ガラスの回廊へ
天空魔法都市の大祭は残り1日。
「こういう展開なら普通感動の対面になるよね?!」
「折角心配して来たのに!!」
「いやあ、こうなってこそのノスコンさんだよね……」
「あはははは、こりゃいい稼ぎができそうだ!」
四者四通りの反応に
「ごめん。ごめんて」
神殿前病院を水浸しにしたノスコンは平謝りだ。
4種のエレメントを使役する天空都市の魔術師にとって、水を出すのも乾かすのも初歩魔法だ。なお都市最強の魔法素質を持つ男が遠慮無くかませば大惨事になる。
「ダーク君、君は何もしないように」
乾燥魔法を用意しようとしたノスコンを素早く制止して、地竜の神官ネルは魔法の詠唱に入る。
『我が名は神官、汝が名を求め奉る巫女乙女の末なれば、願い奉るなり質量にして堅牢なる地の竜、アダマス=テオ=プロマ=ペル、我ゲナを使役せり、垂直に三枚を砕くべし』
魔法都市最高権力者の席にまで登りつめた男の見事な詠唱。ネルが杖で床を叩くと、たちまち掌ほどの穴が開き、水が渦を巻いて階下へと流れ行く。
ノスコンはその中に聞き覚えを感じ、そして低きへ流れて消えていく水の動きに驚き、「神殿の地下は空洞」というオリィの言葉を思い出し、ほとんど無意識に
「地下は空洞」
ぼそりと口に出した。
「そう、ここから床3枚の下は下水道の遺構だ。あとはバルスドーラ、この都市が処理をする」
ネルが言ったのも無意識だったのかもしれない。
なにしろ
(下水道の遺構?!)
横にいたオリィはえらい名詞を耳にしたものだとびくりとした。
(水を出すのも乾かすのも初歩魔法。魔術師の都市に水道はいらない。その遺構だって?)
ウィリィもリインナも気に留めてない様子だ。ゼムはひょっとしたら気付いたかもしれないが表情に何も出ていない。なら自分もここはつっこまない方が安全だ。
「病院にあるものはシンプルに乾かせばいいものだけじゃないからね。医師と看護師と、もちろん私も神殿官僚と、これから全員で後始末だ。できれば君達にも彼らの指示に従って協力してもらいたいのだが」
「このたびはうちのバカが、本当に申し訳ありませんでした」
リインナが深々と頭を下げる。釣られて全員、素直に頭を下げた。
「いい。それより」
厳しい表情のまま神官ネルは
「回復おめでとう。お大事に」
元医師としてノスコンに声をかけ、小走りで去って行った。
「……イヤミ?」
「ではないと思う」
薬学専攻だったリインナにはわかる。なんであれ病人が回復したのは素晴らしいことだ。
「私は神官様にもオリィにも感謝してる。こっちに来れなかったおばあさまもおじさまもね。楽しみにしてた御前試合をすっぽかしてまで、バカ従兄弟を助けてくれてありがとう」
鞄から封筒を取り出した。
「これね、おじさまからの気持ち」
オリィは渡された封筒の中身を見て……
「これ!!回廊シャトルの!!パス!!だーーー!!!」
たちまち喜色満面、嬉しさ溢れて両手でパスを掲げて跳ね回った。
「えーっ?!回廊シャトル!?」
「すげえな!」
回廊シャトルのパス。
それは外壁沿いの四魔法王神殿と中央の王宮を空中で結ぶ、ガラスの回廊の中を移動する高速シャトルの切符である。この回廊は神殿と王宮に出入りする官僚が主に使用するためのもので、庶民が使える機会はほとんどない。
「審査とかいるんだよね??えっ!?ウィリィの分もあるよ!」
「ウソーッ!!」
2人の少女はパスを手に頬を紅くする。
「二人とも長老マルクの直弟子だもの。審査は問題無かったのよ」
書類の中からリインナは2枚のパスを引きとった。
「私とノスコンも、王宮書記官のおじさまの身内だしね」
そして、それだけではなく
「ゼム兄貴の分もあるよ」
「は?」
石工という下級職のゼムの名が書かれた1枚。
「いや、なんで……」
「なんでって」
そこに口を挟んだのは、ひとりの老いた医師だった。その瞳が暖かく愛情に満ち涙をこらえているのを見て、オリィは唇を引き結んだ。
「貴方はセラレンスス教授のご遺子でいらっしゃいますでしょう。教授があんな亡くなり方をなさって、さぞご苦労されたことと思います。私達は教授を忘れてませんし、若い頃の貴方がここに通ってらっしゃったことも忘れていませんよ!」
<続>




