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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

地獄で待ってろ

作者: SHIZU

この作品は完全なるフィクションであり、実在する個人名、地名、団体名などとは一切関係ありません。

大学3年の冬、親父が死んだ。母親は何とか最後まで卒業させると頑張ってくれた。

大学を卒業した俺は警察学校に行き警察官を目指した。

ようやく警察学校を卒業し、いよいよこれから恩返しをしようと思ったとき、母親も親父のもとへ旅立った。

あれから10年。俺も今年で33歳になる。警視庁の捜査一課、強行犯に配属されて5年だ。そして彼女いない歴…5年だ。

元彼女、藤川麻衣(ふじかわまい)とは、結婚も考えていた。会計事務所で事務職として働いていた彼女と会ったのは友達の紹介だ。ようやく念願の捜査一課に異動になって、2年付き合って、そろそろ結婚もいいななんて思って指輪も用意していた。

あの日彼女に指輪を渡そうといつもよりオシャレなレストランに呼び出した。

「ここ、前に来たいって言ってただろ?」

「そうだね」

食事が済んで、いよいよ俺は指輪を彼女の前に出して言った。

「俺と結婚してほしい」

彼女は少し時間を置いて、

「ごめんなさい。あなたの事は本当に愛してるし、心から尊敬してる。念願の部署に異動する為に頑張ってたのも知ってる。でも捜査一課なんて危険な職場でしょ?毎日あなたの帰りを不安な気持ちで待つなんて私には出来ない…」

「そうか…」

「本当にごめんなさい…」

と言って彼女はレストランを飛び出していった。

刑事って仕事も困ったな…

俺が困ったと思ったのは、仕事が原因で恋愛が上手くいかないからではない。相手の言葉、表情やしぐさなんかで嘘がわかってしまうことがある。

彼女が嘘の上手い人なら良かったのにな。


次の日は非番だったが、早朝に係長から呼び出しがあった。

「浅野、今から皆川公園に来てほしい。殺しだ」

「わかりました。すぐ行きます」

これはもう結婚は諦めるしかないな。


「係長、お疲れ様です。被害者は?」

「その前に紹介したい奴がいる。おい」

「お疲れ様です!本間優斗(ほんまゆうと)、27歳です。階級は巡査部長です。よろしくお願いします!」

本間はパッと見、今時の好青年て感じの雰囲気で、髪は落ち着いた茶色、身長は170㎝前後で細身の色白、顔も美形で、女性からはとてもモテるタイプだろう。

「こっちは捜査一課の浅野守(あさのまもる)警部補だ。今日からお前らは相棒ってやつだ。仲良くやってくれ」

「え?相棒ってなんですか?俺の相棒は徳さんじゃ…」

「徳さんには別の奴と組んでもらう。本間君に来てもらったのもその為だ。彼は生活安全課なんだ。浅野も確かうちに来る前は生活安全課に居たな?あそこの係長に浅野の相棒として若くて体力のあるやつを応援にと頼んで来てもらった。3か月前、桜町(さくらまち)で起きた殺人事件も、1か月前に久鹿(くしか)で起きた殺人事件もまだ何の手がかりもあがってないからな…松浦(まつうら)一課長も相当ぴりついているから、お前らも心してかかれよ」

と言って湯川(ゆかわ)係長は被害者の元へ俺たちを案内した。

本当は警視庁の人間と、管轄の所轄の刑事が二人一組で組んで捜査をするのが一般的だ。だが人手が足りないということもあり、俺らC班は警視庁の人間だけで構成されたらしい。


鑑識作業が終わり、免許証から、被害者は30歳の保育士、野村由美(のむらゆみ)だということが分かった。

俺は野次馬や周りの景色、被害者の写真など可能な限り、仕事用に支給された携帯で撮った。

鑑識の調べによると、夜22時から24時の間に、刃物で腹を刺されたことによる失血死だとわかった。

他に特に目立った外傷はなかった。

「最近、殺人事件多くないですか?湯川係長がおっしゃっていた桜町と久鹿の殺人事件も、まだ解決のめどは立ってないって…みんなどんな恨みをかってたんでしょうか?」

と本間は聞いてきた。

「確かに多いな。でも殺人事件の動機なんてのは腐るほどある。金や女なんかの私利私欲、恨みとか復讐、あとは自分を守るための保身、大事な人を守るとか救うためってのもある。他には宗教や思想、1番手に負えないのはサイコパスやシリアルキラーとかだ。行動に移すか移さないかの違いでみんな何かしら黒いものを抱えてるってことだろ」

「うわぁ…怖いですね」

と本間は言った。少し手が震えている。

「ま、俺たちにできることは早く事件を解決して、市民を安心させること、被害者や遺族の無念を晴らすことだな。殺人事件に関わるなんて初めてで怖いかもしれないが、精一杯のことをすればいい」

