見据えたままのセイシェルを、退路のない暗い道へと引きずり込んでいく。

「貴方こそ、本当に愚かで憐れですよ。でも私に目を掛けた時点でこうなる事、知っていたでしょう。貴方を血祭りにして怨嗟の源に捧ぐか、貴方を引きずり込んで共に堕落するか……でも、私は正常だった。引きずり込んでも尚、貴方があまりにも眩いままだから」

 この胸を灼く激しい感情とは違うものがいつしか芽生えてしまったのだ。

 ここまで清く正しく美しいものを【ハイブライトの後継として使い潰すなんてとんでもない】と思ったのだ。

 この胸を灼く焔を懐く御像として、いっそ豪華に装飾して、未来永劫信仰の礎にしてしまいたいと願望を懐くほどに、貴方はあまりにも眩しかったのだ。

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