「気の毒なプロマ」
目を開くのさえ億劫なのに、見えてくるのが煩わしい。
白い長老会議堂ホール。10年前の、オリィ・ザッテ。
「あんた、まだあたしとパスが切れてなかったの?気の毒なプロマ」
頬に十字星のかたちにホクロの並んだ、幼児らしい愛らしさに満ちた3歳の少女。
あの日と同じ生意気さで、しかし何かが違う。
(こいつより強い奴がバルスドーラにいるわけないじゃん?!)
妙に偉そうに知ったかぶりした13歳のオリィ・ザッテ。
(いるじゃないか。俺より強いのは10年前のお前だよ)
思っただけで口にしなかった。
(オリィちゃんパンピーよ?魔力値2桁の民よ?なんで魔法だけであんたをぶっとばせると思ったわけ??)
そう答えて魔法以外のあらゆる手を使ってこちらをへこませにくるだろう。力が足りなければ知恵で勝つ。それがオリィの信条だ。
十字星のホクロも生意気な態度もくるくるな黒い巻き毛も同じだけれど。
オリィは13歳で、カーゴだってシャトルだって一人で乗れる。字だって書けるしマンガもゲラゲラ笑って読む。
「おまえじゃない」
ノスコンは認識している世界の10年前のオリィに向かってはっきりと宣言した。
「オリィは13歳だ。俺は24になった……これは、夢だ」
「なにを認識しているの気の毒なプロマ。夢だというのなら、そうなのかもしれないけど」
10年前のオリィが首をかしげる。憎たらしいくらい可愛らしい。
なにしろさっきまで、ノスコン・ダークは地の神殿前広場の病院にいた。
(魔力値が全く測れない。こめかみですら反応がない)
厳しそうな医師がそう言って
(ということは、ブロックは脳にあるということだ。パスの異常でないのは幸いだ。脳障害らしきものも見られない。だとすると魔法の根源である『祈願』が障害されている可能性が高い)
祈れないとは?
(強いストレスかショックで一時的に迷走している可能性が高い。ちょっとした拍子で戻るかもしれない。はいそこの少女、背後から頭部を殴ろうとしない)
入院に関する書類がずらっと並んだ。
(とにかく本日は入院。パスの収縮を防ぐ薬を出す。希望なら睡眠薬と安定剤も。再び『祈願』が出来る精神状態になれば後遺症は出ない)
(よかったじゃーん!)
先ほどポンコツ魔道具を直す具合に頭を殴ろうとしてきたオリィが破顔して背中をバンバン叩いてくる。
『祈願』?
(そう。自分より強い存在に対し、その力を借り受けようとする心)
(ノスコン・ダーク)
(君は『祈願』したことがあるか?)
一瞬、頭が空白になった。
それに憤慨したのが13歳の方のオリィ・ザッテ。
(何いってんの?!こいつ、生まれたハナからバルスドーラ最凶よ?!自分より強い存在とかいなかった人間よ?……こいつより強い奴がバルスドーラにいるわけないじゃん?!)
最初に頭に浮かんだそれ。
「……そうか。わかった」
ノスコンははっきりと自分の目の前の3歳のオリィを確認した。とても夢には思えないほどリアルに彼女はそこにいる。
「いたな。自分より強い存在」
それは10年前。長老会議道ホールに現れて一瞬でノスコンをぶちのめした、10年前のオリィ・ザッテ。
「何かわからないけど、あんたの力になれるならよかったかな?パスも残ってたのが確認できたし。それじゃ気の毒なプロマ、あんたをぶっとばせばいいの?」
幼児に不敵な笑みが浮かんだ。
その後は必要なかった。ノスコンの全身へ電撃のように恐怖が走り、その後をすぐ熱い血と闘志が巡るのを感じた。
ノスコン・ダークは病院の白い天井を見ていた。
夢というのは不思議なもので、ただ中にいる時はそれがもう現実のようなのに、目覚めたとたん「やっぱ夢じゃん!」と頭がすっきりする。
そのとたん夢の内容を忘れてしまうことは珍しくないが、今回の記憶はしっかり残っていた。
(たぶん10年前のオリィよりすごい、俺より強い存在が、この広い世界にはたくさんある)
ノスコン・ダークは『祈願』した。自分より大きな存在に。
どうぞ1滴の水を。叶わなければ1秒の霞を。
朝の病院はとある病室から発生した大水害に見舞われた。
<続>




