0-0 私、目覚める
ふわふわ、ふわり。
薄水、薄桃、薄緑。
パステルカラーの丸い光が、点滅しながら私の周りをふわふわ飛んでいる。
ぼーっと見ていると、光はどんどん増えていって、私の頬や腕、足とかに触れては離れ、触れては離れを繰り返していた。
まるで、小さな綿菓子がふわふわと空を飛んでいるような、たくさんのオモチャやお菓子に囲まれたフリルたっぷりキラキラお姫様が歌いだしちゃうようなミュージカルがあったらこんな感じかな、とか考える。
おいしいのかな、甘いのかな。やたら私に近いけど、もしかしてこれは『私を食べて』ってやつなのかな。
うん、とりあえず味見してみよう。
逃げられないように勢いづけて手を伸ばし捕まえようとすると、薄水の光は点滅を早め、指の間からするりと抜けていった。
あれ、今なんか焦った?
光がびっくりして逃げたような気がして、しかも逃げた薄水の周りをほかの綿菓子たちがふわふわと飛んでいる様子が、薄水を心配しているように見えて、なんだこれ、と思うがそれ以上に
『あれ〜?』「だぁあ」
確かに声を出したはずなのに、聞こえるのは赤ちゃんのような声だった。
『あっれ〜??』「だあだぁぁ」
私の目に映る、私の手。
意思に合わせて握ったり開いたりできているから、うん、これは私の手で間違いない、ハズ。
(なんでこんな、ちっちゃくてムチムチしてるの?)
私の手はもっとこう、ゴツゴツと節くれだった、触ったらごわっとざらっとがつっとしそうな感じのはず。間違ってもこんな、マシュマロ赤ちゃんのふわふわおててではなかった。
しかもこのふわもちおてて、さらにふわふわ真っ白レースの袖がついている。
私今どんな状況?
キョロキョロまわりを見ようにも、ゆっくり顔を右に動かすことができるだけで、キョロキョロなんて動きができない。当然そんな動きでは、周りの状況どころか自分が何を着ているのか、手はふわもちだが、それ以外はどうなんだ、とかも確認できなかった。
やっぱり私の手なんだよなぁ、とふわもちおててを顔の前で握ったり開いたりしていると、光たちがまた寄ってくる。
何味なんだろう、あ、さっきの薄水も来た、とじーっと見ていると
「だっ?!」
え!羽根がある!!いや、羽根どころか、顔がある!!いや違う、なにこれ、人間??!
「…ま、……さま」
「……か?」
え、なにこれなにこれ、声?!話せるの??え、何語喋るの?通じるの、これ??
びっくりして瞬きも忘れて凝視していたら、段々と形がはっきりわかるようになってきた。
うわぁ、これ、妖精さんだよ、かわいいなぁ〜。
光はそれぞれ妖精でした。はい。
夢で何度か見たことはあるけど、今日の夢は前見た妖精とは違ってリアルというか細かいというか…。薄水の妖精は、髪の色も薄水色だった。瞳の色は髪より青く、羽根は透明だけど羽ばたく度にキラキラ光る粉みたいなのが淡く青い。ギリシャ神話とかにでてきそうな、白い布みたいな服を着ている。性別は…見れる範囲ではわかんないなぁ、でも胸とかない感じがするから性別とかないんじゃないかぁ、だって妖精だし、うん。
「…お目覚めですか?」
なんて思ってたら、水色の隣の桃色も姿かたちがはっきりしてきた。あ、おんなの子だ、桃色は。
長い桃色の髪の毛はサラサラストレート。白い布の胸元から見事なお胸の谷間がのぞいている。瞳は水色のと同じで、髪より濃い桃色で、顔の近くを飛んでいるから長いまつ毛も桃色なのが見える。
「ぬしさまがお目覚めになられた〜」
水色が嬉しそうに目を細めてパタパタ飛び回る。
ぬしさま??お主、なかなか悪よのう、の主??それとも言葉が通じてない?え、でも日本語喋ってるよね?夢だから?だから通じるの??でも私、赤ん坊ぽくない??あなた達、赤ん坊に話しかけてるの??てか赤ん坊が主なの?何の主??
