生還
からだが軽い。
苦痛を感じたりしていたのはいつだったろう。まるで遠い遠い昔のことのようだ。
忘れて。忘れていたことをふと思い出して、ノスコンはくびきのない自由な存在で
(ああ、これは、夢だ)
漠然と思考した。
だって視界はどこまでも白くて、遮るものもなにもなくて
ただ黒い星がひとつ。
黒い星は、星の浮かんだ黒い瞳だった。
黒い瞳の3歳のオリィ・ザッテ。
黒い巻き毛。黒子は右頬に4つ、十字星のかたち。
幼い少女は開口一番
「なにしてんの?」
聞かれてノスコンはやっぱり考えた。
「夢だな。」
昔にもこんな夢を見たことがある。
「あんた混乱してるわね?」
3歳にしては妙な滑舌の良さがある。夢の中のオリィなんだから仕方ないだろう。
奇妙な夢のただなかで、ノスコンはか細い寝る前の記憶を少しずつたぐりよせた。
「天空神。」
一言、口をついて
「お前は、アグマート、なのか?」
オリィでしかない幼児に問いかけたものだから
「そんなわけないでしょー!アグマートは全権閲覧者だってそんなこともわかんなくなったの?あーもう可哀想なプロマ!かわいそー!」
幼子はかわいい眉根をよせて早口でまくしたてた。
「これだからニンゲンはカワイイっていうか!で、どうするの?もういい?もうおしまいにするの?してあげてもいいけどさ」
自分は人間ではないかのようにオリィは言うのだ。
「あんたはたくさんのデータをくれた、よくがんばったわよ?ここで『おわり』でも褒めちぎっちゃう」
『おわり』?
その単語が、妙に心地悪くてノスコンは身をよじった。
「……『おわり』はいけないような……」
曖昧すぎる感覚に首をひねる。
「『おわり』にしない……とか?」
ただなんとなく気持ちわるいという理由だけで。ノスコンはオリィを遠慮がちに見た。
オリィは溜息ひとつして
「ほんと馬鹿!馬鹿ね!いいに決まってるじゃない!そんなことまで忘れたの?」
矢継ぎ早に言ってのけた。
「生きればいいじゃん!」
その言葉がノスコンの意識を矢のように撃ちはなった。
一瞬。焼けた肉体の中でノスコンは記憶を取り戻した。激しい痛みに指一本まともに動かせない中、息をつぎ、呻く。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!」
聞き慣れたリインナの罵倒が耳をうつ。
「あんた何?!なんなのよ?なんであんたなんかが死にかけてんの?!」
リインナが側にいて叫びまくっているのはわかった。いい、それはそれでもう十分だ。
あざやかに思い出す。裏通りの3歳児。バルスドーラ最強の魔力を有するノスコンの全力の逃げより速い炎弾。
ノスコンを父といい、ノスコンの父だと言った。天空神。そう名乗った。
目が覚めたら夢なんてどうでもよかった。あるのは悪夢よりひどい現実だ。
10年前のオリィ・ザッテなど比べものにもならない。
あんなのがいてたまるか。しかしあれのせいで今のこの身体なのだ。
あれが本当に存在するものなら
『神』
たしかにそれ以外考えつかない。
呼吸をせかし、絞るように出した喘ぎは
「ぁれはむりぃ……」
というたいへん情けない音だけだった。
<続>




