新しい住人
あれから1年が経過した。
2人の修行も順調に進んだ。
普段から意識して訓練していたお陰かベリアはだいぶ気配を消す事が上達した。
不意を突かれると全く近付かれてることに気付かない程だ。
この間、日課の水汲みをしている最中に後ろから声をかけられて盛大に水をぶちまけた。
レイもまだ少し時間がかかるが任意の一部だけの変化が可能になっている。
今までは変化のスピードを上げる事と部位のみの変化の習得を優先して行ってきた。
それもだいぶ形になってきたので変化出来る種類を増やす修行もやりたい。だがある問題がある。
それは素材が無いのだ。
一定数消化しないといけないがその素材が入手できないでいる。
その為現在変化可能な物は鉄と石だけである。
初めは石に変化させる事で訓練していた。これは割とそこら辺に転がってるので容易に集める事ができた。
だが鉄の入手は大変だった。
ここの生活圏内に鉄が存在しないのだ。
保管場所が判明している鉄類は木を切り出すのに使う斧だけだ。
この領地は魔族領と隣接している為、森の中で木を切り倒し、帰りには重たい木を持って帰るという行動は命の危険を伴う行動である。
しかも木を切り倒す時の音などで魔獣が近づいて来て襲われる事も良くあるそうだ。なのでこの領地での木こりは奴隷の仕事に分類されている。
なのでこの斧を狙った。
だがそれも簡単では無いのだ。
反略、脱走の危険を防ぐ為、武器になりうる物は仕事現場から奴隷達の生活区へ戻る時にその仕事道具は一旦返却し、使用する時に借りるルールが定められているらしい。
なのでこの斧を手に入れる方法は2つしか無い。
1つ目は盗む事だ。
実際この計画を企てた時のベリアの実力なら道具保管庫から斧を盗み出す事は容易だ。
でもそれは避けた。盗まれた事が判明すると犯人探しが始まる。するとこの場所を知っていて地位の低い奴隷達に疑いの目が向けられるのは必然となる。
仕事さえしていれば無干渉な現状を崩して修行に影響が出る事を避けたかったのだ。
2つ目は壊れるのを待つ事だ
壊れた斧はゴミだ。ゴミの処理は奴隷の仕事になる。
なので斧がたまたま壊れるのを待つ事にした。
・・・いや、壊れるようにした。
倉庫内で壊すとまた犯人探しが始まる。
なので作業中に壊れて貰う必要があるのでベリアに倉庫に侵入して斧に小さくヒビを入れて貰ったのだ。
これで何日かの使用の後ヒビが大きくなり壊れるその日を待て良いだけとなった。
そうしてやっと手に入れた素材が鉄なのだ。
だが鉄はまだマシだ。素材の場所が判明していたからだ。
次に入手したい素材は毒物である。
だがこれは素材の場所も分からない。そこを探すところから始めないといけないのだ。
そうして何も情報が得られないまま3ヶ月が経過したある日、人間の大人達が皆連れて行かれた。そして数日が経ち、連れて行かれた半数程の大人達が怪我をして帰ってきた。
その初めての出来事について僕は大人達に何があったか聞いてみた。
「皆さん怪我しているみたいですが何かあったのですか?」
「あぁん?何かじゃねぇ。戦争だ。魔族軍の奴等が攻めてきたんだ!」
なんと!魔族軍と戦争しているらしい。参戦することが出来れば逃げ出せるかもしれない。
「僕も皆さんと戦って魔族を倒したいです!」
「はっ、無理だな。招集されるのは大人だけだ。それに俺たち奴隷が敵を倒す事は出来ねぇぜ。」
戦場での奴隷の役割は盾だ。謀反を起こし士気が低下することを恐れて奴隷達には武器が与えられないのだ。盾のみを渡されて相手の突撃を盾で受け止める。その敵を後ろの兵隊が攻撃をし、撃破する。これが奴隷の戦場らしい。
後ろには武器を構えた兵隊たち、前には迫り来る敵。生き延びるには敵の攻撃に耐えるしか無い。なのでそんな場所に夢を見るなと諭されてしまった。
その後も度々大人達が連れて行かれて数を減らし帰ってくる事があった。そんな日々の中、ここ奴隷たちの場所に新しい住人が大量に入って来た。
どうやら盗賊集団が冒険者の連合チームにより壊滅、その生き残りが戦争で数の減っている奴隷の穴埋めとして連れて来られたのだ。
僕達の部屋の住民も1人増えた。盗賊団のボスの息子でグラムと言うらしい。
そして僕は彼の教育係に任命されてしまった。
「じゃあ仕事内容教えますね。僕について来て下さい。」
「何で俺がこんな事を…」
今までボスの息子としてこんな仕事はした事がなかったのだろう嫌々なのが一眼でわかる態度でグラムはついて来た。
「まずは水汲みです。この井戸から水を汲み上げて運びます。
それを規定量まで続けるのが最初に覚えて貰う仕事です。」
僕はグラムの教育係になってしまったので仕事の合間にベリアとレイとの3人で密会する事が出来なくなっていた。
なのでグラムと仕事を等分する事にした。仕事に慣れている僕はグラムより早くノルマが終わる。その時間差を利用して密会していたのだ。
そんなある日いつも通りの手筈で密会している最中、
「ルイ〜いるか〜?・・・、お前なんで猫とスライムと一緒にいるんだ?」
何故かグラムがやって来たのだ。そして見られた。密会している所を。
こんな所でグラムを処理する事は出来ない。こうなったらグラムを引き込むしか無い。
元々人間の協力者は欲しかった。表に出られない2人の代わりが出来る人材を探してはいたのだ。
そう考えるとグラムは丁度いい。
捕まり奴隷にされた事で、冒険者やこの国の民に恨みを持っている。しかも元盗賊だ愛国心なんて物は持ち合わせていない。復讐のチャンスを与えれば乗ってくると思う。
「グラム、今の境遇に不満は無いか?今までの地位、環境全てが奪われただ使われ、潰されるだけの境遇に。」
「はぁ?無いわけねぇーだろ!?」
「あぁ僕達も同じ気持ちだ。だから一矢報いようと計画していた。そこでどうだ?この話乗らないか?」
「・・・」
「死ぬまでここで飼い殺される事を選ぶのか?」
そして少し考えた後グラムが折れた。
「分かった。協力する。仲間になってやる!お前達といた方が楽しそうだ!」
「あぁよろしく頼む。それとこれは僕達の絶対の掟だ。
人間者以外を差別しないでくれ。彼女達は大事な仲間だ。
仲間に手を出す者を僕は許せない。」
「・・・あぁ。」
グラムを引き込む事に成功し、僕は最初の疑問を口にする。
「ところでグラムは何をしに来たんだ?」
「あぁそうだ!バルトの奴が来いってさ」
そして僕達は今度また話し合いをする約束をしてバルトの元に向かった。
「バルトさん。話って何ですか?」
「あぁ、お前も今魔族と戦争しているのは知ってるな?そこで大人達の数が減って戦える人数が足りたいんだ。そこで俺達子供まで駆り出される事になっちまった。」
「戦争かぁ〜」
「いやグラム、お前は留守番だぞ。」
僕達の部屋から戦争に出られるのは僕とバルト、フラウの3人だ。ベリアは獣人なので逃亡を警戒して連れ出されない。グラムは元盗賊団のボスの息子だ。どんなルートから逃げられるか分からないので外に連れ出される事はない。その為2人はお留守番だ。
だがやっと希望が見えた。この戦争で僕はここを抜け出す。
そして力を付けて仲間達を迎えにくる。ずっとアテが無かったがやっと脱獄の糸口が掴めた。