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不覚

ホルアンクの騎士も未だ見えざる湖上農園。


農民ダンツェは久しぶりの雨を天の恵みと、高台の畑から早めに帰宅した。

「水道が壊れてどうするかと思ったが、丁度いいお湿りがきたもんだ。おーい……」

声をかけても返事がない。

小屋の戸が開いたままで、バッテリーが無い。

開いたスペースにほの白く、四つ折りにされたメモが置いてある。

「……何だ?」

それを開いたダンツェのまなざしが、にわかに険しくなった。



雨雲の薄いところをくぐりぬけカーゴは自在に空を飛ぶ。

やがて視界が開け、青空とまだ沈まない太陽が魔術師達におかえりなさいを言っている。

「ウィリィ、他のカーゴ見える?」

オリィは回りを見渡しながら聞いた。ウィリィはソリッドな幌の後ろにあいた窓をのぞいて

「ううん、見えない」

シンプルに答えた。

天空都市バルスドーラは大祭前。湖上農園からの物流も多めのはずだから1台2台見えても不思議ではない。

ただ、今見えるとしたらオリィは気になった。

(頭悪い小悪党ひとり、魔術師ふたりにはどうやったって勝てない……そうだ、『ひとり』なら。バックに頭のいい仲間がいたらあるいはやばい)

こちらの後をつける仲間らしきカーゴは、とりあえず無い。

(考えすぎ……かな?)

仕入れ品の影になってバルスドーラへ密航しようとしているダン・ヴェードロを名乗る少年は、現時点では頭が悪くて嘘もつけないただのイキったズルい悪童でしかない。

「カーゴは無いけど、バルスドーラは見えてきたね。そろそろバルスドーラに帰ってくる他のカーゴも見えてくると思うよ?」

ウィリィはもうリラックスしていて、親切に窓の外をダンに指さした。空に溶けたままちらちらと陽を反射しているのは月長石と白銀の都である。

ダンはそれを食い入るように見つめている。反射光の中からやがて実体が見えてくる、逆さ傘の形に似た白い市街。王宮の塔の光の王冠を、見ている。


その目が、夢中ではなく、興奮でもなく、何かちがう光を発しているようで、どうしてもオリィの心はざわついた。しかしそんな気持ちはまるっと隠して、親切心あふれるスマイルを向けるところが彼女の食わせ物っぷりだ。

「さあさあタダ乗りさん、窓から離れて隠れなよ。一応お役所が外から見るよ。ポートに着いたら、ウィリィが積み荷をお役所で買ってもらう手続きに入るから、あんたはその隙に見つからないようにあたしと同行。万一はぐれて見つかったら責任とらないぞ。オーケー?」

「お、おう!」

少女の笑顔に少年の緊張もゆるんだようで笑顔が見えた。

(馬鹿め、そうしてあたしと同行したあんたは『なぜか』交番に直行する運命なのだ。いやあこの世に悪の栄えた試しはないのだよ)

人のいい笑顔の裏で、作戦成功を確信したオリィの心は高笑いである。


しかしこういう場合うまく物事が進まないということも無きにしも非ず。

曰く「策士、策に溺れる」。



お役所チェックを見事くぐりぬけて、オリィと小悪党は外壁沿いの道を小走りで進む。

(このまま大通りに入るとそこはジャスト交番なのだよ不良少年くん)

オリィはそのまま道を案内するはずだった。しかしダンは不意に立ち止まり

「そっちは行けない」

突然の反抗。

「え?」

「行くところが別にある」

言うともう背を向けて小路に駆け込もうとしたのでオリィは親切の仮面を脱ぎ捨てた。しっかり握っていた杖から間髪いれず、全力の無詠唱魔法をダンの足下に叩き込む。

「逃がすわけないでしょ!」


しかし爆発は起きない。

ダンが対抗して放った魔法に、エネルギーがかき消える。

(杖無し無詠唱?!)

最近出会った白い怪物の影がオリィの脳裏によみがえる。

(……なわけない!)

あんな規格違いはバルスドーラで1人で十分だ。それだけの魔法素質を持つ者が湖上農園にいるとも思えない。

(相反するエレメント!)

火と水、風と地。

4つのエレメントのうち性質が反転する性質のものがぶつかりあった時、魔法は無効化される。

(しまった!)

魔法素質に恵まれていないオリィは2発目を準備できない。

無詠唱魔法でどのエレメントを使役したかは相手には伝わっていない。偶然に打ち消しあったなら、それは25%の確率だ。


25%は決して少ない数字ではない。


「ああー!!もー!!なんてこった!!」

少年を逃がして、オリィは黒い巻き毛をもじゃもじゃとかき回した。

「ウィリィと情報を共有しておくべきだった!2人で別なエレメントの魔法で足止めしてたら、確実に、止められたんだ!」


天空都市バルスドーラで大祭前に祭をまきおこした公認チャンピオン、オリィ・ザッテ一世一代の不覚から、その事件ははじまることになったのである。


<続>

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