リインナ号泣
魔術師の都市、負傷者でごった返す中央区病院の待合室で。
リインナはびっくりするほど彼女らしくなく、肩をふるわせ、涙を手でぬぐい、すすり泣きが止まらない塩梅で。
「すまん、オレのせい?」
どうも原因らしい石工ゼム・セラレンスス……彼女がついさっきまで下に見ていた彼が気をつかうのを
「いいえ!いいえ!」
泣きじゃくりながらリインナは否定した。
「私はただ、私が馬鹿だったことが許せないんです!今までホントの馬鹿従兄弟が横にいたから気付かなかったけど、私だってちっとも賢くなんかない!」
流れ矢が馬鹿従兄弟にぐさっと命中するも、誰も彼のことまで考えてない。
石工は下級職だと皆言っていた。
魔力も学もない、体力しかない頭の悪い連中が、高額給与にホイホイむらがって、荒れて、人生台無しにするのだと。
ゼムが生活苦の中、妹、すなわちリインナの恩師に高等教育を受けさせるために自分の人生を捧げていたなんて。
リインナは恥ずかしくて悔しくて申し訳なくて、何より今までの自分の行動が許せなくて、泣き止むことなんてできなかった。リインナは知的で自立した大人な女性だと思っていたオリィもウィリィも正直たまげた。馬鹿従兄弟ことノスコンすら滅多に遭遇しない従姉妹の様子に言葉一つかけられない。ましてうっかり元凶らしいゼムの狼狽えようよ。
「オレは妹が教鞭をとれただけで最高に嬉しかったんだ。それが立派な生徒まで育ててたんだから、これほど嬉しいことはない。君が泣く必要はないぞ。むしろオレこそ人生無駄じゃあなかったって泣いて君に御礼を言わなきゃならんほどだ」
「優しくしないで!」
ほとんど八つ当たりにリインナは叫ぶ。
「わたし、惨め」
天空都市の魔術師は基本、学者肌が多い。知識や機転を喜び誇る性質で、特にリインナはそういうたちだった。高等教育、薬学専攻。家業を継ぐ気のないノスコン父子に代わって、祖母の薬草店を継いで規模も大きくするだけの技能はもう十分あるというのに、飽き足らず叔父から書記官資格まで吸収し習得を目指している。女性書記官はまだまだ少ないバルスドーラで、狭き門を狙う向学心が彼女を前進させる。
だからこそ、辛い。
多方面からメンタルをザクザクやられて、従兄弟もアレだが、どうもこの家系は結構無駄にプライドが高くて涙脆い。
「リインナ、どうした?まさか誰か重傷か」
リインナのすすり泣きを聞きつけて、叔父が顔を青くして駆け寄ってきた。この人も謁見のテラスの上から7m下へ叩き潰された勢だが、ノスコンの防御魔法が間に合って軽傷だ。
「違う。危篤はいない」
無口なノスコンがたまに口を開くと、ワードが唐突に物騒だ。
「ならいいが……ぴゃああああああああ!!!!!」
書記官は息子と同じ悲鳴をあげてオリィになまあたたかい目で微笑まれた。
「悲鳴がおっさんじゃないのは血筋だったかよ……」
「いや!だって!?君、初対面だが、いや、君!?!?誰?!??!」
オリィは祭の晴れ着のたっぷりしたフードを脱いでいたので、書記官ダークと素顔で対面するのはたしかに今回が初だった。
「ずっと一緒にいたでしょ、あんたの息子の命の恩人オリィちゃんよ?何、美少女でびっくりした?」
ふざけながらも、自分の顔がおっさんが「ぴゃああああああ!!」って跳び上がる系統の顔ではないことはわかっている。
「この顔、見覚えが?」
ダークは深呼吸し、もう一度オリィの顔を見て、胸を撫で、頷いた。
「これからバルスドーラ王と会う予定だったが、君も来て欲しい。いや驚いた。王もご覧になれば驚かれる事だろう」
「書記官って、バルスドーラ王に会うのも仕事なんですか?」
ウィリィが問うて
「一部、な」
書記官は奇妙な笑みで答えた。普段あまり笑わない男の含みあるそれは、オリィの心を妙に騒がせた。
「王宮データベースを司る者として語ろう。今回の事件の真相と、これからの目的を」
好奇心そそる誘いに、リインナもぱたっと泣くのを止めた。
<続>