「ちなみに、桜町と久鹿の事件はどんな事件ですか?」

俺は簡易的にメモをした捜査用の手帳を見て言った。

「俺は今まで別の事件を捜査していたから詳しいことは聞いてないが、桜町の事件は深夜、人気のない路地で相川未来(あいかわみく)という21歳の女子大生が絞殺されていた。同級生の男とSNSのことで揉めているところを何人かの同じ大学の生徒が目撃している。1班はその男が殺したという線で追っているらしい。久鹿は佐藤茉莉花(さとうまりか)。28歳のアパレル関係で働く女性で、朝方、ビルの屋上から転落したらしい。周辺に防犯カメラなどはなかったが、新聞配達員が頬に大きな傷のある青いジャンパーを着た男が、ビルの中に入っていったのを見たという証言があるため、2班が今その男を必死で探しているが、他に大した目撃証言もなく捜査は難航しているようだ。あと彼女は先輩からのパワハラに悩んでいたという証言もある」

「ビルの屋上から転落でしかもパワハラ被害ということは、自殺ということはないんですか?」

「可能性は無くはないが、被害者の遺体のあった場所が気になっているようだ」

「遺体のあった場所ですか?」

「簡単に言うと、自殺で飛び降りると割とビルの近くに遺体がある。落ちるという感じだな。被害者はビルから少し離れたところにいた。一般的には誰かに突き飛ばされたから、勢いよく落下し、着地した場所がビルから少し離れたところだったという見立てだろう。離れていたと言ってもそんなたいそうな距離ではないから、怖いから助走をつけて勢いよく飛び降りたとか、物凄いビル風が吹いていたとかっていう可能性もあるが、1番濃厚なのは顔に傷のある男に殺されたっていう線だろうな」

「へぇ!勉強になります」

一生懸命メモを取る本間を可愛いと思ってしまった。

だめだ。彼女作ろう。


「まず何から始めたらいいですか?」本間に聞かれた。

「係長には被害者のことを調べろと言われている。通勤ルート、よく行く場所はどこか、彼氏はいるか、仲のいい友達は誰か、仕事上のトラブルやそれ以外のトラブルはなかったか、とかだな」

「なるほど…あっ守先輩が現場で写真撮っていたのはどうしてですか?」

「おまえ…守先輩てなんだよ。大学生じゃないんだから。馴れ馴れしい呼び方するなよ」

「僕の事は優斗って呼んで下さい!」

「呼ばねーよ」

「でも元相棒の徳島さんのことは、徳さんってあだ名で呼んでたじゃないですか」

「…」

「ね?」

「優斗…って呼べるわけないだろ!早く車を出せ。」

「はい!先輩!」


うちの班はAからCの3チームに分かれており、捜査会議では全チーム集まって自分たちの成果を報告するということになっている。

1チームが非番でもあとの2チームで動いて捜査を続けるという仕組みになっていた。そうやって交代で休みを取るように係長がしてくれている。

会議の前に報告する内容をまとめようと、いつも徳さんとミーティングに使っていた居酒屋に向かったが、今日は金曜日ということもあり、混雑していた。

俺の家はここから歩いて20分位だから、コンビニかスーパーで飯を買って帰り、風呂も入って、それから捜査本部に戻ろうということになった。

ソファに2人で腰かけ俺は煙草に火をつけた。

「先輩タバコ吸うんですね」

「あーしばらく辞めてたが、最近また吸い始めたんだ。ごめん。煙草大丈夫か?」

「はい」

「じゃあ整理しよう」

「野村さんはいつもあの公園を通って仕事場に行き、帰りも同じルートで帰っていたようですね。公園は昼間は明るく、学校帰りの子供やご老人達の憩いの場になっているらしいですが、20時頃を過ぎるとほぼ人気はなくなるらしいです。野村さんも夜は薄気味悪いけど、他のルートより30分以上早く帰れるということで、仕方ないと同僚には話していたとか?」

「そうだな。あの公園周辺は、防犯カメラもない。前にも学校帰りの女子高生がストーカーに暴行される事件があったらしい。その高校生の事件もあって、来月公園の入り口2か所と、他何台か防犯カメラを付けることになっていた」

「その事件覚えてます。被害届受理したの自分だったんで。その子にちょっと前に偶然会ったんですけど、まだ怖いって言ってました。僕、それから時々あの辺を自主的にパトロールするんです。仕事帰りとかに。」

「そうか。お前が対応したのか…」

「もう少しカメラの設置が早ければ、野村さんは死なずにすんだんでしょうか?」

「わからない。それは結果論だ。カメラがあっても、犯人はどうしたって彼女を殺害したかもしれない。それだけ彼女が誰かに恨まれていたとしたらな」

「僕があの日もパトロールしていれば…」

と言って目に涙を浮かべていた。

俺は思わず、

「お前1人で市民全員を守ることはできないよ。あまり自分を責めるな。優斗」

と俺は本間の肩に手を置いて言った。

「先輩…」

と言って腰の後ろに腕をまわし俺を抱きしめた。

「おい…」

「もう少しこのままでいさせてください。先輩」

「…泣き止んだらシャワー浴びて本部に戻るぞ」

「はい」


他のチームの報告を聞いて、翌朝、目撃者探しに行く前に俺たちは車で情報を整理した。

運転席にいた本間はシートベルトをはずすと、運転席から後ろを向いて後部座席に置いていた自分のバッグから、捜査資料を取り出し話し始めた。

「Aチームの調べでは野村さんには交際相手がいたらしいですね。暴力を振るうということで別れようとしていたとか。今日は交際相手を参考人として聴取するようですね。」

「そうだな。Bチームは仲の良かった大学時代の友人から話を聞いたそうだ。彼氏とは別れて新しい恋に生きると話していた。最近知り合った男性がいるとかで、彼氏のことを相談したら親身になってくれたらしく、次第に心惹かれたと話していたそうだ」