「ぬし」と言われると、人間なら悪徳商人しか思い浮かばない。いやでも妖精さんだから、泉の主とか、山の主とか?
「だぁ~」
なんて思っていても、私はだあだあしか喋れない。妖精さんたちも、さすがにだあだあでは通じないのか、とうしたらいいか困ってるみたいにふわふわ飛んでいるだけだ。
ようやく目が慣れてきたのか、他の光もそれぞれ色々な姿をした妖精さんたちだった。むちゃくちゃかわいい。
「あ、景色ご覧になりますか?」
私の視線があちこち動いているのに気づいた桃色ちゃんがそう言った途端、
「ふぎゃっ」
急に景色が変わって、周りがよく見えるようになった。
…え、外??
どうやら座らせてくれたみたい。どうやったのかはわからないけど、まあ夢だからそのへんは。でも変わらず頭の周りがふかふかしているから、今までは寝かされてて、今はリクライニングベッドみたいな感じで起こされたのかな、多分。
さっきまでは空しか見えなかったけど、お花畑のような場所だ。妖精たちと同じようなパステルカラーの花が色とりどり、満開だ。花びらが舞ってきれいだな、と思ったら花びらじゃなくて妖精さんだった。え、すごい数なんだけど…。
座れたことで、フリフリレースの服が見えた。裾からはフリフリレースとはまた違う刺繍のされた真っ白な靴下なのか靴なのか、を履いた小さな足がちょこんと見える。
うわあ、やっぱり私赤ちゃんだわ〜。
ふわもちおててにちんまいあんよ。わあ、こんなに小さな手なのにちゃんと爪もある。小さくてかわいい爪だわ。
手を見ていると、指に青っぽいきれいな糸が絡まっているのが見えた。あれ、ごみ?ごみにしてはキレイな糸だなぁ。
「うだっ」
チクリと頭に痛みが走る。え、これ、私の髪の毛??
手を動かすと、糸が引っ張られてまたチクリと痛む。髪の毛が引っ張られたときの痛みと同じ。
なんということでしょう。この、キラキラ宝石のように輝く糸が私の髪の毛でした。
「あらあら、御髪が絡まってしまいましたね」
桃色ちゃんが指に絡まった髪を丁寧に解いてくれる。といっても赤ちゃんの手くらいの大きさの妖精だから、ふわふわ飛びながら体全体を使って解いてくれている。うん、かわいい。
「主さまの髪の毛、キレイ〜」
水色ちゃんが小さな手に大きな櫛を持って私の髪をといてくれた。櫛は私の大きさに合わせたものだけど、重くはないのかふらつくことはない。
「これ、つけますか?」
緑ちゃんが、キラキラ光る宝石みたいなやつを持ち上げて飛んできた。
緑ちゃんの髪の毛はそんなに淡い色じゃなく、キレイな新緑の葉みたいな色だ。肩にかからないくらいの長さでキレイに切りそろえられていて、瞳は髪の逆で淡い緑色だった。あ、この子もおんなの子だ。
桃色ちゃんほどではないけど豊かな谷間を見て判断するのもどうかと思うけど、それしかわからないんだから仕方ない。水色ちゃんはどっちなんだ?これ、もしかしてあんまりつっこんだら切ない問題?
なんて思っているうちに緑ちゃんは頭のまわりを飛んでいたかと思うと、
「できました、ぬしさま〜」
そう言って、どこから出したのか全然わからない大きな鏡を私の前に出してくれた。
「だぁ~」
瞬きも忘れて鏡に映る姿を見つめる。
陽の光を受けてキラキラ輝く青みがかった銀色の髪。太陽の光といわれても納得しそうな大きな金色の瞳を縁取る長いまつ毛。薄く色づく頬はふっくらしていて、何もつけていないのにつやつや柔らかそうな桜貝色の唇。
肌は、包み込むふわふわ真っ白クッションよりも白く、頭には緑ちゃんがつけてくれた、海よりも青い色の宝石がついた、銀細工の美しい額飾り。
こんな赤ちゃんがこの世に存在するわけがない、と疑いたくなるほどに美しい赤ん坊が、私のことを見つめていた。