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深い海の底にあるカボチャ  作者: 三日目のチーズケーキ
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浮かび上がるもの



さやかはあの男と二回目の食事をしていた。


最初に会ってからは、もう三週間が経っていた。


仕事終わりにニ人はこの前と同じレストランに集まり、偶然にも同じ席に着いていた。


さやかの服装はいつもながらのカジュアルなものだった。


男の服装、髪型もこの前とさほど変わりなかった。


出会ってからすぐ、二人の会話にはぎこちなさのカケラもなく、三週間前に会った時のままの延長線上みたいに、はじめからスムーズだった。


メッセージのやり取りはその間、何度かしていたが淡白なやり取りだった。

そして、男はあきなの婚約破棄を知っていた。悪い話の伝達は、いい話の伝達の数倍も速いのだ。


男は「酷い話があるものですね」と自分の事のように同情した。


自分と比べる訳にはいかないが、その喪失感を理解できると言った。


その時、男の瞳の奥には、元カノの姿があるんだろうなとさやかは思った。


それから以前と同様、二人は深い話をした。


取り調べで自供をするように、どんどん言葉を吐いていった。

結婚観についても話をした。男と女の違いや、今付き合うなら結婚を意識した相手しか選べない事なども話した。

そして、彼女が歳を取る事が怖い事を口にした。女の若さは失われていく資産ではないかと。


鏡を見て、顔の点検をしていた事も話した。


何かに縛られ、精神がおかしくなったのでは?と思う時があると、若さを失う恐怖をあれこれと男に具体的に話した。

そして、あまり暗い話で終わらないように、一方、男性はいいよねと、なるべく最後はおどけた風に話を終えた。



男は前回と同様にさやかの話を黙って聞いていた。

しっかりと彼女の目を見ながら、聞いていた。


「わかりますよ。年齢について、男女とでは多少受け取り方は違うと思います」と男は口にし、話をはじめた。

「確かに、男は若い女性が好きな傾向にあります。仕事仲間と話をしていても、若い女性がいいと言う人もいます。それは生物学に仕方のない面もあるのです。人間はそういう風に出来ているのです。勿論、違う例も沢山ありますが、概ね、否定を僕はしません。この前、僕がさやかさんに会うと決めた理由を話ましたよね?綺麗だと思ったからと。さやかさんからすれば、僕はあなたの資産に惹かれて、会いに来たという事ですよね。そして、さやかさんは歳をとって、若さを失って、美も失い、若さや美にすがっていた自分を失う事が怖いんですよね?」


さやかは正直に、小さく頷いた。


「僕はさやかさんに会う前、あきなさんから年齢を聞いていました。そして、年齢を意識したか?と聞かれたら、多少はしていました。わかっています。そう言ってしまうのは正直過ぎると。だけど、考えるのです。綺麗事に聞こえるかもしれませんが、若さは美しいですが、美しさは若さだけではないと思います。若さは失われていく資産かもしれませんが、美は失われていく資産ではありません。美しさは年齢関係なしに、増やせていけます。それに僕はあきなさんから……気を悪くしないでください。さやかさんの事を色々聞いていました。さやかさんは自分で選びにいく人だと。選ばれるより、選びにいく人だと」


さやかはあきながそんな事を男に言っていたとは知らなかった。


「まぁ、それで、失敗もしているけどね」とさやかは言った。


「失敗したとしても、能動的になって、何度でも自分で選び、掴みにいく、その姿勢はこの世で生きる為にとても重要な事です。だけど、僕も元彼女には選ばれなかった。」と男は笑い「そう、さやかさんのその考え方、僕はそれが決めてで、さやかさんに会いたいと思ったのです。嘘だと思うかもしれません。美人じゃなかったら、会わなかった訳ではありません」と言って、男はしばらく口をつぐんだ。

「この前、会った時、別れた彼女の話を覚えていますか?」と男は聞いた。



さやかは「もちろん、覚えていますよ」と言った。



「あきなさんからの話を聞いた時、元彼女の性格がさやかさんの性格とかなり似ていると思ったのです。性格が似ている人と会えば、理由なき別れの原因が少しでも分かるのではないか?と思っていました。馬鹿げた話ですが。実際、会って話してみても、彼女とさやかさんはとても似ていると思いました。最初から思いの丈を口にする所とか、すぐ会う約束をするとかおまけに所作も似ています。だけど、まぁ当然ですが、大きく違う点もありました。彼女は自分にとても自信があって、現状に満足している人でした」



後ろのテーブルの方から、大きな笑い声が聞こえ、男は視線を一度その方向に向けてから、また戻し、話を続けた。


「一方、さやかさんのその考え、スタンスだと、結局、他者依存ではないのか?と聞いていて思いました。他者からの目線が怖いのです。それだと、選ばれているんだと思いますよ。自分から選びにいっているのではなくて」と男は真剣な表情で彼女の目を見て言った。


