とある医師の話
天空都市バルスドーラの謁見のテラス周辺が崩壊した大惨事(死亡者はなし)の直後。
本職は医師である地の魔法王の神官ネルは渋い表情で中央区病院の応援にかり出されていた。朝、某魔法都市最強に神殿前病院を水浸しにされた彼は、夕方、その某魔法都市最強によって続出した負傷者の手当に回っている。
「先生!トリアージです!トリアージしなくてはなりません!」
一人で騒いでるオリィ・ザッテは無傷。単なる医療漫画の読み過ぎだ。
「命に別状のあるような怪我人は出ていないからな?」
最後衛にいたゼムも無傷。
「潰し魔法を咄嗟にキャンセルして防御魔法を重ねるとか、ノスコンさんは魔術についてはもう人種が違うよねえ」
前衛で乱入者に倒されながら、起き上がって追いかけるガッツを見せたウィリィが仲間内では一番の深手だ。杖の利き手を骨折したのでしばらく生活に介助が必要だろう。
「確かに彼は人種が違うと言ってもいい」
地のエレメントに骨の再生を助けるよう、ネルは魔術をほどこしながらぽっと零した。この神官は知識において一般人をはるかに上回っていて、どうも時々それが特殊なスキルだということを忘れる性格らしい。
「400年前のバルスドーラ大革命から、バルスドーラ人は種としての変化をおよそ2回経ているらしい。3回目もあり得るということだ」
高等学校卒のリインナも初耳のような学説を、誰もが知ってるみたいに平然と言う。
「人種が違う?」
「そもそもバルスドーラ人は『市民階級と貴族階級で別の種族だった』という説が前提になるな」
ネルはウィリィへの魔術を終わらせて、おしゃべりを切り上げ足早に次に並ぶ負傷者へ移動した。
「うわっ仕事早っ!」
「医師出身で神官に登り詰めた男だ、オレらとは違うさ」
ゼムの表情に尊敬と、わずかな軽蔑のような怒りのようなものがみてとれて
「兄貴?」
つられてオリィの顔も曇った。
「医師は命を救うためには必死になるさ……オレの母親がそれだった。伴侶の病気が治せるものじゃなくて、何年も、何年も、入院させつつ研究に没頭して、それでも間に合わなかった。伴侶の命じゃない。自分の命を先に落としたのさ。人間は誰だって一度は死ぬいきものだ。たぶん、もっといい方法……が……」
ゼムは言葉を詰まらせた。オリィと漫才ができる男の沈黙を、ノスコンは重く受け止めた。
「研究のための莫大な借金と、父親の介護が残ってな。学才のある妹に勉学を諦めさせるのだけは絶対に嫌だった。石工ってのはそういうワケありの溜まり場さ。お陰で妹を卒業させてやることができたんだから、オレの人生はまあ上出来だ」
「あ、あの……」
石工を学がないだの野蛮だのさんざん言っていたリインナが、酷く心を乱した様子でたずねた。
「あなたは……あなたはもしかして、ペタルテア・セラレンスス先生のお兄様なのですか?」
「妹が?」
「恩師です」
リインナのあかがね色の長い睫に、真珠の涙が瞬いて散った。
<続>