「相手の男性も同じ気持ちだったんでしょうか」

「どうかな。その男性が彼女を殺害した可能性もある。そうなると同じ気持ちだったとは言えないよな」

「1番怪しいのは暴力を振るっていた彼氏ですが、最近知り合ったその男性が犯人ではないとも限らないということですよね」

「Bチームはその最近知り合った相手というのを探すそうだ」

「Aチームは暴力を振るっていた交際相手に聴取するんですよね」

「そうだ。俺たちは現場周辺の聞き込みに行くぞ。」

「はい」

と車を発進させようとしたので、俺は

「待て」

と言って車を止めさせた。

「刑事がシートベルトしないのはまずくないか?」

と言って運転席の本間のシートベルトに手をかけた。

「先輩…それちょっと近い。ドキドキするじゃないですか」

と本間は言った。

「なんだそれ。男相手にドキドキするなんて欲求不満か?おまえ彼女とかいないのか?」

「彼女なんていないですよ。でもずっと好きな人はいます。僕のことより先輩だって30過ぎてまだ独り身じゃないですか。彼女はいないんですか?」

「俺もいない。元カノと別れてから誰とも付き合ってない」

「まだ未練があるんですか?」

「んーそういうわけではないが、結婚しようと思って指輪まで買ってたんだがな。プロポーズしたその日にフラたよ」

「どうして振られたんですか?」

「好きだし、尊敬もしているけど、捜査一課という危険なところで働く俺の帰りを、毎日不安な思いで待つのは嫌なんだそうだ。ま、建前ではな」

「なるほど…建前ではってどういう意味ですか?」

「多分他に好きな奴でも出来たんだろうな。だからあっさり別れたよ。そっからメール1つやりとりはないな」

「そうですか」

「余計な話はこれくらいにして、現場周辺の聞き込み行くぞ」

「はい」

俺らは現場に向かった。


夜はまた、コンビニ弁当とインスタントコーヒーだった。

「先にシャワー浴びて来いよ。汗臭いだろ」

「はい」

本間が出てきた後、入れ違いに俺は風呂に入った。

俺が風呂から出ると本間は手元の何かをじっと見つめていた。

「どうした?」

「見つけちゃいました。やっぱりまだ持ってたんですね」

と言って引き出しの奥に入れていた、彼女に渡すはずだった婚約指輪を、左手の小指にはめてこっちに見せた。

「お前なにしてんだよ!」

と言って俺は駆け寄り指輪を外そうとした。

「いいじゃないですか。もう5年も前の話でしょ」

「まあ、そうだが…」

「思い出の品ってやつですか」

と言いながら指輪を外しケースに戻していた。

「もし気に入ったなら持って帰るか?」

「そんな、人にあげるはずだったものもらっても嬉しくないですよ」

「そらそうだ」

「どうせなら新しいのくださいよ」

「なんで俺がお前に?」

「先輩、僕の事好きでしょ?昨日は僕が抱きついても拒否しなかったし、昼間は僕に彼女がいるかって聞いてきた。僕になんの感情もなければそんなことは聞かないはずでしょ?」

「んな馬鹿な…」

と言う俺の唇に、本間は自分の唇を重ねた。

「僕は守先輩が好きですよ。10年前からずっとあなただけを見てきた」

と本間は言った。

「10年て…俺とお前が知り合ったのはつい最近だろ?」

「やっぱり覚えてないんですね」

「何を?」

「僕、10年前に自殺しようとしたんです。トラックにはねられようと道路に飛び込んだ。そこで間一髪若い警察官に命を救われました。僕はその人に出会ったから、もう1度その人に会いたかったから警察官になったんです。それ誰だと思います?」

思い出した。当時俺は交番勤務で、パトロール中に制服を着た男子高校生が、トラックが来るのを見計らって飛び込もうとしているのに気付いて、腕を引っ張り助けたことがあった。

それから何度か俺のいる交番に話をしに来ていたが、しばらくするとぱったりと姿を見せなくなった。

「俺だな。思い出したよ。あの時どうしてあんなことしようとしたんだ?」

「さあ、覚えてないんですよ。たぶん死んでも死ななくてもどっちでも良かったんです。運試しみたいな。でも僕は運がよかった。あなたに会えたから。だから今は死ななくて良かったと思っています」

