①~②
最近自分達の生活に何処か刺激を求める2人の刑事達は、偶然「松龍」で酒を酌み交わしていた。
「6.あの日の僕ら2・外伝~刑事だって恋したいんです~」
佐行 院(Special Thanks 傘花先生)
-① 龍太郎の後輩・酒井(from 「偽善悪」)-
署での仕事を終えた美恵と文香は店主兼警視総監である龍太郎の店、「松龍」のカウンターでしっぽりと呑んでいた。2人は龍太郎に相談がある様だ。
美恵「龍さん、今ちょっと良い?」
龍太郎「うん、あんた達以外に今客はいないから大丈夫だよ。ただフライヤーの火をつけたままにしているから消してきて良いか?」
文香「危ないよ、早く消してきて。」
文香に煽られ急ぎ火を消しに行った店主は駆け足気味に2人の元へと戻って来た。
美恵「調理場の中、走っても大丈夫な訳?」
龍太郎「ああ、慣れてるからな。」
笑いながら話す龍太郎に警視である妻・王麗が横から口出ししてきた。
王麗「何言ってんだい、この前盛大にずっこけてたくせに。」
龍太郎「か、母ちゃん・・・。そりゃないぜ・・・。」
漫才の様な2人の会話に思わず大笑いする女性刑事達。
龍太郎「それで?話があるんだろ?」
美恵「そうそう、今度県外の署から数週間だけだけど警部が1人うちの署に来ることになったのよ。龍さんはその人の事知らない?」
龍太郎「ああ、めっちゃんから聞いてるよ。あいつは俺の後輩だ、確か今日か明日にでも近くのホテルに来るって言ってたぜ。」
王麗「何年前の話だったかね、あの子と義弘の事件を追ったのは。懐かしいね。」
王麗は水とぐしゃぐしゃにした卵の殻をグラスの中に入れて激しく振り始めた。
文香「女将さん、何やってんの。」
王麗「ああ、これはね・・・。」
説明しようとした王麗の声を遮る様に店の出入口から男性が話に割り込んで来た。
男性「グラスの曇りを取り除く為・・・、ですよね。王麗警視、いや、ここでは女将さんですね。」
王麗は出入口の方を見て驚いた。
王麗「酒井君!!あんたいつからそこにいたんだい、びっくりしちゃったじゃないか!!」
美恵「女将さん、知り合い?」
王麗「ほら、さっき言ってた警部だよ。」
その時、カウンターの前で文香が顔を赤くして直立不動になっていた。
美恵「何よ、文香。その場に突っ立っちゃって。」
文香「い、いや・・・、何も・・・無い・・・。」
美恵「変な文香。」
再び食事へと戻る美恵の横からお盆を持ちながら様子を見ていた美麗がキシシと笑いつつ文香に近付き、そっと耳打ちした。
美麗(小声)「文香さん、あの人に一目惚れしたでしょ。」
文香「うん・・・、えっ?!い・・・、いや、違うもん!!」
慌てる様子から察するに、美麗の推理は当たっていたらしい。
龍太郎「おう、久々じゃねぇか。まぁ、座れや。」
酒井「お久しぶりです、松戸警視総監。お元気そうで何よりです。」
龍太郎「おいおい、ここでは「龍さん」って呼べと何度言ったら分かるんだ。俺は店主でお前は客、それらしくしてくれたら良いんだよ。まぁ、ゆっくりしていけや。」
酒井「そうでしたね、松戸・・・、いや龍さん。」
龍太郎「それにしても前に一緒だった時は刑事だったのに今は警部で係長だって?俺も図が高いぜ。」
懐かしい思い出に浸る龍太郎、しかしその表情は何処か不服そうだ。
-② 後輩の好物-
県外からやって来た後輩との懐かしい思い出に浸ろうとする酒井に飲み物と料理の注文を伺おうとする美麗、しかし龍太郎が一言「大丈夫だ、ありがとう」と言って引き下がらせてしまった。
