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第5話 青い果実

 閃が如月屋を去ってすぐ、買い出しから帰ってきた弥朔と共に朝緒は赤子のおしめを替えたり、ミルクを飲ませたりと、手際よく赤子の面倒を見た。弥朔はあまりにもの朝緒の手際の良さに、思わず感嘆を漏らす。


「へぇ。朝緒って、赤ちゃんのお守りが本当に上手だね」

「別にそこまでもねぇ。昔、如月屋の常連に赤ん坊連れがいたんだよ。そんで雨音たちに教えられて少し鍛えられた程度。赤ん坊を相手取る、世の母さんや父さんは皆英雄なんだって思い知らされたわ」


 朝緒の物言いに、弥朔は可笑しそうに笑いを零しながら。眉間に皺を寄せた険しい顔で、赤子に向き合う朝緒の肩を軽く叩いてやった。


「相手取るって……ふふ。朝緒もいつか立派なパパママになれるよ、きっと」

「うるせぇ」

「そういえば桃さんは?」

「知らん。俺が帰ってきたときにはもういなかった。また何でもかんでもほっぽいて、ふらっとどっかに行ったんだろ。誰に似たんだか……あのクズ」


 一通り終えて、しばらく赤子と遊んでいた二人であったが、不意に弥朔が世にも珍妙な奇声を小声で発し始めた。


「ほわぉぉぉぉぉんんんんんぎゅぅぅぅお!?」

「……」


 一度は無視を決めた朝緒であったが、一向に奇声は鳴りやまず。朝緒は一つ長い溜め息を吐き出すと、如何にも嫌そうな顔で弥朔に声を掛けた。


「……なんだ」

「どうしよう」

「何が」

「イベント近いのに、脱稿……マダシテナカッタ。ワスレテタ」


 片言で頭を抱えている弥朔に、朝緒は一息置いて半眼で応える。


「あー……同人誌ってやつか?」

「そう。やばい。今日で仕上げるつもりだったのに」


 弥朔は絶望したように、顔から居間の畳に突っ伏す。それを見た朝緒は、また長い溜め息を吐き出しながら、弥朔に向かって顎を振って見せた。


「なら今から帰りゃいいじゃねぇか。さっさと出ていけ。お前の奇声は精神にクる」

「でも! この赤ちゃん放っておけない! あたしが保護してきた子なんだし、桃さんはいなくて、逢魔さんのこともあるし……朝緒だけじゃ……」

「おー、クラゲ。おれならいるけど」


 不意に軽薄な声が掛けられて、朝緒と弥朔は振り返る。そこには、居間の戸に軽く凭れ掛かって小首を傾げる桃の姿があった。


「桃さん!?」

「桃……お前、いたのか? てっきり赤ん坊までほっぽり出して、また新しいアイジンんとこでしけこんでいるもんだと」

「朝緒……それちゃんと意味わかって言ってんのか? どっかの放浪爺に任せて少し席を外してただけで、ひでぇ言い様だな。まーいいけど」


 桃は居間に入ってくると、大きな身体を屈めて弥朔の肩を軽く叩く。


「朝緒と赤んぼは、おれが見てる。クラゲはやることあんだろ? 先帰ってな」

「そ、んな……!? か、かっこいい……まさか桃さん、あたしのこと好きなんですか!? 結婚します!?」

「あー。確かに好きだが、おまえはべらぼうにイイ女過ぎる。しかしおれは、恐ろしくめんどくせぇ人が好みらしい。だから結婚はできない。ごめんな、弥朔」

「そこで名前呼び!? これが誑し……! 次の薄い本のネタ提供、ありがとうございます……」

「……」


 朝緒はげんなりとして弥朔と桃のやり取りから目を逸らし、内心で「アホらし……」とぼやく。

 しばらく折れない弥朔であったが、桃の「その同人誌、おれたちも読みたいから」という言葉をもって、ようやく心底申し訳なさそうに折れた。


「んじゃ。気を付けて帰れよ、クラゲ」

「はい。ありがとうございます、桃さん。朝緒もごめんね……本当にありがとう」


 玄関前にて、未だに眉を下げた心配そうな顔で、朝緒とその片腕に抱かれている赤子を交互に見つめる弥朔。朝緒はそんな弥朔へと、羽虫でも払うかのような仕草で手を振って見せる。


「いいからとっとと帰れ。てめぇがうるさくて赤ん坊がぐずる」

「うん。……それじゃ、二人ともまた! ちなみに今回の本は、アオ×モモがモデルの作品だから! 今日のお礼に、出来上がったら皆の分も持ってくるね。楽しみにしてて!」


 そう言って、弥朔は大きく手を振りながら如月屋を後にしたのだった。


「……いやいやいや待て! アオモモって……噓だろ!? おい待て! アホクラゲ!!」

「あー……そうきたか。おれが右」


 ◇◇◇


 弥朔の見送りの後。心底疲れ切った顔をした朝緒は腕に抱いた赤子と共に、再び居間に戻ろうとする。しかし、唐突に桃に腕を強く引かれて、引き留められた。


「あ? 何だよ桃。今日は立て続けに色々ありすぎて疲れてんだ……赤ん坊が大人しいうちに、居間で少しでも休ま……」


 バコッ! と、しばらく前にも聞いたような破壊音が突如、朝緒の鼓膜を叩く。

 気が付けば、残された最後の玄関の戸が朝緒の身体すれすれを横切って、吹き飛んでいた。後少しでも桃が朝緒の腕を引くのが遅ければ、朝緒と赤子は吹き飛ぶ戸に直撃していただろう。


「式神でだいぶ時間稼ぎしたつもりだったんだが……いよいよおいでなすった」


 桃が苦笑しながら更に朝緒の腕を引いて己の背後に移すと、朝緒の前に進み出る。

 桃の身体越しに、見覚えしかないスーツ姿が垣間見えた。朝緒はまた身体の底から這い上がってくる恐怖感を押し込めるように、強く歯を食いしばりながら、その名前を唸るように呼ぶ。


「逢魔……!」

「落神はまともにやり合う気がなさそうだし。式神は飽きた。そろそろ遊びは止めて、殺さなきゃいけない。そうでしょ?」


 逢魔は手にしている二挺拳銃の片方を、一切の躊躇もなく赤子に向ける。

 そんな逢魔の様子に桃は鼻から小さく息を漏らすと、背後にいる朝緒の肩を後ろ手に押した。


「赤んぼ連れてどっか行ってろ、朝緒。久々に少しだけおまえの相棒と遊んでくる」

「! ……わかった。屋敷、くれぐれも壊すんじゃねぇぞ。庭の洗濯物は一枚でも散らしたら許さん。ついでにその洗濯物全部入れとけ。あと、あの狂犬野郎は相棒なんかじゃねぇ!」

「はいはい。……ったく、注文の多いガキだ。おら、さっさと行きな」


 桃に促されるのと同時に、朝緒は赤子を慎重に抱えなおして駆け出した。


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