当時こいつに何があったかわからないが、俺が助けたことで、こいつが生きる希望を見い出せたのなら良かったと心から思った。俺は無意識に本間を抱きしめていた。

俺たちは朝まで話した。


1週間後の捜査会議で意外な事実が見つかった。俺たちの事件ではなく、相川未来という女子大生が絞殺された事件で少し進展があった。佐藤茉莉花が亡くなった時にビルに入っていったという、青いジャンパーを着た顔に大きな傷のある男が、現場付近で目撃されたという証言が出たというのだ。

「この2つの事件はつながっている!両方の事件について情報を共有するべく、本日の捜査会議は1班から3班まで合同で行うこととする!3班の事件ではまだ同じ男が目撃されたわけではないが、同じ管轄で起きた事件だ。その男が関わっている可能性も考えて捜査を行ってくれ」と松浦一課長が言った。

こうして同じ管轄で起きた3つの事件について、概要と進捗状況が説明された。

「なんか大変なことになってきましたね」

と優斗が言った。

「そうだな。前2つの事件が繋がっている可能性があるなんてな」

「これで一気に捜査は進展しますかね?」

「どうかな。被害者の共通点なども、洗い直しになるしな。俺たちの事件でも青いジャンパーの男が目撃されていないかもう1度聞き込みに行こう」

「そうですね」


最近、いくつかの違和感を感じている。そのうちの1つを優斗に話した。

「今日の聞き込みでは青いジャンパーの男の関与はつかめませんでしたね。僕たちが追ってる事件にも本当に青いジャンパーの男は関わっているんでしょうか?」

「わからないが、なんか違和感があるんだ」

「違和感?」

「なんで青いジャンパーなんて着ていたんだ。夜なら黒やグレーの方が目立たないだろ。それに顔の傷、そんなに目立つ傷なら、マスクでもなんでもつけて、普通は隠そうとする。」

「確かに」

「自分をアピールというわけではないが、なんか存在を知らされてる気がするというか」

「先輩…すごいですね」

「そんなことねぇよ。ただ引っかかっただけだ」


3日後、聞き込みを続けた俺たちは、青いジャンパーを着た顔に傷のある男が、野村さんの死亡推定時刻の少し前に公園の入り口付近にいたのを、仕事帰りに通ったサラリーマンが見たという証言を得た。ただそのサラリーマンは酒に酔っていたため、証言の信憑性はあるかということだった。

とりあえず他にも目撃者がいないかと俺たちは聞き込みをしたが、他に証言は得られなかった。


聞き込みの途中、テイクアウトでコーヒーを注文し、カフェを出る時、ふと周りの席に目をやると意外な人物が俺の目に入った。

「麻衣?」

思わず声をかけてしまった。

「守?」

5年ぶりに彼女に会って驚いた。

「久しぶりだな」

「本当に。元気してた?」

「元気だよ。お前は?」

「…うん。元気だよ。そちらの方は?」

「一緒に捜査をしている本間刑事だ」

「本間です。宜しくお願いします」

と優斗が言うと、麻衣も立ち上がって

「浅野さんの…友達の藤川です。」

と名乗った。友達って。というか好きな男ができて俺と別れて、5年も経つのにまだ藤川なんだな、と俺は思った。

「僕、外に先に出てますね。ごゆっくり」

と優斗は言って軽く会釈をし、カフェを出て行った。

「今捜査中で、あまり時間が無いんだ。電話番号前のままか?俺も変わってないから、いつでも連絡してくれ」

と言って優斗の後を追った。

先に車に乗り込んでいた優斗はあきらかに不機嫌だった。

「藤川麻衣さん?ってすごく綺麗なひとですね。先輩の…指輪の人でしょ?」

「えっ。ああ。でもだいぶ前に別れたんだ」

「でも指輪、先輩まだ持ってた」

「妬いてんのか?」

「そんなんじゃないですよ…」

かわいいな、と俺は思った。優斗の頭を撫でて俺は言った。

「とりあえず戻ろう」


本部に戻ると買ってきたコーヒーをみんなで飲みながら会議をした。

「酔っ払いのサラリーマンの証言なんて、あてになるんでしょうか」

「でも青ジャンパーが関わっている可能性は出てきたな」

とみんなで話していると優斗が

「そういえば新しい恋の相手というのは何か情報ありました?」

と聞いた。すると徳さんが

「我々がご両親にお話を伺いに行った時、話をしてみたんだが新しい恋の相手のことは聞いてないそうだ」

「大学時代の友人もそういう人がいるということだけで、どこのどんな人かまでは、その時は聞かなかったと言ってました」

「そうですか。なんか手詰まりな感じがしますね。この後どう動きますか?」

「そうだなとりあえず今日はもう遅いからみんな帰って、明日は被害者の共通点を徹底的に洗おう。青いジャンパーの男が現場にいたとなると被害者にも絶対共通点があるはずだと思う」

