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二度と会えない優しいあなた

いまや邪教の魔術師の、竜の神官が長となれる天空都市にて。



「そ……」

ウィリィの言の葉はもはや霞んだ。さあっといっぺんに血が引いた。

従兄弟同士を結婚させて子供がどうなるか見てやろうというのはなるほどやばい。

しかし、子供とその母親から生殖細胞をとって掛け合わせてやろうというのは。あまりにも。

「シンプルな理論ではあるわ」

ペーパーの裏にリインナはさらさらと鉛筆を滑らせた。

「モヤシの豆の品種改良みたいなものよ。子供は父親と母親から命を半分ずつもらって生まれる。これを○×として、母親を×の倍としたら、生じる次世代は××と○×が……」


「に ん げ ん は モヤシの豆じゃない」

やっとそれだけ口に出して、ウィリィは震えそうな体を抱きしめた。

「そうね」

リインナは×のマークをとんとんと叩いた。

「ノスのお母さんもそう思うくらいには人間的だった。色々追い詰められて一度は逃げちゃった人だけど、それでも親子がふたたび手をとりあう未来はあったはずなのよ。それが決定的に無くなったのは、こういうことを長老会がやらかしたから。もう一生会えないわよね。誰もノスのお母さんの失踪届を出さない。『ノスコンの母親をご家族が探している』って理由を与えてしまったら、あの人たちはまた、やる」

規格外な怪童の育児を一人で任せられたノスコンの母親の苦労はいかほどであったろう。我慢に我慢を重ねてある日突然家に帰ってこなくなってしまったのも仕方ないかもしれない。

けれど大人になった2人が歩み寄ることもできない。たぶん「会いたい」と口にすることすら禁句になってしまった。

ずっと、会えない。


ウィリィ・リネンはそうなってしまった優しい人を知っている。


その感情を「辛い」とか「悲しい」とか言葉にできたらどんなにいいだろう。ウィリィにはそれはもはや「痛い」。心臓が潰れ、はらわたを食いちぎられる痛み。その痛みから逃れられる方法を彼女はひとつしか知らない。

がたんと大きな音をたてて椅子から立って、走り出た。

リインナもフェイニも何か叫んだが、ウィリィにはもう意味がない。


大通りを転げるように駆けぬけ、

「……かえって」

何人の人とすれちがっても、

「かえってきてよ」

ウィリィは大粒の涙を止めることができない。

ずっと、待ってたのだ。何もない家で。ひとりぼっちで。

ウィリィが世界で一番だいすきと笑ってくれたあの人を。

「おかあさん……!」


おとうさんはすぐ変わったけれど、おかあさんはずっと変わらなかった。

いつも心の底から暖かくなる、最高の笑顔で。

(ウィリィがすき。ウィリィがかわいい。世界でいちばんだいすき)

きれいでやさしくて一欠片の嘘もなくて。

暖かい腕で抱きしめて、やさしく髪を梳いてくれたあのひとが。


帰ってこない世界なんて、小さなウィリィにはあるはずがないのだ。



「ウィリィどうしちゃったの?!あなたわかる?」

リインナが詰め寄っても

「私には何も……」

昨日彼女と会ったばかりの王子様にはどうしようもない。

「傷ついたご様子でしたが、おうちに帰られたのではありませんか?」

そのおうちに居るのはウィリィの師・長老マルク……まさにリインナが先ほど非道を告発した長老会員ではないか!

「わからない!」

リインナはいらいらと爪を噛んだ。そもそもウィリィがショック状態になった原因がリインナには見当も付かない。


「……何だ??」

そこにのそりと、白いうどの大木。

「ノス!?あんたじゃ役に立たないわよ!!」

即無能認定および八つ当たり。

「ウィリィがパニックで……どっか行っちゃって……ああ!!」

ノスコンはこのほどの影武者チャレンジのことは知ってるので、肝心のオリィが王宮にいることはわかっている。これからシャトルで中央区へ行って、王宮で……というには日が傾きすぎている。

多分急がないといろいろ具合が悪い。ウィリィもそうだが、オリィも、王子も。


オリィほどの機転をノスコンは持っていない。残念だけどそれは認める。今ここにいるのがオリィだったらまるっと全部解決しただろうに。

それなのに


「わかった」


ノスコン・ダークには何故かこの時わかってしまったのだ。

偶然のように、天啓のように。わかってしまったそれがノスコンの胸を刺した。その痛みに名前がつけられないのに、ウィリィが抱えてる痛みが同じものであることが、まるで答え合わせの答案が目の前にあるようにノスコンは確信するしかなかったのだ。


<続>

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