1-1 金の髪の勇者・・・・?①
(いい天気だな・・・。)
最近、良い天気が続いている。
こんなに良い天気なのに、屋敷から馬車に揺られて神殿へ行き、ずうっと室内で神学の勉強や祈祷をして過ごすのか・・・。
そして夕刻になったらまた馬車に揺られて帰宅する。
いつも通りの日常だ。
別に不満があるわけではない。
父や兄のように外で剣の稽古がしたいわけでもない。
疲れることが得意ではないのに、汗をかくことなんてもっとありえないことだ。
ただなんとなく、今日はそれではいけないような気がした。
少年、カイルは司祭候補生だった。
父親ゆずりの金の髪は肩の位置で切りそろえられ、日の光を浴びると一段と輝く美しい髪だ。けれども今日ばかりは、まるでそれは、もっと日の光を浴びたい、と言っているように感じた。
母譲りの黒の瞳は、この国では珍しい。黒は忌み嫌われがちな色ではあったが、カイルの瞳はまるで黒曜石のように艶があったので、神官たちからは「神秘的だ」と概ね好評だった。
体があまり丈夫でないこともあり、家業を継ぐことはできなかったが、おかげで双子の兄と後継争いをする必要もない。貴族の次男にようあるように僧籍に下ればいいだけの話だ。しかもありがたいことに、カイルには癒しの力が人並み以上にあるらしい。
それならば将来安泰だろうし、戦いに赴いて傷ついた家族や騎士たちを癒すこともできるだろう。
騎士貴族序列第二位の大貴族の生まれではあったが、騎士としての人生を歩めないことに、カイルは別に不満に思うこともなく、日々平穏に過ごしていた。
妖精の宿る国フィレイシア。
物語に出てきそうな呼び名のこの国には、主に政治や経済に携わる貴族と、軍事に長けた騎士貴族の二種類の貴族がいる。カイルの家は騎士貴族の中でも序列二位、つまり二番目に力を持つ家柄である。
とはいえ、騎士貴族のなかで二位であるだけで、全貴族の中で何位なのかはよく知らない。
貴族の方が上だとか、騎士だから下だとか、そういうことではないらしい。
分かりやすいようでよくわからない、というのがカイルの意見だが、だからといって全貴族の中でも二位だからうれしいとか、全貴族の中になると十位になってしまうから悔しいとか、そういう気持ちもない。
貴族でない平民や、もしかしたら序列下位の、貴族とは名ばかりの日々の生活にも困窮するような者たちからすれば、カイルを取り巻く環境は非常に恵まれたものなのだろう。
けれどもカイルにとっては当たり前のことだったし、有力貴族だからといって、贅沢をしているわけでもない。必要な品位を保つ程度には贅沢をしているとは思うが、なんせ騎士と名がついているのである。
「騎士にあるまじき行いをするなかれ」
騎士になるのは諦めたとはいえ、カイルにはその精神が根付いていた。
贅沢をするわけではないが、日々決められた時間に起き、身の回りのことはある程度はできるものの世話してくれる者たちがいる。神殿で学び、帰ってきたら明日の用意をして床につく。
その年頃の少年としては、かなり老成したというか、波風のたつこともない、むしろ波風のたつ余地のない穏やかな毎日。
そこにカイルは不満もなければ疑問もなかったのだが・・・・。
「今日は神殿まで、歩いていくことにするよ。」
こんな良い天気なのに、外に出ないのはもったいない。
せっかくだから、神殿までの道を歩いてみたい。
自分がいつもと違うことを言うことで、周りの者たちは色々と動いたり、困ったりすることになるかもしれない。
根が素直で真面目な性格のカイルだったら、絶対に言わなかっただろう言葉を、今日だけはまるで口から零れ落ちるようにするりと口にするのだった。
屋敷から神殿までは距離がある。
屋敷は王城の西、神殿は王城の北にある。
その経路には、すべての騎士団が駐屯する騎士団本部があり、さらに神殿に向かって森が広がっている。
森、といっても王室の管理の行き届いた、整備された森なので何の危険もない。
当然到着するのは遅くなるだろうが、いつもカイルはかなり早い時間に神殿に到着していた。朝の鍛錬がある兄が騎士本部にある訓練地へ向かう馬車に同乗しているためだ。
歩いたところで、授業に遅れることはないだろう。
いや、もしかしたら少し遅れるかもしれない。
(たまにはそんな日があってもいいじゃないか。)
自分でも驚くような考えが浮かんで、そんな自分にカイルはびっくりしたが、なんだかとても良い気分だった。
「別に家からじゃなくても、訓練場の手前で降ろしてやるから、そこから歩いたらいいんじゃないか?」
兄のアレンは、いつもと違うことを言い出した双子の弟の言葉に、特に驚くこともなくいつも通りの何も考えていなさそうな顔で言った。
双子といっても、アレンは母譲りの黒髪と、父譲りの緑の瞳を持っているので、並んでいても双子だと思う者はまずいない。顔の造作はもちろんにているのだろうが、いつも穏やかにほほ笑むカイルと、仏頂面のアレンでは、やはり似ているとはいえない。性格もまるで違うが、仲は悪くなかった。
「そうだね、その方が疲れないだろうし、そうするよ。」
カイルがにこりと笑ってそう言うと、周りにいた者たちが明らかにほっとした表情を見せた。
(確かに、家から歩くのはちょっと遠すぎたかな。)
それに、途中まで馬車で向かうことになれば、授業に遅れることはなくなるだろう。
この時のカイルはまだ、授業に間に合う送れるどころか、神殿に着くことすらできなくなるなんて、思いもしていなかった。少しだけ、冒険でもするかのようなドキドキワクワクした高揚を感じているほどだったのだ。