星屑少女の勝利
天空都市バル
「反則だ!!!!!」
ノスコン・ダークは声をはりあげた。
「こんなのが魔術師の決闘か?!名誉をかけた?バカか?!ありえんわ!無効だ無効!!!」
普段無口な男でも、頭に血がのぼると舌の血行がよくなるようだ。
「面白いからアリ」
立会人はちょちょぎれる涙をぬぐいぬぐい笑って言う。
「リインナ!!ない!面白くない!!ありえんわ!!無効!再戦!再戦だって!!」
ノスコンとリインナが身内ならではのぬるい小競り合いに興じているうちに、
「……そもそも、これってどういうことなの?」
ウィリィが姉弟子にそっと尋ねた。
「つまり杖無し無詠唱であっても、それが魔法であるかぎりは、力は頭部で宣言され、首肩腕のパスを通って、手にプラナとして発現するってこと」
オリィは肩を指さして、魔力測定機を使う仕草をする。
「杖で発現させるのが本来の魔法のカタチであるかぎり、このパスは誰にでも同じ。さらにパスを有効に使うために、杖を持つ利き手は自然と決まる」
左肩を指さすオリィの、左手に銀の杖。
「あっ……」
「左利きの子はいろいろ不便だからって右利きに変えたり、両利きになったりってことはあるけれど、杖を持つ手は右でも左でも不便がない。両利きを目指す必要もない。自然と決まって5割と5割。あとは……」
「そう。貴女は会話の中で、まんまとノスコンの杖の利き手を聞き出した」
リインナが右手で右の肩を指さした。
「あたしははじめっから、ノスコン・ダークの右手だけを狙ってた」
床に転がった焦げたサンダル。
「あとはこいつが本気できてくれること。それだけが条件だった。ノスコン・ダークがあたしを強いと思ってるかぎり舐めた早撃ちはしない。自然と力をこめる。その一瞬が、サンダルが届く時間になったわけ」
そのサンダルをひょいと持ち上げて
「なあにが物理だ!!!!こんなのは魔術の技じゃない!ふっざけんな!バルスドーラ最強の俺をへこまそうと、からんでくる不良は山ほどいたが、こんな卑怯な手まで使って勝とうとする奴はいなかった!!」
怒り狂う大人げない24歳。
「あらまあ♡じゃああたしがおにーさんのはじめてってわけね♡キャッ!」
「クネクネすんなキモいわガキが!!!」
ヒートアップする従兄弟を
「はい、どうどう。どうどう」
リインナは後ろから抱えて止めた。
「おにーさんもガキになりかけてるわよ。まず落ち着きなさい。この勝負、はじまる前からオリィの作戦のうちだったってことよ。天晴れじゃない。魔力値が半分以下の女の子が都市最強のバケモノを、見事ぶっとばしちゃったんだから」
「俺は……!!!」
「はいはい」
ノスコンの激怒はおさまってはいなかったが、この従姉妹には昔からどうもかなわない。
リインナはオリィの悪戯と愛嬌がたっぷりつまった黒い瞳の、その奥に知恵が星座のようにきらめいているのを感じとって満足した。
「私、言ったものね。『ノスコンをぶっとばせたら楽しい』って。そして貴女『ぶっとばしちゃう?』って答えて、そのとおりにしちゃったのね。これは決闘でも喧嘩でもなくて、発想とか約束とか工夫とか……何にしろ、見事だったわ。こんなに楽しいなんて、予想外だった」
いたずらなウインクをひとつして、水の4区商店街で花とうたわれるリインナ・グロースは従兄弟を引っ張って帰っていった。
空が明るくなる。小鳥の歌がはじまる。
「というわけで、今日もバルスドーラは平和でした。めでたし、めでたし」
オリィ・ザッテはひとりごちた。
なお、その太陽が沈むより早く『ノスコン・ダーク敗れる!』の号外がバルスドーラ中にまかれたというのは、さらなる予想外。
<続>