⑥
癖が直らない勝久はヤケになっていた。
-⑥ ほぼ同じ状況-
バッチリと決めようと思っていた自己紹介でドジを踏んでしまった勝久はやけくそになったのか、翌日休みだという事を利用して「松龍」でヤケ酒を決め込んでいた。
龍太郎「お前な・・・、そんな事でいちいち嘆いてたら警部なんて出来ねぇぞ。」
警視総監の言葉が勝久の心に重くのしかかる、係長待遇の警部は顔に似合わず今にも泣きだしそうだ。
勝久「龍さん・・・、そんな事言わないで下さいよ。俺にだって警察官としての面子ってもんがあるんです、お願いですから呑ませて下さい。」
龍太郎「まぁ、うちは儲かるから良いんだけどさ。」
偶然だろうか、それとも必然だったのだろうか、少し離れた所で2人の様子を見ていた美恵が近づいて来た。
美恵「酒井さんでしたっけ・・・?あの・・・、何かありました?」
勝久「貴女は確か・・・、文香さんと一緒に働いておられる・・・。」
美恵「美恵です、倉下美恵。」
勝久「美恵さんでしたね、ご心配をおかけしてすみません。実は今日、少しの間世話になる職場に初めて行ったんですが、そこでやらかしてしまいましてね。」
勝久の目の前にはビール瓶が何本も転がっている、美恵は流石に大泣きしながら呑む警部の顔を文香に見せる訳には行かない気がした。
美恵「誰にだってそんなときありますって、それに今日が初日だって仰ってたじゃないですか。これから巻き返せば良いだけですよ、私貴方と仕事した事無いですけど貴方なら出来る気がします。ほら、箱ごとティッシュあげますから涙を拭いて下さい。」
カウンターに備え付けられているティッシュを勝久に手渡す美恵、それを女将が見逃さなかった。
王麗「美恵ちゃん、自分の物の様に言わないでくれるかい?」
美恵「お・・・、女将さん・・・。ティッシュ位は良いでしょ?」
王麗「馬鹿言ってんじゃ無いよ、ただでさえ石油が高いってのに。それにね、向こうを見てから言ってよね。」
王麗の目線の先では見覚えのある女性が1人、座敷で勝久と同様の状態になっていた。
美恵「忘れてたわ、文香もヤケ酒してたんだった。」
勝久「あの・・・、何かあったんですか?」
美恵「いやね、給食センターの仕事って思った以上に大変でしてね・・・。」
潜入捜査を行っている給食センターでこの日、2人は1週間分の献立を考える様にと指示され頭を悩ませていたそうだ。一応、上司は潜入捜査という事を知っているが「他の従業員と同様に働く事」が潜入の条件だった為に他の栄養士と同様の業務を行っていた。まぁ、その方が潜入捜査がしやすいので快く条件を飲んだのは2人の方だったのだが・・・。
文香「何よアイツ!!「子供から必ず人気が出る新しいメニューを加えて1週間分の献立を作れ」ですって?!無茶言うなっての、カレーでも食わせとけば良いじゃないのよ!!」
声のする方向を見て少しだが汗を滲ませた勝久。
勝久「文香さん、荒れてますね・・・。」
美恵「そうなんです、私も近づきづらくって・・・。」
勝久「俺が行ってみましょうか?」
美恵「大丈夫ですか?勝久さんもヤケ酒を決めてたんでしょ?」
勝久「同じ者同士で語ってみますよ・・・。」
そう言うと、勝久は開けたばかりの瓶ビールを片手に文香のいる座敷に近付いた。
勝久「文香さん、大丈夫ですか?」
文香「勝久さーん、私も公務員である前に1人の女なんですー、泣きたい時だってあるんですー。」
勝久「よしよし・・・、俺のビールで良かったら呑んで下さい。」
慣れない手つきで(本来の)部下を宥める(本来の)上司。
文香「嫌ですー、勝久さんと一緒じゃなきゃ嫌ですー。」
勝久「分かりました、付き合いますから涙を拭いて・・・、あ、ティッシュ無くなってる。」
何と言うバッドタイミング。