1-5 パパ上からの質問攻め
「パパ上、だっこ。」
パパ上は、ちょっとだけ目を丸くしたけど、すぐに持ち上げていた私をゆっくりしっかり抱き寄せてくれた。
やばい、パパ上、むっちゃ良い匂い。
加齢臭なんて言葉、知らないんだろうな。
香水って感じでもないんだけれど、パパ上からするイケメン臭に、思わずほほを寄せる私。
大丈夫、見た目幼児だから、甘えているだけに見える、はず。
一瞬、元の自分の姿でイケメンに頬ずりする光景を浮かべてしまったけれど、それはやばいけど、これは大丈夫、と自分に言い聞かせる。
役得。
パパ上は、抱っこしながら私を見て尋ねる。
「して・・・、其方は聖剣、でよいのか?」
「んー、わかんない。」
多分そうです、とか、多分ってつけないほうがいいのかな、とか。何て言ったらいいんだろう、と思っていたら、言葉が勝手に出てきた。
いやこの、思っていることと話すことが合っていないの、すごく気持ち悪いというか、じれったいというか・・。
「閣下、幼子相手ですから、もう少しかみ砕いた言い方がよろしいかと・・・。」
パパ上の後ろに控えていた騎士が、そっとパパ上に耳打ちする。
「ふむ・・・。」
パパ上は、少し考えるように間をおくと、
「それで、君はずっと花畑にいたのか?」
「うん。勇者いなかった。」
勇者、の言葉に周囲がざわつく。
やはり、とかということは、とか言っているのが聞こえるけど、小さい声なのでよく聞こえない。
パパ上は、抱きかかえる位置をずらすと、私から双子君がよく見えるようにした。
「君の、勇者はここにいるかい?」
パパ上の言葉に、双子二人がびくり、とする。
「・・・・んー・・・。」
さあ困った。
これは、私もよくわからない。いや、よくわからない、というより、さっぱりわからない。
果物ナイフ、もとい、聖剣を見ることができたのはアレン君だ。
今も聖剣を両手で持ったままでいる。
嫌そうだったからもっと雑な扱いをするのかと思ったけれど、そこは「聖剣」という名前の重みがあるからか、意外と丁寧に持ってくれていた。
力を籠めすぎなように気を付けてくれているのが伝わってくる。
普通でいくと、聖剣を手にすることができる人が勇者なんだろうけれど・・・・。
普通がいまいちよくわからないのが困るんだけど。
私は、アレン君からカイル君に視線をうつした。
困ったように聖剣をもって、言い方悪いけど突っ立っているアレン君に対し、カイル君は落ち着いたものだ。にこにこと穏やかにほほ笑みまで浮かべている。
姿かたちは幼い美少年なんだけど、大人びているというかなんというか・・・。
(最初に見つけてくれたのは、カイル君なんだよね・・・。)
カイル君は私と目が合うと、にこっと微笑みかけてくれた。
ほほ笑んでいるところから、さらに微笑みかけるなんて器用だな。
現状どちらが勇者なのか、私には判断がつかない。
仕方がないので、思ったことをそのまま言うことにした。
・・・どこまで通じるかはわからないけど。
アレン君を指さすと、皆の視線が彼に向けられる。
「アーレ、剣見ちゅけた。」
残念、アレンと呼ぶのは難しかった。
指をカイル君に移動すると、皆の視線も移動する。
「でもカイ、さいちょ、声きいた。」
残念、「最初」と言い切れなかった。
(剣を手にしたのはアレン君、声を聞いたのはカイル君だけど・・・、あれ、ちょっと待って。)
そこで私はもう一人の存在に気づく。
そういえばこの人、私のこと触れたじゃないか、と。
つつつ、と指を動かしてパパ上を指すと、パパ上は表情はあんまり変わらなかったけど、眉を少しだけ持ち上げた。
「パパ上、抱っこできた。」
「「「「「・・・・・。」」」」」
しいん、となる室内。
多分、誰もが双子のうちどちらかが勇者なんだろう、と思っていたんだろう。
まさか私がパパ上まで指さすとは思わなかったようだ。
うん、私もさっきまで思いもしなかったもの。
「・・・・。」
パパ上は、しばらく私の頭をなでながら考えると、もう一度私に聞いてきた。
「でも、勇者というのは、聖剣を持つ者のことを言うだろう?」
「うん。」
