白い怪物の憂鬱
いと高き月長石の都、天空都市バルスドーラの物語。
書記官ダークは王宮と四魔法王の神殿をつなぐガラスの回廊から、皿のように広がる外壁のうちで、平和な都市の屋根が陽光をほの白く反射しているのを今日も見ていた。
「この平和な都市を……」
城壁の向こうは、一面の青空。
「……守る。それが書記官の仕事。なかなか骨が折れるものだよ」
肩を落とし溜息をつく。すっかり歳をとってしまった背中が痛々しい。
突然の爆発音がのどかに響く。
「あー」
「またか」
ダークは同僚をふりかえる。交わされるまなざしが「申し訳ない」「仕方ない」と語っている。
口で語るほどのことでは、ない。ないが一応報告というものはしなくてはならない。
「水の4地区の外壁が破損されました。息子さんに」
「ハイ」
この息子のせいで、ダークは歳より10は余裕で老けこんでいた。
ノスコン・ダークは天空都市バルスドーラで「随一」「桁違い」と呼ばれた魔術の素質の持ち主である。
四魔法王を崇め、その術を受け継いだこの地の魔術の民の、魔法の素質というものは生まれつきで決まってしまうという無慈悲なもので、しかも簡単な装置によって数字になって確定してしまう。理想値を100としたこの数値で、ノスコンは少年期に200オーバーを叩き出した。
加え、いかつい鼻に冷たい眼の、あまりかわいげのない少年で、髪は色素がほとんど、いやまったくないと言っても過言ではない、バルスドーラ人にはまずない色だったため、「突然変異」「歩く天変地異」「白い怪童」など、さんざんな言われようで、成人すれば2m近い長身に、手入れの行き届かない長髪は黄ばんで獣じみ、おまけに無口ときたものだから、「白い怪物」「白い幽霊」「二足歩行する天災」と噂され。
そんな彼の通り道は「穴があいてるからこっちに行ったな」「先週屋根を飛ばされたからしばらく来ないでくれ」という惨状になる。
「別に物に当たり散らす不良というわけではないんじゃよ」
長老会員マルクはその青年を弁護する。
「桁違いの魔力を制御できない。その制御法を誰も見いだせない。200オーバーというのはそれだけ次元が違う世界でな。彼はそれをわかっているから、用事のない日中に街を歩くことを避けてすらいるんじゃよ」
「なるほど、だから余計白いんだ」
弟子の少女ウィリィは「白い幽霊」の二つ名を思い出して頷いた。
「夜歩くの危ないから、持ってる服もだいたい白いのう」
「なんかいい奴みたいな気がしてきたけどボクの気のせいだよね?」
白銀の扉がガチャリと開いて。
白い巨体がそこに立っていたのでウィリィは一瞬固まった。
「……聞いとらん」
ノスコンがボソッと呟いた言葉は「俺の悪口は聞かなかったことにする」という意味だっただろうが、ばかでかい体と険しい顔付きで言うものだから、ウィリィは固まったまま動けなかった。
「ノスコン、昼に呼び立ててすまんな。新作の制御リングを作ってみたので試してほしくてな」
マルクが多分簡単ではない細工で作ったであろう指輪がずらっと1ダース並んで、ウィリィは反射的に「ヒグッ」と悲鳴をあげた。平凡なウィリィの周りでは魔力を制御するという発想自体ない。さらに小柄なウィリィにとって、ノスコンは立ってるだけで圧がすごい。
そんな限界状態なウィリィが
「じいさーーーーん!!老人会おわったーーーー?!」
まるで脳天気ないつもの顔が
「ただいま言いなさい」
「うんおかえり」
くるくるの黒い巻き毛、愛嬌のある同じ色の瞳、右頬にまた黒々と、十字星の形に並んだ4つのホクロ。
姉弟子のオリィの顔を見ただけで
「ウ……」
白い怪物が
「ウォオオオオオオオオォオオオオオオオオオオォオオオォオオ!!!!!!」
咆吼し
のどかな爆発音と共に、屋根が吹っ飛ぶとか。
見える空がどこまでも青いとか。
ウィリィが想像したわけなどなくて。
「長老マルクの家の屋根が飛びましたね」
「よく飛びましたね」
「ハイ」
書記官ダークは今日も胃が痛かった。
<続>