「そうですね。そこから先に調べましょう」


家に戻った俺たちはソファに腰掛けた。

「先輩。何考えてるんですか?」

「青いジャンパーの男と被害者の関係だよ」

「うそ。さっき会った麻衣さんのこと考えてたでしょ?」

「ちがうよ。本当にジャンパーの男を…」と言いかけた時、スマホが鳴った。麻衣からだ。

「ちょっとごめん。出るわ」

と俺はベランダに出て通話をした。

本当は麻衣のことを考えていた。今日は暑い1日だった。俺もずっと上着を脱いでいた。麻衣は暑がりだったのに、あの暑い中長袖のカーディガンを着ていた。お店の中は冷房が効いてるからかと思ったが、カーディガンの袖から少しアザが見えた。今の彼氏からDVを受けているのでは無いかと思った。だから出る間際に連絡をくれと言ったんだ。

「どうかしたのか?」

「あのね。私あなたと別れて後悔したの」

意外な言葉だった。少し近況報告がてら世間話をして、彼女は本題に入った。

「あなたを傷つけないように言い訳したけど、本当は好きな人ができたから別れたの。」

「…知ってたよ」

「さすが有能な捜査官は違うわね」

と笑った。

「彼ね、IT関係の仕事してて、最近業績が思わしくないらしいの。次第に家に帰ってこなくなって、帰ってきたら暴力を振るうようになったの。何度も逃げたけど見つかっちゃう。これ以上どうしたらいいか悩んでいた時に、今日あなたの顔見て、もう相談できるのあなたしかいと思って」

「そうか、こっちでも動いてみるから、彼の写真とか名前なんかをメールしといてくれる?」

「わかった。ありがとう」

「また連絡する」

と電話を切った。30分くらい話していたようだ。

部屋に戻ると優斗はシャワーを浴びたあとソファで寝ていた。疲れたのか。寝かせといてやろう。明日麻衣のことを話したら相談に乗ってくれるだろうか。

とりあえず事件のことをまとめよう。

俺は煙草に火をつけて、改めて捜査会議で得た情報を手帳に書き出した。

アイカワミク  21歳 大学生  SNSでのトラブル

サトウマリカ 28歳 アパレル 上司からのパワハラ

ノムラユミ 30歳 保育士  彼氏からのDV

"青いジャンパーの男、顔に大きな傷"

「何が何だかわからないな」

と呟いた途端、優斗が後ろから俺に抱きついた。

「起こしたか?ごめん」

「ずっと起きてましたよ。…麻衣さん、何の用だったんですか?」

と言いながら俺の煙草を奪って、自分の口に持って行った。

「俺の後に付き合った彼氏からの暴力に悩んでいるらしい。もし…お前さえ嫌じゃ無かったら相談に乗ってやってくれないか?って言うのはさすがに虫が良すぎると思って、明日俺がもう一度連絡しようと思ってた」

すると優斗は

「僕、警察官ですよ。そんな自分の感情だけで助ける相手選んだりしませんよ。僕が行きます。でもそのかわりお願いがあります…」

「なんだ?」

「今日は特別な夜にしてください」

「わかった」

俺は優斗を寝室に連れて行った。

もう俺はこいつから離れられないと悟った。


翌日、優斗は麻衣に連絡を取った。

後日、話をすることになり、その日は別行動だった。俺は青いジャンパーの男と被害者達の関係をずっと考えていた。

みんなそれぞれトラブルを抱えていた。となると共通の誰かに相談したかもしれない。青いジャンパーの男の話を聞いていたり、もしくはそいつが青いジャンパーの男本人ということはないだろうか。相談相手とすればカウンセラーや警察官、占い師って可能性もなくは無いか。考えながら笑ってしまった。

「そういや麻衣も占いとか好きだったな」

よく朝のニュースの星座占いをみて、一喜一憂していた。

麻衣と優斗はどうしているだろうか。


優斗は話の内容をあまり人に聞かれたくないという麻衣の願いを聞き、マンションで話を聞くことにした。

「先日はどうも。改めまして、本間優斗です」

と優斗は名乗った。

「あ、今日はありがとうございます。藤川麻衣です。守が来てくれるかと思ったけど、あなたから連絡が来たから良かったです」

と言いながら冷たい麦茶を出してくれた。

「どうしてですか?初対面の僕より、先輩の方が話しやすいのでは?」

「聞いてないですか?彼とは色々あったので、気まずいかなと思ってたんです」

「そうですか。じゃあ僕で良かったかもしれませんね。今回のご相談のことは大体先輩から聞きました。恋人からの暴力にお悩みだそうですね」

「そうなんです。一緒に暮らしているんですが、会社の業績が悪くなってきた時期からあまり家に帰ってこなくなって…。最初は会社が大変な時だから仕方ないと思っていたんですが、どうも変な方々とのお付き合いもあるみたいで、気性も荒くなって、たまに帰ってきたかと思うと、その…」

と麻衣は言いづらそうにしていたので、優斗は聞いた。

「暴力ですか?」

「えぇ。普通に殴られたりもするんですが…」

とまた麻衣は口ごもった。

優斗は性的な暴力もあったのだと確信した。

「少し腕の痣などを見せていただいてもよろしいですか?」

「はい」

と言ってカーディガンを腕まくりした。

「他に痣のある場所は?」

「肩と胸元とお腹、あと太ももです」

「そうですか。それはさすがに今お見せいただくわけにはいかないので、とりあえず聴取の記録として残しておきますね。もし、正式に被害届を出すということになれば、こちらへ来ていただいて、女性警察官立ち会いで聴取ということもありますので、その時はご協力よろしくお願いします」

