決闘申請
空には見えず、しかし夜空に星喰らうことで知られる天空都市バルスドーラにおいて。
地上にあれば文句なく大都市と呼ばれる規模を持ちながら、バルスドーラにはいくつもの欠点がある。
その一つは閉鎖性だ。
都市の住民はおよそ魔術師であり、地上の多くの都市では魔術は忌み嫌われる。よって住民の大半は、一生をバルスドーラの都市のみで終える。
そんな閉鎖的なバルスドーラにおいて、喧嘩は強く禁止されている。特にこの15年ほどの取り締まりは厳しい。
しかし血の気の多い若者というのはいつの時代でもいるもので、ごく一部お目こぼしをいただいているところはある。
リインナ・グロースは夕暮れに青年会の事務所にたどり着いた。
「おお!誰かと思えば花のリインナ!」
黒縁眼鏡のつるをいじりながら、青年会役員のブロンスが笑いかけた。
「ついに僕の気持ちに応えてくれる気になったんだ!」
「ごめんね。ただの決闘申請よ」
小首をかしげてリインナはちょっと微笑んだ。相変わらず外面の良さは完璧だ。
「決闘申請」。先に青年会に届け出て、立会人をつけてする場合だけにおいて、私闘も若者達の名誉をかけた決闘として「例外」とされる。
「リインナの名誉の為なら僕が代理で闘うよ」
「ごめん、うちの従兄弟……」
「……あーー……」
ブロンスの人の良さそうな空色の瞳が天井を仰いだ。
「野次馬出さない、ちゃっちゃと片付けさせるから。今申請して、夜明けに終わらせる。長老会議堂、相手はオリィ・ザッテ、長老マルクの所の女の子だって。私は今から話つけに行ってくるわ。たしか13歳だって」
「えーっ!それは青年会の管轄に入らないんじゃないかな?!それに」
「困った子だけど、とにかく騒ぎにしたくないの。ごめん、よろしくね」
一つ年下の従兄弟を「困った子」と言って、早々にリインナは事務所を後にした。
「こんばんは、失礼します。長老マルクはご在宅でいらっしゃいますか?」
澄んだ声が玄関に響いて、ドアを開けたオリィは知らない顔に目をぱちぱちさせた。
「どなた?」
なるほど少女の右頬に十字星の形の4つのホクロ。
「貴女がオリィ・ザッテね。私はリインナ・グロース。お昼に失礼しましたノスコン・ダークのお詫びと、それから貴女を誘いに来たの」
「は?」
奥からマルクが現れて、やはり目をぱちぱちとさせた。
「ノスコン……あの白いのか。うん、今夜は屋根がなくなったし、お詫びはわかるけど誘いとは」
「決闘ですって。受けてくれるかしら?」
花の微笑みで言われてしまって、オリィはちょっとわけがわからない。
「……なんでそうなった????」
オリィ視点のノスコンは、自分を見たとたん悲鳴をあげて天井ぶっとばして壁を突き破ってどっかに消えた謎の客人、いや怪人、もしくは変人にしか見えてないわけで。
「なんでアタシがあんなバケモノと決闘なんてことになった???初対面ですけど???百歩ゆずってあいつが菓子折持って謝りに来るならわかるけど???なんで?????」
「貴女が昔、あいつに勝ったから」
さらに出てきた妹弟子のウィリィと顔を合わせる。ウィリィは昼の大惨事を思い起こして震えあがり、オリィはぶんぶんぶんと顔を横に振った。
「知らない!ぜったい人違いよ!オリィちゃんパンピーよ?なんなら魔力値2桁よ?杖だけじゃ足りなくてサークレットを補助にして、呪文詠唱してやっとこ魔法使えるレベルよ?何をどうしたってあんな杖無し無詠唱ブルドーザー魔人に勝てるわけないってば!!」
「ふぅーん?」
リインナのはしばみの瞳が、楽しそうにオリィを値踏みしてる。なるほど頭の鉢をぐるっと金色のサークレット。耳横あたりの大きめの装飾は、オリィのくるくるの黒い巻き毛の中からにょきっと出てきた小鬼の角のようだ。魔力不足の人が補助に使うサークレットで間違いないし、それならばなお謎は深まっていく。
「あいつというより……これはなかなか知的探究心をそそる展開ね。ねえオリィ、貴女本当にノスコンに勝てない?貴女がノスコンをぶっとばしたら、ちょっと楽しいと思ってるの」
オリィは黒い巻き毛をモサモサとかきまわして……
「じゃあ……ぶっとばしちゃう?」
黒い瞳に悪戯をたたえてニッと笑んだ。
<続>