1-2 金の髪の勇者・・・・?②
アレンと別れた後、きれいに整備された道を進んでいく。
馬車道とは別に、ほんの少しだけ離れた位置に歩道が整備されていることを、カイルは今日初めて知った。
馬車道と歩道との間には、木立が整然と植えられている。
朝早くの人通りの少ない時間と、夕刻、人通りはあるかもしれないが、疲れて馬車の中でうとうとしている往復を繰り返している日々では、決して気づくことがなかっただろう。
そんな小さな発見も、なんだか少し心が躍るような気がする。
カイルは一人、人通りのまばらな歩道を歩いていた。
朝早い時間とはいえ、人通りがないわけではない。
カイルのような子供なら、5人は横に並んでも余裕がありそうな幅の歩道は、カイルと同じように教会の方へ向かう人もいれば、反対側へと進む人もいる。朝の祈祷に向かう熱心な信者だろう町人風の人もいれば、簡素な騎士服に身を包み、おそらくアレンと同じように訓練に向かう騎士らしき人もいる。
歩くとすると、どこへ行くにも距離がありそうな森の中だと思っていたが、全員が全員個人の馬車や、乗り合い馬車を使っているわけでもないらしい。
(確かに、散歩するにはいい場所だものな・・・。)
時間に余裕があるのなら、木々の緑に囲まれて、鳥の鳴き声や、風の音に耳を傾けながら歩くのも悪くないかもしれない。
共の者には馬車で先に行ってもらった。・・・というか、まだアレンたちと一緒にいて、自分よりも後ろにいるのかもしれない。
カイルの家門を意味しているらしい、黒塗りの武骨な馬車は、無駄に大きいので目立つ上に威圧感が半端ないが、木立の向こうに見えてはいないので、まだなのだろう。
とはいえ、心配性の従者たちは、森の中にいくつか用意されている停留所で、自分が何事もなく歩いているのか、待っているのかもしれなかったが。
カイルは自分の右側、木立の向こうの馬車道を見ながら歩いていたが、ふと、反対の左側に顔を向けた。
(・・・・あれ?)
少し先に、細い道のようなものがあった。
今歩いている歩道のように舗装されている道ではなく、土がむきだしになった道だが、雑草は生えていない。
近くまで行くと案内標識が立っており、「この先白の草原」と書かれていた。
・・・・・。
草原は、緑だろう。
白とはいったいどういうことか。
草が白いのか?
土が白っぽいのか?
雪・・・・では降らないときもあるのだから、雪ではないだろう。
どうでもいいことのような気もするが、なぜかやたらとひっかかる。
なんだか、クイズをなげかけられているような楽しさも感じ、カイルは教会への道ではなく、白の草原に向かって左折することを選んだ。
細い、とはいってもすれ違えるほどの広さはある土の道を進んでいく。
少し上り坂になっているようで、額に汗がにじみ、息も荒くなっていく。
これ以上上り坂が続くようなら、引き返そうかな、と早くも諦めようかと思っていると、
「・・・しゃー・・・・」
悲鳴にしては明るい、変な声が聞こえた。
「・・・・・??」
立ち止まり周りを見回すが、人の姿はない。
先ほどまでの歩道と違い、狭い道は高い木々に囲まれており、人の姿がないのだから、当然人の気配もない。さらさら、と音が聞こえて見上げるが、葉が風に揺れて重なり合ってできる音だった。
と、
「ああーーーー・・・」
またもや変な声が聞こえてきた。
音程外れの、歌声だろうか。小さな子供の声、のような気がする。
(・・・・・迷子?・・・のわりには機嫌よさそうだけど・・・。)
迷子だったらかわいそうだ。助けてあげないと、と思うが、気持ちよく歌っているだけのような気もする。
カイルは、だれが歌っているのだろう、と声のする「白の草原」に向かい足を速めた。
・・・・が。
(・・・・白くない。)
いや、白もある、という言い方が正しいのか。
たどり着いた先は、色とりどりの花が咲き乱れる、美しい花園だった。
確かに、カイルが立っている花園の入口付近は、ほとんどが白い花だった。
草原というほども広くはないが、カイルが走ったら途中で疲れて止まってしまうほどの広さの開けた場所は、一面の花園だった。
周りは確かに「白の草原」というにふさわしく、白い花に囲まれていたが、花園のちょうど中心のあたりは、赤、水色、緑、桃色、紫・・・。カイルの知る以上のありとあらゆる色の花が満開だ。
それほど強くない風が吹くだけで、花弁が舞い上がるさまは、思わず見惚れてしまうほど美しい。
白くないじゃん、とは思ったものの、自分以外誰もいないその空間は、秘密の場所を見つけたみたいな高揚感があった。
(・・・・え??)
そう、そこには誰もいなかった。
確かに歌声、のようなものが聞こえていたはず。
気のせいだろうか?カイルはキョロキョロと花園を見渡した。
・・・・誰も、いない。
「・・・・にゃの?」
「!!・・今、何か・・・?」
誰もいないはずなのに、確かにカイルの耳には声は届く。
意味が分からない。
分からない。が、向こうの方から確かに聞こえた、とカイルは声のした中心部へと向かって歩いていった。
もしかしたら、寝っ転がって歌っているから、花に囲まれて見えないのかもしれない、とも思ったが、やはり人の姿はない。
「??」
どういうことだろう。
よくわからないが、もう少し歩いてみよう、とカイルはなるべく花の咲いてないところを選んで歩を進めていく。
偶に聞こえる声につられて、誘われるように歩いていくと、ちょうど中心部のあたりにまで来た。
「ぅえ?」
聞こえる声は確かに近づいているのだが、それでもやはり人の姿はない。
大人だったら諦めるだろうが、そこはまだ、10にも満たぬ子どもだ。
「誰か、いるのですか?」
どこかに上手に隠れているのかもしれないと、声をかけてみた。
やはり、誰もいないし、出て来る人もいない。
「・・・ふぅ。」
風の音が、そう聞こえただけだったんだろうか。
そう思い、遅刻する前に急いで戻ろうかと思ったところ、
「ぅいー・・・・。」
「!!!」
突然足元で声がしたので、びっくりして飛び上がりそうになった。
肩が跳ねて思わず後ずさる・・・
「わ、痛っ・・・・え?」
ガツン!と何かにぶつかり、痛みはないが声が出る。
しかし、やはり何もない。
(え、でも今、確かに何かに当たって・・・・。)
花ではない、硬いものに当たったはず・・と手を伸ばしてみると・・・
「え?」
今度は何やら柔らかいモノに触った。
しかし、何も見えない。
ふにふに、と触れたものを確かめるように、まだ子供らしい小さく細い指を曲げたり伸ばしたり・・・
ふに・・・・ふに・・・・・
「・・・・・・え???」
何もない。
何もないはずなのに、あたたかくてやわらかくて、つるつるしたものを確かにカイルは触れている。
「・・じゃー・・・。」
「!!!!!」
何かに触れている指先ではなく、腕に暖かいものが触れてくる感覚に、カイルは訳も分からず固まってしまうのだった。