落とし子
魔法都市バルスドーラ、地竜神殿地区大病院。
入院から半月ほどは家族だけの面会だった。
「断絶パス再建手術が見れると聞いて!」
知的好奇心を抑えきれない長老会面々がわらわらと押しかけたが
「パス断絶も手術もしておりませんお帰りください」
元病院長で現地竜神官のネルに早々に追い返されたらしい。
オリィとかウィリィとかマルクとかゼムとかがしばしば訪れるようになると病室はとたんに賑やかになった。
「それで負ける?3歳児に負ける?っていうか、あんたまともに何かに勝ったことある??お祭りの時も、王宮の時も、だいたい役に立ったことないよね???」
絶好調に煽りまくるオリィに
「黙れ」
大人げなくぶすくれるノスコンという、和やかな日常の風景だ。
「あの、オリィはこれでも、心配してないとかじゃなくて」
おずおずフォローを入れるウィリィに、リインナが苦笑しながら湖上農園朝採りのりんごを剥いてよこす。
「……ぜんぶ、命にくらべたら安いものよ」
包帯をとったノスコンの手に、鏡。
炎弾をくらって一番深手だったのは顔だった。右目の視力は何をしても完全には戻らないだろう。こめかみから眉、父親ゆずりの骨ばった鼻柱。目立つあたりに火傷をくらって、バルスドーラの白い怪物はいよいよ見る者すべてを恐怖させる風貌となった。
「風の精霊を使役して肉体を一時的に運動エネルギーに置換するとかいう、こいつしかできない芸当よ。もし相手がたまたま地の精霊の重圧を攻撃にしてたら相殺されてたわね」
相殺の後の2発目を打たれていたら片目だけでは済まなかっただろう。
「でもカッコイイよ!オリィちゃんは好み!」
オリィは瞳を輝かせてほがらかに笑った。
「勲章ってヤツじゃん!男前があがったよ」
「違う」
ノスコンはおもてを白くした。
強者に立ち向かって傷を負ってうち勝ったなら、たしかにそれは男の勲章だけど
「『あれ』はそんなもんじゃない」
明らかに格が違った。怪物以上の怪物。言葉すら人の子とは思えない、とびぬけた非日常。
「俺の、父だと言った」
父ジェノ・ダークと同じ色の瞳で。
「俺が、父だと言った」
「なにそれ?」
咄嗟にオリィがつっこんだ。
「あんた怪我のショックであたま混乱してんじゃない?いくらなんでもノスコン・ダークに子供はないわー。子供がいてもおかしくない年だけど、あんたにそんくらいの甲斐性があったら、ぶはは、彼女いない歴年齢の引きこもりとか、ぐは、やってないわー!!」
癪に障るくらいの大笑いをかまされて
「……」
なぜか病室には重苦しい沈黙が満ちた。
「……え?」
その雰囲気に気づけないオリィではない。
「……なに?……あたしだけが知らないことが……ある?」
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【長老会は『ノスコンの生殖細胞を使った試験管ベビーを作ろうとして3年前に失敗』している。】
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「医療マンガじゃん!」
聞いてオリィは悲鳴をあげた。
「医療マンガじゃん!こんなの医療マンガじゃん!なにこれ天空都市バルスドーラっていつから医療マンガになったの?!」
「不妊治療としては普通にアリよ。プライベートだからニュースにならないだけで」
高等学校で薬学を学んだリインナが冷静に話す。
「長老会は『失敗した』って言ってた……でもそれが、実は、嘘だったら?」
真実、ノスコンの血を引く3歳の子供がこの魔法都市にいるということになる。
「でも子供の目は黒かったって」
ノスコンの目と髪の色素の薄さはバルスドーラで目立つ。
「ノスコンの父親は黒目黒髪よ、隔世遺伝なら不思議じゃないわ。でも……」
リインナの言葉を遮るように
「ありえん」
きっぱりと父かもしれない男は答えた。
「俺より強かった。あれは」
たとえあの子供がノスコンの子供だとしても、怪物の子供が怪物よりはるかに強い理由にはならない。そのくらいそれは超越していた。
そしてその言葉に、今度はひとり重苦しく沈黙したのがオリィ・ザッテだった。
「……でも……ない。」
普段の彼女が浮かべない真剣な表情で。
「さっきの話はみんなが知っててあたしだけが知らなかった」
いつもの悪ふざけも茶化しも少しも見せず。
「……あたしだけが知っている話がある」
心を決めて少女は語った。
「これは、『神官権限』だ」
それは魔法都市の最大権力者、四魔法王の『神官』達にのみに許される権限である。
<続>