と言って、優斗が立ちあがろうとすると麻衣は

「あ、ノースリーブのワンピースなのでカーディガンを脱げば肩の痣は見られると思います」

と言った。

「では…麻衣さんさえよろしければ、今そちらも見せていただけますか?」

というと麻衣はカーディガンを脱いで背中側を優斗に向けた。

多分掴まれたときか、床に押さえつけられたときに出来たものであろう痣が肩についていた。

「すみません」

と言い優斗は麻衣の痣に触れながら

「まだ痛みますか?とてもお辛かったですね。これからは僕がお守りしますよ。あ、僕がというか警察がって意味です。すみません」

と言った。

「はい、ありがとうございます」

と麻衣は笑った。

麻衣はカフェで会った時から、優斗に好意を持っていた。


その夜、また俺の家で捜査状況について話し合うことになった。

着替えを取りに帰ってから行くと優斗は言った。

その間俺は家で、夕食を作っていた。

2時間ぐらいして優斗が家にやってきたので、

「今日、麻衣は大丈夫だったか?」

と俺は聞いた。

「…ええ」

と寝室の扉の手前に荷物を置きながら優斗は言った。そして続けて、

「とても辛そうでした。少し身体を見せてもらいましたが、相当強く掴まれたり、押さえつけられたりしていたようで、だいぶ濃い痣が残っていました。ただの暴力だけでなく、性的な暴力や強要もあったようです。話しながらもずっと泣いていましたよ」

と言った。

「そうか、お前に対応してもらえてよかったよ」

と言って俺はソファの前のテーブルに食事を置いて言った。

「美味しそうですね!食べていいですか?お腹すいちゃって。いただきます。」と言って

俺達はチャーハンを食べ始めた。

「優斗、口のとこ付いてる」

米粒かと思ったが違っていた。優斗はティッシュでゴミをつまんでいた俺の指を拭き、ゴミ箱に捨てて

「あーごめんなさい。先に顔洗ってというか、シャワー浴びてきます」と言ってバスルームへ行った。


1週間後、麻衣は遺体で発見された。死後1週間が経っているということだった。発見したのは交際相手の高木だった。

1週間ぶりに家に帰ると麻衣が亡くなっていたそうだ。

麻衣は首を吊って死んでいた。抵抗した様子もないことから、自殺だということになった。ただ体中痣や殴られた跡がたくさんあった。


その日の夜、優斗が言った。

「また、救えなかった。野村さんの時もあの日僕がパトロールしていれば、救えたかもしれない」

「そのことはお前とは関係ないと言ったろ?」

「麻衣さんだって、亡くなった日に僕は会ってたんですよ。辛そうなのも見ていたし、苦しんでいたのも知っていたのに…僕がもっと有能な捜査官なら…先輩が僕を救ってくれたように、僕にも麻衣さんを救えたかもしれない。自殺なんてさせずに済んだんだ」

優斗は泣き続けた。

「気にするな。人の気持ちなんて誰にもわからないさ。突然死を思い立つこともある」

「先輩…」

優斗は朝まで暗い顔をしていた。


何の進展もないまま、1ヶ月が過ぎた。

他にも毎日色々な事件を抱えている俺たちは、だいぶ疲れ切っていた。その頃、優斗は俺の家でほぼ同棲のような生活を送っていた。


ある夜、俺はどうしても寝付けなくて夜中にリビングでソファに座り、麻衣に渡すはずだった指輪をながめ考えていた。

麻衣は俺と別れてからずっと暴力に耐えていたんだろうか。

もっと早く俺に助けを求めれば良かったのに。

そういえば、最初に優斗がこの指輪を見つけた時、もう5年も前の話だと言っていたな。なぜ俺と麻衣が5年前に別れたことを知っていたんだろうか。

ずっと前とは言ったが5年前と行った覚えはなかった。

麻衣が亡くなった日、あいつの顔には何か変なゴムみたいなかけらがついていた。ゾンビの特殊メイクに使うような…と考えてハッとした。

青いジャンパーの男の顔の傷はもしかして…

と最悪の状況を想像していたとき、後ろで声がした。

「先輩…」

振り返ると優斗が立っていた。

「またそんなもの引っ張り出して、いつになったら彼女のこと忘れるんですか?あの人は死んだのに。いつになったら僕だけを見てくれるんですか?」

「ただ整理しようとしていただけだ」

「嘘だ。好きな人ができたからって2年も付き合ったあなたを捨てて、少し顔が良くてお金があるってだけが取り柄のIT企業の社長に乗り換えるような女なのに…そっちが都合悪くなったらまたあなたに乗り換えようとするような女なのに。あなたは別れてからもずっとこうして指輪を持ってるじゃないですか」

