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月と母なし子

月長石の都バルスドーラは夜目にもほの白い。



人通りの無い外壁沿いから、大通りへ行く道を一本小路へ。

「ウィリィ」

寂しいそこはもう家のかたちもしていない。

天空都市の条例で屋根だけが中央部とかわらぬ立派さで白々とひかり、いくつかの柱がそれを支えているだけ。

その部屋だった場所でウィリィは一人しゃがみこんでいた。


「ノスコン……さん?」

いつも迎えにくるのはオリィだった。意外な人物にウィリィは驚いていくらか正気をとりもどし、濡れたまぶたをしきりにこすった。

ノスコンはあたりを見回して、とりあえずウィリィの横に大きな体を折りたたんだ。

「前に」

この男は思い出す。

「オリィが人探しをしていた。俺ではないといった。お前だったんだ」

決闘に負けたノスコンが家出した夜。人目を嫌うこの男はいつも人の少ない夜の外壁沿いにいた。そこに偶然居合わせたのがオリィ・ザッテだった。

ノスコンと会ったオリィは「人探し」と言い「自惚れんな、おっさんではない」と付け足し、駆け足で夜の闇に紛れていった。

あの夜オリィが探していたのはノスコンではなく、ウィリィだったのだと。ノスコンは理由なくわかってしまって、わかってしまった以上オリィの代りに行かなくてはならないと思ったのだ。

「……オリィしか知らない場所なのに」

ウィリィはぽつりと零して

「ああ知らん」

ノスコンはひどく朴訥に答えた。

「人に道を聞いた」


知らない道なら聞くしかないのだが

「いやあああああああ!!あんた、ノスコン・ダークじゃないか!!」

魔法都市の爆発物・白い怪物ノスコン・ダークの物騒さを知らない者は夜にもいなかった。

「やいこのやろうよくも俺の女に……ぎゃああああああああ!!」

勢いよく角から出てきた男も一緒に悲鳴をあげる。

「ここはお前のナワバリじゃないだろ?!?なんで出てきた?!」

たしかにこの白い幽霊はいつも人気のない場所を選んでいたし、小路の人間に声をかけるなんてしなかったから。

「人探しだ」

ノスコンは悪びれず胸をはった。

「女の子、こう、小さくて……普通な!」

相変わらず女子に対する語彙は壊滅的である。

くわしく説明できずもだもだとするところを

「ああ、子猫ちゃんかい」

女は溜息して答えた。

「町から時々この通りに帰ってきて泣いてる子だろ?有名だよ。そろそろオトナだし、ごろつきが手を出す前に帰らせてやっておくれ」

はて?とノスコンは首をかしげた。13歳のオリィ・ザッテといつもニコイチなウィリィが大人なようにはとても見えない。人違いだと去ろうとしたのだが、この女の舌のまわりはたいへんなめらかで

「情はふかいが頭のかるい可哀想な遊び女が子供を産んでね、野良猫の親子みたいに暮らしてたのさ。ここがそういう通りなのを知ってるだろう?あの子が小さいのは親猫の餌が少なかったせい。姐さんに言わせりゃ見た目の年よりずっと昔からここに居るよ」

そこまで聞かされて、足が止まった。

「ある時親猫が帰ってこなくなって。子猫は親猫をずっと待ってたんだがね、飢えてボロボロで見ちゃいられなかったって。子猫の方もあるときいなくなって。ここまではよくある話だがね。いつごろか子猫がちゃんとした娘のような格好をしてこの通りに帰ってくるようになった。昔住んでた場所に泣きにくるんだよ。友達がいつも連れ帰ってたね」

ノスコンは真面目な顔で二回頷いた。

「当たりかい。くわしい場所?それなら……」


無口で無駄にでかくてさらには有名な危険物であるところのノスコンの威圧感は小心なウィリィのよく知るところだ。彼に道を聞かれるとか災難だなとかちょっと思ったけれど、心が未だぜんぶこちらに戻ってきていない。

「……おかあさんが。帰ってくるから」

零れる言葉は聞き手のためのものではなくて。

愛情深い母ひとりだけが世界の全てだった。大きくなっても、大きくなることができなくても、ウィリィの根っこはいつもそこなのだ。

「帰ってきたとき、おかえりなさいを言ってあげなきゃ」

壁は朽ちて、もう家でも部屋でもないここだけど。

「ボクが言ってあげなきゃかわいそう」


朴念仁が率直に「わかる」とか言わなかったことは少しばかり幸運だった。

「……心臓が」

母親がある日帰ってこなかったことがあるこの男は。

「潰れたとか、もう潰れてたとか」

やはり聞き手のためではない言葉を並べだして。

「豆ほど小さくなって」

「紫色で」

「死ぬんじゃないかって」

ただ言の葉が月長石の廃屋にひびく。

「……死なんもんだ」

死ぬどころか無駄にすくすく伸長した24歳のノスコン・ダークを盗み見て、ウィリィはひどく安心した。

「なあんだ」


胸は痛いまま。2人は相手もそうかなとなんとなく思った。

どちらも帰ろうとか言わず。

「何言われても嘘で」

「風の方が親切で」

「涙は出たほうが楽で」

ここは危ないとも言わず。

何しろ魔法都市最凶のダイナマイトに、燃えたマッチ棒掲げて向かってくる奴なんていない。


<続>

1章ラストの「月夜にふたり」のリフレインです。

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