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サファイアクライシス

 イリアからの提案を受け、カインの衣装を仕立てる設計図はラルクが真っ先に考案し、具体的な図案として持ってきてくれた。リデルに指示したイリアの衣装の設計図はまだこちらには未提出だが、リデルを思えば仕方ないだろうと諦観していたのだが。

「リデル、まだなんですか? 結構こういうのって提出期限とかうるさそうなイメージしかないですけど」

 提出を終えたラルクが不思議そうに首を傾げると、受け取ったセイシェルは苦笑した。

「ラルク殿はよくリデルを見てるんだな」

「あ、いえ、まあ、なんか親しみやすいじゃないですか。口うるさいけど、親身さがあって。ほら、トールスの名誉だの栄光だの兄君は騎士王の生まれ変わりなのにとか言われたら、気が重たくなりますよ」

 そう言って両手を挙げて肩をすくめてオーバーアクションするラルクの素直な態度には親しみが持てた。実際、ラルクの気苦労が絶えないのは本当だろう。

 子爵や公家を手中に収め、買収する手筈を光のような速さで行っていれば、やがては誰でもトールスの栄光に恐れ慄き、買収された側としては恨みを深めていくだろう。ラルクがカインを心配するのはラルクが同じように多少なりとも居心地の悪さを感じている同情からだろうと甘い推測をした。だが、次の一言でセイシェルは驚愕した。

「リデルの心の底にある感情を、晴らしてやりたいのかもしれない。だから敢えてリデルのそばにいるんです」

 ラルクの突然の告白にセイシェルは顔をしかめた。今の言葉、聞き捨てならない。見逃すべきではない。

「ラルク殿、きみは」

 制止しようとするも、ラルクは悲しそうに笑って話し出した。

「セイシェル皇太子殿下、俺、トールス家の直系ですよ。幾ら旧い昔話だろうと俺が知らない振りをするのは無理がある。アーサーは意固地になってますが、仕方ない。だから、兄とは馬が合わないんです。リデルが、恨みを晴らしたいなら、仕方ないのかなって。この胸を貫かれても仕方ないなって。できれば兄のいない場所でやってほしいし、ちゃんと面と向かってやれって言ってください。リデルに最後に話しておきたいですから」

「……ラルク殿」

 セイシェルは何も言えなかった。まだ年端もいかないラルクにそのような覚悟があったこともセイシェルは想像もしなかった。ラルクは困ったように、寂しそうに笑いながら話を続ける。

「リデルにイリア様の衣装の仕立てを頼んだのは有り難い。カインに接触されたら困る。カインって、カイン・ノアシェランって言うんですよね。ソフィア様の。ソフィア様は昔、トールス家に忠実に仕えていた家の一人娘で、ってところまで知っておられますか、セイシェル皇太子殿下」

「ああ、知っている」

 ここまで看破されて誤魔化せる話術や冷徹さをセイシェルは持っていなかった。正直に認めるとラルクは悲しそうに俯いて、昔話を語る。

「やっぱり。カインのあの控え目な態度が、ソフィア夫人によく似てるんです。俺が生まれた頃にはソフィア夫人の家はもうなかったけれど、あの控え目な態度はトールスで仕込まれたものだということはわかりましたよ。だから、リデルは必ずカインに接触する。それは駄目だ。絶対に駄目だ。リデルがカインを祀り上げたら、リデルの身の上は【誰からも顧みて貰えなくなる】じゃないですか」

「ラルク殿、しかし、それは兄君が」

 リデルの恨みはラルク個人で受け止められる範囲ではない。だが、ラルクは意外な事実を告げた。

「兄貴はもう南西部に行く。南西部を統治するオールコット家を手中に収めましたから。兄貴はティア様を是非婚約者にしたい、と。ティア様、リデルを慕ってるし、最近リデルもティア様といる時は満更でもなさそうだけど、オールコット家の経済が傾き始めてる。トールスの支援がなければ、ティア様は路頭に迷うでしょう。南西部ではリデルの手の出しようがない。だから俺が残ることでリデルの気が晴れたらと思うんです」

 ラルクの話を聞きながらリデルの鬼気迫る告白を、不意に思い出した。リデルのあの絶望は、恨みを晴らせないだけではなかったということか。

 リデルの胸の悼みが我が事のように連動して痛むが、同時にリデルの心にはまだティアという愛する人を想う心が残っていたのだろう。

「セイシェル皇太子殿下、俺は間違ってますか? やっぱりリデルを止めるべきですかね?」

「……それは」

 正しさだけを理想と定められるなら、ラルクは苦悩しなかったはずだ。現にトールスの公家や子爵家の買収はハイブライト家からしたら正しいのだ。四方八方に散らばった資産家達の裁量に任せていたのでは、国は成り立たない。発展にも差が出てきてしまう。

 だから統一して東西南北の発展や秩序の維持を目指して公平に振り分ければハイブライトは安泰だ。そして、トールスは発展に貢献したのだからハイブライトの統治もいずれ任せるべきなのではないか、と。だが、現実はそう甘くはない。

 統治のためにあらゆるものを踏み潰してきた代償はどこかで支払う事になる。その理をトールスは知らなかったのだ。生命を踏み潰すのであれば、救済も同時に行うべきなのだ、と。

 これが栄光という眩い太陽を求めて奔った結果なら、あまりにも悼ましい。トールスは太陽に灼かれてしまった。

「セイシェル皇太子殿下、リデルのこと、見捨てないでくださいよ。俺がいなくなったらリデルにはセイシェル皇太子殿下しかいないのですから」

 ラルクのいっそう悲しそうな顔にセイシェルはただただ唖然としてラルクを見つめるばかりだった。

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