「そんなことはない。本気で悩んでたから相談したかったんだろ。当時は俺にも悪いところがあったんだよ」

「違いますよ。あの人、先輩に電話してきたとき、なんか言ってませんでした?後悔してるとか、やり直したいとか。」

「…」

「カフェであの人と目があったとき、凄く嫌な予感がしました。あの人は先輩のことをまだ思ってる。そして先輩はまたあの人を選ぶんじゃないかって。だから先輩にあの人のところへは行ってほしくなくて、僕が行くことにしたんです。」

「…ああ」

「でも違った。あの人は先輩じゃなくて、僕が来て良かったと言った。そして帰り際僕に…」

「どうした?何があった?」

「…僕のことを好きになったと言った。ちょっと話をしただけなのに、でも初めてカフェで会った時から気になっていたと言ったんだ」

「それで?」

「僕が拒絶したら、あの人はきっと今度は先輩のところへ行くと思った。だから…」

「だから?」

「だから夜また会う約束をした」

「うん」

「先輩には着替えを取りに家に帰ると言ったけど、本当はあの人の所へ行ったんです。家に着くと彼女は傷だらけでした。一度戻ってきた高木が、昼間僕の姿を見ていたらしく、男が出来たと思い込みいつも以上に暴力を振るったそうです」

「それであんなに体中傷があったんだな。それから?」

「彼女は相当落ち込んでいましたが、僕の顔を見てせまってきたんです。だからこう言いました。僕もあなたの事が好きだけど僕は幸せになっちゃいけない人間で、ある人は僕のせいで死んだから、僕も死んで償わないといけない。だからあなたと一緒に居たいけど、一緒にはいられないって。そしたらあの人、でも昼間僕が守るって言ってくれたでしょ?ずっと一緒にいてくれるでしょ?って言ったんです。だから僕は泣きながら言いました。一緒に居られる方法は一つだけです。天国で結ばれるしかないですって。そしたらあの人一緒に死のうと言ってきたんですよ」

「…まさか」

「そうです。だから僕はその提案を受け入れた。というより受け入れるふりをした。僕はあなたを見届けてから後を追うからと言って…本当に首を吊るとは思わなかったですけど、もし怖気づいたら僕が殺す気でした」

「おまえ…」

「それから部屋を出て先輩のところに向かいました」

「麻衣の部屋を出るとき、お前、特殊メイクで顔に傷をつけて、青いジャンパーを着て外に出たか?」

「え…?」

「あの日、顔についていたのは、米粒でも何でもない。特殊メイクでつけた傷の取り残しだった。そうだろ?」

「気付いてたんですか?」

「どうしてそんなことをした?」

「昼間、あの人の家に行ったのは仕事です。それはみんなも知ってる。でも夜は違う。だから万が一誰かに見られたり、他殺の疑いが出た時に、青いジャンパーの男の目撃証言が出れば、犯人はそいつだと思ってもらえるでしょ?」

「捕まりたくなかったのか?」

「そうだけど違います。あなたに捕まえてもらえるなら喜んで捕まります。他の人じゃ嫌です」

「ということはやっぱり、青いジャンパーの男が関わった三件の事件もお前がやったんだな」

「そうです。被害者の苗字の頭文字、足すと”あさの”になってたでしょ?気付きました?」

「ああ。カタカナでノートに書き込んだ時気付いたが、偶然かと思った。どうしてこんなこと」

「だってあなたは全く僕に気付いてくれなかった。高校卒業して警察官になれば会えると思った。警察学校を出てから、交番勤務を経てようやくあなたのいる生活安全課に異動が認められたのに、逃げるように捜査一課にいってしまった。でもその頃、麻衣さんと別れたのは嬉しかったー。あとはもう事件を起こしてあなたに見つけてもらうしかないと思った。一人殺しても二人殺しても、あなたは他の事件ばかり追っていて僕の事には気付きもしない。やっと三人目であなたは事件の捜査に加わった。さらに嬉しかったのは捜査一課に応援に呼ばれて、一緒に捜査が出来たことです」

「俺に気付いてほしいから人を殺したのか?罪もない人を?」

「そうですよ。言ったじゃないですか。僕はずっとあなたを見てきた。あなただけを愛してきた。そして僕の気持ちを知って、あなたもそれに応えてくれた。愛してくれたでしょ?でもずっと不安だった。僕の気持ちを知ったから、同情とかただ流されただけで僕をそばに置いてるんじゃないかって。いつか僕の元からいなくなるって。そして1番恐れていたことが起きた。麻衣さんと再会したことです。だからあなたを取られる前に殺す予定でした。自ら死んでくれましたけど」

「…」

優斗が語る一連の事件の真相を聞いて、俺は驚きで言葉が出なかった。だが一番驚いたのは、その時沸いた自分の感情だった。昔の俺なら軽蔑し、怒りをぶつけて殴るなりしたかもしれない。でも今俺の心の中は…

「さ、どうします?僕を捕まえて署に連れていきます?それともナイフでも拳銃でも使って僕を殺すってのもありですよ。捕まえようとしたら抵抗されたとか言って撃っちゃえば?死んで償えというなら喜んでここで自分の胸を刺します。どんな結末を選んでも、僕は一生あなたの心に居続けられるでしょ?」