「さやかさんは歳をとるのが怖いと言いますが、先程、僕は男女で受け取り方が違うと言いましたが、怖いのは僕も同じです。もうじき三十です。本当にここまで、あっという間でした。結婚観においても、男性と女性は違うと言っていましたが、それはそうかもしれません。全く一緒ではないのです。けど、その一つの価値観が世の全てではないんです。ある種の大きな総意だと感じるかもしれません。それに自分を押し込めてしまうのは、あまりに勿体ない事です。勿論、価値観からはみ出したら、辛く感じる事もあります。だけど、無理してそれらに従い、考え、行動して生きていくと、心が弱っていきます。心は簡単に弱るのです」男は一度言葉を止めて、コップを取り、水を一口飲んだ。

「全部、意味のない慰めなのかもしれません、僕みたいな、二回しか会った事がない、よく知らない男から妙な事を言われ、なんだ、コイツと思っているかもしれません。現代を生きている人間の人生は長いんです。若い内なんて、最初のちょっとだけです。これから若さは失っていくけど、新しい何かを沢山得ていけば、いいんだと思います。たくさん、たくさん幸せを得るのです。等価交換以上に得るのです。たまに恐怖がさやかさんの足を掴み、離さないかもしれません。だけど、避けられないものを、避けようとする事は無駄なんです。他者、世間からの視線は関係なく、幸せは自分で決めるものなんです。前を向き、失っていく何かと引き換えに新しい何かを掴んでいくのです。そうやって人生を楽しみ、生きていれば、あなたの美しさは失われません。失うはずがないのです」


男は一呼吸を置くと「すみません、話が散漫になってしまって」と言った。



さやかは「大丈夫ですよ。何かが伝わった気がします」と言った。


男は「なら、良かったです。ところで、デザートを何か食べませんか?」と言った。さやかはそうしようとその提案に乗った。そして、彼女はメニュー表を見て、季節限定のカボチャのケーキを頼んだ。



「カボチャ、好きなんですか?」と男は聞いた。


「えぇ、昔は苦手でしたが、今は割と好きですし、この時間帯ですから、罪悪感を少し逃れようと思って」と言って少し笑った。


「その気持ちわかりますよ、カボチャは栄養がありますからね」と男は言って、男もカボチャのケーキを頼んだ。



そして、数分足らずで届いたカボチャのケーキを二人は黙って食べ始めた。フォークでカボチャのケーキを切って、丁寧に口に運んでいった。


男は食べながらこう言った。


「この前会った時、食べ物の好き嫌い話をしましたよね?僕ね、実はカボチャが一番苦手なんです。なんでかこの前、それを話すのを忘れていました。だけど、このケーキ、とても美味しいです」



二人は黙って、カボチャのケーキを食べた。ゆっくりと味わい、真っ暗な胃の中へと入れていった。



さやかは男と別れ、一人で部屋に戻った。

そして、今日の話、言葉をもう一度、頭の中で繰り返してみた。



何度か繰り返していくうちに、どうしてだろうか、彼女は自分の内側で沈んでいた感情が少しずつ、浮かび上がってくるのを感じた。



「若さは失われていく資産ですが、美は失われていく資産ではありません。」



男のその言葉がさやかの頭の中の何かを解き放った気がした。


さやかは考える事を止め、ひと段落すると、お風呂に入って、パジャマに着替え、ベッドに潜り込んだ。


彼女は今夜、なかなか寝付けなかった。月明かりが部屋の中を微かに照らしていた。



見慣れた天井が視線の先にあった。



見慣れた天井……。



さやかは何か新しいものが見てみたい、新しい何かを感じたい、そう思いながら、目を閉じ、そっと眠りについた。





彼女は夢を見ていた。



彼女は水面の輝きを目指して、浮上していた。



彼女の右足首にはまだ足枷が付いていたが、その先は何にも繋がれてはいなかった。



彼女は必死で水をかき、太陽の光を受け、煌めく水面を目指した。



手と足を精一杯、動かし、上へ上へと目指した。



何が彼女を浮上させたのかは、彼女にも明確にはわからない。深い海の底にあったカボチャも何だったのかも分からない。



彼女はあまり深く考える事をせずに、ただひたすら水をかき、上へと目指していった。


今はとにかく、太陽の光を浴びたかったのだ。



そして、煌めく水面がすぐそこに見えた。



あと少し、それが分かるとラストスパートをかけ、さらに手足を精一杯動かした。



それから数十秒後、彼女は何かが生まれる瞬間かのように、勢いよく水面に顔をだし、口で大きく息を吐いて、吸った。



激しく脈打つ鼓動と小さく震える筋肉。



呼吸が乱れる中、太陽が彼女の顔を照らし、水面の輝きが彼女を光らせた。



そして、揺らめき、顔に当たる水の音、高く空を飛ぶ鳥の声が彼女の鼓膜を震わせた。



彼女は眩しい視界に目を細めていた。



しばらくして、ようやく目が慣れると、前に広がる、新しい景色をじっと眺め始めた。



そこにはどこまでも広がる水平線があるだけだった。




 

続きます。

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