「剣を見ることができたのも、君を見ることができたのも、最初はアレンだけだね?」
「うん。」
「でも君は、アレンを勇者とはっきり言えない、ということかな?」
「あい。」
残念、「はい」と言えなかった・・・。
そうなんだよなあ、もっとこう、聖剣と勇者の出会いって、ばばーん、とか、じゃじゃーん、とか効果音がして、「おお待っておったぞわが勇者!」みたいな盛り上がりがあるものだ、と勝手に思っていたんだけど。
そんな効果音は聞こえなかったし、盛り上がりもなかった。
なんなら出会ってからここに来るまで私うとうとしたし。
緊張感も臨場感も全くないんだよね。
そもそも赤ちゃんだったから、「待っておったぞ」とか言えないし。
ここにラエンがいてくれたら、何か教えてくれるんじゃないかと思うんだけど。
何度か呼び掛けてはみたけれど、なぜかラエンは、全然出てきてくれない。
呼ばなくてもいつもいてくれたのに、どうしてなんだろう。
「それで、君・・・・・。」
言いかけてパパ上は一度言葉を切った。
なんだろう?と思ってみると、
「君・・・名前はあるのかい?」
「・・・・・・なまえ・・・・。」
言われてそういえば、と改めて思った。
この世界に生まれて?生まれたのかなんなのかよくわからないけど、そこを突っ込むと話が進まないのでとりあえず置いといて、数日は経っていると思うけど、私、名前、なくない??
そういえば、ラエンがそんなことを言っていた気がする。
私はまだ勇者に会っていないから名前がないんだって。
ということは、勇者に会うと名前が決まるんだって思ってはいたけど、特に困らなかったから気にしていなかった。
でもさっきのことを蒸し返すけど、別に勇者(らしき人たち、だけど)に会っても、ばばーん、とか、じゃじゃーん、とか鳴って名前が決まるわけじゃなかった。
主様とか呼ばれていたけど、「ヌシです。」とは言いたくない。
ヌシってなんとなく、巨大な動物とか、魚とかをイメージしちゃうし。
かといってさっきみたいに、「聖剣」呼ばわりも嫌だ。
こんないたいけな美少女相手に聖剣呼びなんて、ごつすぎる。
そもそもその二つは呼称だろうし。
かといって、美麗です、というのもなんか違う気がするのよね。
見た目も全然違うから、橘美麗だった前の私とは別人というかなんというか。私は私のままなんだけれど、その名前じゃない、という気がした。
もっとこう、「ハイ、美少女!」みたいな名前がいい。
バカみたいな言い分だけど、名前が欲しい、と初めて思った。
「なまえ・・・。」
困ったな、と思ってパパ上から視線をそらすと、バチっとアレン君と目が合う。
そうだ、私剣なんだから、勇者候補第一号君が名付けてくれればいいんじゃない?
「アーレ、なまえちょうだい。」
「ええっ!お・・・私がですか??」
今絶対、俺って言おうとしたな。
「ああ、それがいい。」
「アレンが剣の持ち主になるんだし、つけてあげなよ。」
びっくりして声が裏返っているアレン君の横で、パパ上とカイル君が「名案だ」と言わんばかりにうなずいている。
「ええ・・・名前なんてつけたことないし・・・。」
アレン君は困り切った顔で助けを求めてキョロキョロするけど、誰も助け船はださない。
剣の持ち主が名前、決めるもんでしょうよ。
別の人が決めたらおかしいもんね。
ラエンが言ってたのはきっと、勇者がつけてくれる、ということなんだろう。
決めてしまうのはまだ早いような気も少しだけしたけど、アレン君がつけるのが一番自然だと思った。
・・・このあと、バリバリ効果音が鳴って勇者が登場したらどうしよう、とか思わなくもなかったけど。
それを気にしていたら、私しばらく名無しだし。
これだけ大勢の人に見えるようになったのに名無しは困る。
「アーレの剣。なまえ、つける。」
「俺の・・・・剣。」
アレン君がごくり、と喉を鳴らす音が聞こえる。
私ではなく、手にした聖剣をじいっと見つめて黙ってしまった。
しばらく沈黙が流れた後、アレン君は意を決した様子で顔を上げると、はっきりとした声で私の名前を呼んだ。
「ロレイシア・・・・・。ロレイシアに、します。」