今まで淡々と話していた優斗の眼から涙が落ちた。

「おれは…」

「さあ好きな結末を選んでくだ…」

俺は優斗の腕を引っ張り、ベッドに押し倒して、いつも以上に激しく抱いた。

優斗は驚いていたが、これが最後だと思ったのだろう。

「本当に僕は運がよかった。こんな日がくるなんて」

と言った。


俺は煙草に火をつけながら言った。

「俺はお前を警察に連れてもいかないし、殺すつもりもない。それに死ねと言うつもりもないよ」

「黙ってるってことですか?」

「ああ」

「あなたにそんなこと出来るわけないですよ。刑事でしょ?」

「お前も刑事のくせに人を三人も殺しただろ?」

「そうですけど」

「これでお前も不安に思わなくていいだろ。俺たちは共犯だ」

「…」

「あのときお前が自殺するのを止めていなければ、こんなに人が死ぬこともなかったんだな」

「そうですね。僕を助けたこと後悔してますか?」

「いや、俺はあの時できることを、しなければいけないことをしたんだ。後悔はしてないよ」

「そうですか」

「明日は非番だな。どっか行くか?」

「ゆっくり夕飯を食べましょ!」


翌日二人でイタリアンを食べに行った。家に帰る前に煙草を買いたいからと向かいのコンビニに俺は向かった。タバコとついでに酒とつまみも買って出てくると、向かいの歩道に優斗が居ない。信号を渡り、辺りを探し回ると細い路地に2つの人影が見えた。

「おい!」

と声をかけると、立っていた男がこっちに気付き、奇声を発しながら走って逃げて行った。

右手には刃渡り15㎝くらいのナイフ。そのナイフと男の体には血液と見られるものがべっとりとついているように見えた。もう一人横たわる人影が見える。急いで近寄り俺は発狂した。

「優斗!優斗!」

「先輩。刺されちゃいました。高木につけられてて。あいつ普通じゃなかった。とりあえず、応援を…呼んでください。あいつ捕まえないと、なにするか…」

「もういい!喋るな!」

と言って本部に電話し、高木が優斗を刺して逃げていること、おそらく変なものに手を出して正気を失っていることを伝えた。

「本部が応援に来てくれる。救急車も手配するって。もう少し我慢してくれ!」

「いいんです。このまま死んだって。だって僕は人殺しですよ…どうせろくな死に方しないと思ってましたから…助かりたいとも思ってません。それに今すごく幸せなんです。あな…たの、好きな人の腕に抱…か…れて死ねるなんて…僕、やっぱり運がいいでしょ?」

優斗は微笑みながら言った。

「優斗!ダメだ。逝くな!優斗!」

「せん…ぱい。だいすきです…」

と言って優斗は俺の腕の中で息を引き取った。救急車のサイレンの音がだんだんと近づいてくる。

「優斗。俺がもっと早くお前を見つけていればこんなことにならなかったよな。ごめんな。これからはもうずっと一緒にいるから…先に向こうで…地獄で待ってろ」


高木はすぐ逮捕され、取り調べは徳さん達が担当した。取り調べによると麻衣が亡くなった日、DVの被害状況を聞きに来ていた優斗を見て、新しい男が出来たと思い込み、ずっと優斗を探して殺そうとしていたらしい。付き合いのあった半グレ集団から入手した、違法な薬物を過剰に摂取し犯行に及んだそうだ。

徳さんからその話を電話で聞いた。さあどうやって幕を下ろそうか。おれは遺書を書いた。


俺は、藤川麻衣と5年前まで交際していた。

彼女から最初にDV被害の相談を受けたのは俺だった。

でも俺が行くと後々問題になると困ると思い、本間優斗に行ってもらった。

俺がそんなことを頼まなければあいつは死ななかっただろう。

俺と本間優斗は愛し合っていた。

俺のせいで優斗は死んだ…。

あいつのいない世界で生きていくことが俺には耐えられない。

だから優斗の元に行こうと思う。


と書いた遺書をテーブルに置き、家にあった包丁で自分の腹を数回刺した。あいつと同じ死に方が良かった。薄れゆく意識の中で、優斗の笑顔が見えた。お前は今、地獄のどこにいる?地獄は広いらしいから、またお前を見つけるのに時間がかかるかもな。待っていてくれるか?


優斗と俺の葬儀は同時に行われた。2人とも家族は居ないから、3班のみんなが送り出してくれた。

「徳さん、本間と浅野は付き合っていたんですね。俺、全然気付きませんでした」

と徳さんの相棒の若井刑事が言った。

「俺も浅野の遺書を見るまで知らなかったよ。仲がいいとは思っていたがな」

「でも死ぬなんて、悲しすぎます」

「自分のせいで愛する人が亡くなったと思った。しかもそばに居たのに助けられなかった。死にたくなるのも解らなくはないがな。それだけ本気で愛したんだろ」

「二人、天国で幸せになって欲しいですね」

「そうだな」

と2人は空を見上げた。

朝から降っていた雨が上がり、空には虹がかかっていた。

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