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月夜にふたり

月長石の都バルスドーラは夜目にもほの白い。



建材の月華石は石といっても工房で合成、精製されるものだ。昼の陽光を白く反射し、夜はほんのり蓄光をはなって月夜ほどの明るさを町にもたらす。

バルスドーラに生まれ育ったノスコンは地上の闇夜を知らない。空を仰いで四等星を探すこともしない。

人通りの無い夜の外壁沿いは、ノスコンのお気に入りだった。

外壁展望台からの一望は昼ならば地上が球であることを自然に知ることができるのだが、夜に見えないそれを目当てに来る人もない。

バルスドーラの町がただほの白い。皿状の外壁部は高く、中心部は低く、そのさらに中心に細長く空を目指す王宮の塔までがすっかり見える。


南中する満月がそんなノスコンを見つめている。

大地が丸いことを知るバルスドーラの民は、月が丸いのも同じなのだろうとなんとなく思っている。

そこである天文学者曰く「月というのは太古に滅んだ巨大生物の頭蓋骨であり、中は多分空洞である」

月はそう、丸く、白く、どこか目鼻が虚ろなしゃれこうべに見えなくもない。

不吉で、醜くて、冷たくて。

(俺に似てる)

なんとなく虚ろにノスコンは想った。

(死んだ後、俺のしゃれこうべはどこへ行くんだろう)

ひとり夜風に吹かれるまま、心がちゅうぶらりんに空中にあるようで……


「いやあいい月夜ですねえ」

「ぴゃあああああああ?!?!?」

突然の声かけにノスコンは跳び上がった。

「なによその声は。それは乙女に許される悲鳴じゃない?おっさんには違くない??」

「おっさん?!!?」

いつのまにか横に、ほの白い外壁に寄りかかる黒い影。星座を隠した黒い瞳。

「オリィ・ザッテ?!」

「よっ」

オリィは片手を上げて平然と

「ちょっと人探しで出てきただけよ」

「人探し……って」

ノスコンは長身から左右を見渡して、遠慮がちに自分を指さしたが

「自惚れんな、おっさんではない」

氷より冷たく言い渡されて憤慨した。

「おっさん言うな!」

「うら若き美少女オリィちゃんから見たら20代も30代も40代も等しくおっさんよ」

「美少女ゆうな!」

勢いよくツッコミ続けるノスコンの顔が夜目にもちょっと赤い。


それをちらっと見て

「あんたさ、家にも帰ってないとかウィリィが言っててさ。よっぽどしょぼくれてるな~オリィちゃんやりすぎちゃったかな~って思ったわけだけど、意外と元気でよかったよ。流石に己の無力さに失望して身投げしたとかだとさ、オリィちゃんも寝覚めが悪いのよね」

「誰!が!!」

ぷんすこする24歳大男の横で、オリィはポシェットから掌にちょこんとのるくらいの、薔薇色のびろうど貼りの小箱を取り出した。

「これあげるからさ、元気出しなよ」

つまんでノスコンの白い掌に乗せる。

ノスコンはこういう小箱が何か知っている。

リインナが少女の頃、夢中で集めていたものだ。桃色、金茶、紫、空色。リボン付き、巻きばら付き、イミテーションの宝石付き。小さな蓋を開ければ魔術でない魔法が心和ませる、オルゴールだ。

(最近の女の子にも流行ってるのか……)

失礼ながらオリィ・ザッテも思いのほか乙女趣味なのだなと、そんな彼女がポシェットに入れている音楽とはどんなものだろうと、心ひかれて素直に蓋をあけたとたん


≪ヒィヒーィ!ギャハハハハハハ!!グェへへへ!ぎゃははヒッヒィーー!!ギャハハハハハ!ギャハハハハハ!!ギェヘヘ!グェへへへギャハハハハハハハハ!!≫

大笑いが飛び出してノスコンは再び跳び上がった。オリィはもう逃げている。

「これから流行るよ笑い箱ー!!元気出しなノスコン・ダーク!今夜も銀河の菱座が綺麗だよ!」

振り返りもせず笑って行った。

「の……ってっめえ……!」

いつまでも大笑いする小箱を片手に、ノスコンの心は妙に浮き立っていた。祖母のシチューが恋しくなって、寒い夜中に外にいるのがひどくつまらなくなった。



大通りから一本小路に入る。

「あっ、このあたりの小路はきれいなおねーさんがいるって伝えそこねたな。だいたいこわいおにーさんが後ろについてるんだけどな。まあいいか。ノスコンが身ぐるみはがされて鼻毛全部むしられても、オリィちゃんのせいじゃないもんね」

ぽそぽそつぶやきながらのぞき込めば、ウィリィ・リネンが顔を伏せて小さくしゃがみこんでいた。

「迎えに来たよ」

ウィリィは顔を伏せたままそっと頷いて、ゆっくり立ち上がりオリィに寄り添った。


<続>

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