龍太郎「それにしてもお前・・・、そろそろその堅苦しい表情を何とかしないか?俺も緊張してくるじゃねぇかよ。」
酒井「すみません、癖になっているもんで。」
龍太郎「うちの美麗が恐る恐る近づいていく感じがしたから俺も思わず止めちまったじゃねぇかよ。」
酒井「それはご本人に申し訳ない事をしました、後で1杯付けといて下さい。」
酒井が返事を言い切る前に飲み物の入った冷蔵庫の方向を指差し、後輩にも同じ方向を見る様に促した。
龍太郎「お前に言われなくても既に動いているし、1杯どころでは無いみたいだぞ。」
龍太郎の指差した先で両親の手伝いを終えたチャイナ服の娘が1人ヤケ酒をしていた、先程の酒井の表情を忘れたかったのだろうか。因みに数日後まで会社から有休を取得していた美麗の側をよく見ると床にビール瓶が数本転がっていた。
王麗(中国語)「あんたこの後デートだろ、そんなに呑んで大丈夫なのかい?それにうちはラッパ飲み禁止だっていつも言っているだろう、この子は何で忘れるかね。」
美麗(中国語)「ドタキャンされたの!!呑まなきゃやってらんない!!」
王麗(中国語)「そうかい・・・、気持ちは分かるけどそのビール代はちゃんとお小遣いからひいておくからね。」
美麗(中国語)「あの人から貰っておいて、さっき本人がそう言ってたから。」
すっかり泥酔してしまった美麗はまるで顔の赤くなっただけの子供に見えた。
美麗(中国語)「それよりママ、さっき私があの人の注文取ろうとしたらパパに断られたんだけど、私って要らない子なの?」
王麗(中国語)「それは嫌な思いをしたね、でも別の理由があるんだよ。もうすぐ分かるからゆっくり呑んでな。」
母と娘の様子を遠目に見ていた酒井の表情は未だに硬いままだった。
酒井「龍さん、あの2人は何て言っているんですか?」
龍太郎「うん、俺も全く分からないんだ。すまんな。」
酒井「でも龍さんって中国で修業してたんですよね?」
龍太郎「ああ、でも俺の師匠、と言うよりクソジジイが日本語検定1級だったから中国語を覚える必要が無かったんだよ。」
そんな中、店主は徐に切り出した。
龍太郎「それで?今日はいつもの「あれ」で良いのか?」
酒井「助かります、「あれ」を食べないとここに来た実感が湧きませんからね。」
龍太郎「何か呑むか?」
酒井「恐れ入ります、青島ビールと紹興酒をお願い出来ますか?」
龍太郎「そう言うと思ったぜ、いつもは青島ビールなんて用意しないんだがお前の為に特別に仕入れておいたよ。」
2人の会話が聞こえていたのか調理場からグラスと青島ビールを持って来る王麗。
王麗(日本語)「はい、お待たせ。それにしても良いのかい?うちの子、デートをドタキャンされてかなり呑んじゃっているんだけどね、それ全部酒井君に付けてって言いだして聞かないんだよ。」
酒井「ハハハ・・・中国語でそんな事を言ってたんですか?まぁ、原因を作ったのは私の顔ですからご本人の言った通りにお願いします。」
そんな中、調理場で店主が激しく音を立てながら鍋を振って具無しの卵炒飯を作り上げたがまだ提供はしない様だ。続けて龍太郎は鍋を洗浄した後、別の料理を作り始めた。セット料理として提供するのだろうかと思うと新しく作った料理を卵炒飯の上にかけ始めた。
調理場内を甘酸っぱい匂いが調理場をどんどん包んでいった。
酒井「これこれ、これですよ。干焼蝦仁炒飯!!」
酒井の下に料理が提供されると、カウンターの警部は辣油を大量にかけ始めた。
龍太郎「お前、相変わらずその組み合わせが好きだよな。それとさ、日本語で言えよ。」
まさかの「干焼蝦仁」に辣油ドバドバの男、酒井。