乙女心と野外劇
そは天空、罪の都バルスドーラ。異教の邪神祭まで1ヶ月を切った。
神殿前広場よりシャトルで中央区へ。カーゴが幌馬車の飛鋼版なら、シャトルは路面電車の飛鋼版だ。車輪はなく下部に設置された飛鋼の力で地面から少し浮いて町中を走っている。
父からあとは任せろと言われても、息子は相棒と共に今日も謎の少年の手がかりを追っていた。
「だいたいね」
しかしオリィは思い出してはぷんすこを繰り返していた。
「あんた何様よ、あたしのウィリィちゃんに『普通』って何よ。ウィリィちゃん傷ついてたわよ絶対。『普通でいいな』とか嫌味すぎるし『普通に可愛い』とか持ち上げたってもう遅いわよ。フォローすんならもうちょっと言葉選びなさいよ」
「『普通』は」
都市最高の魔法素質を持って生まれてしまったノスコン・ダークは
「……『普通』だろ」
特にむくれるでもなくぼそりと呟いた。
白い怪物。突然変異。歩く天災……自分の人生に与えられることがなかった『普通』。ノスコンはそれがきっと平和で心地よいものなのだろうと、ずっと思ってきた。
加え冷たい眼といかつい鼻、嫌でも目に付く長身に珍しい色素の薄い髪。ウィリィの小柄で、金髪というにも緑の瞳というにもなんとも曖昧な、やさしげで目立たず少し幼さを感じさせるたたずまいは、ノスコンには『普通に可愛いくて』『おまえはいいな』という存在そのものであり、自分はそれをそのまま口に出しただけで。
「年頃の女の子の外見を言うか?『普通に可愛い』って。普通ってなによ?!」
オリィに叱られ続けて、ちょっと悪かったと思って、実は反省している。
とはいえ人目を避け、夜の外壁沿いで一人で月を見上げていたこの男には、年頃の女の子にどういう言葉をかけたらいいかなんて経験値はないのである。
大祭前の王宮前広場では、野外劇の練習がはじまっている。
「あー今年の巫女乙女も美人だなあ……オリィちゃんも5年後にはああいう美女に……」
さっきまでぷりぷりしていたオリィがころっと少女モードでうっとりしている。
「でもオリィちゃんのチャームポイントは黒い瞳と黒い巻き毛だから、大人になったらそれはもう妖艶なお姉さんになって、魅了した美少年を弟子にして侍らせるのよね」
それは夢見すぎではない?とノスコンは思ったが、ここでまた女子に失言するとさらに手痛く擦られそうなのでぐっと黙った。
「しかしなんで大祭の野外劇は毎年『巫女乙女の輿入れ』なんだろう?」
「大祭の野外劇はそれが当然だろ」
年齢=天空都市住民歴の大人は疑問に思ったこともない。
歴史劇『巫女乙女の輿入れ』は、この世界の創世記であり、魔術師が天空都市に住むようになったあらましを語るものだ。
かつて、大地があった。大地に女神がいた。女神は大地を命で満たした。この女神の名はアキシアという。
ある時、天空が来た。天空には男神がいた。男神は星を従え流星を大地に降らせた。この男神の名はアグマートという。
流星は大地を砕き、星屑から4体の竜が生まれた。エレメントを支配するこの竜がバルスドーラの人々の信仰の柱である「四魔法王」である。
大地の命たちを守るため女神は仮面を被り男神に戦いを挑んだ。世界に死がうまれた。この姿の女神はホルアンクと呼ばれる。
その戦いの中、四魔法王より知恵をさずかった一人の巫女乙女が誕生した。この乙女が魔術師の祖である。
巫女乙女は男神に嫁ぎ、かくして世界に平和が訪れた。
だから巫女乙女の末裔である魔術師達は今も天空に住まい、大地の民は天空より来る者と天空に住まう民を恐れている。
「なんか意味わからん大昔のおとぎ話より、『革命王の結婚』とかのほうが絶対ロマンチックなのに!」
400年前、バルスドーラには革命が起こった。それまでのバルスドーラはわずかな貴族の為に市民は奴隷のように働かされていて、市民より革命運動が起こって貴族制度が廃止されたのだ。その後、革命のリーダーは身分の高い貴族の娘と結婚した。それまでは貴族と市民の結婚は禁止されていて、この2人は想い合いながらも身分差によって結ばれるはずがなかったものだった。人々は「ただひとつの恋がバルスドーラ全ての貧しい民を救った」と称え、新しい時代を言祝いだ。革命のリーダーは後に「革命王」と呼ばれ、その直系の子孫が現バルスドーラ王である。
「何度も連続ラジオドラマになるくらいには人気だけどな」
「え?何度もなってるの??オリィちゃん、昔の声優クロデス版のコミカライズしか知らんよ?連続ラジオドラマの新作待ってるのよ。今なら革命王の声優は人気のオストリア様。これしかない」
ジェネレーションギャップのダメージにノスコンは両手で顔を覆った。
<続>




