5-17.【Side:エドガー】外部から引くに引けない状況が
大変長らくお待たせいたしました。諸事情につき、テキストが全く書けない状況に陥っておりましたが、ある程度回復してまいりましたので、久々に更新させていただきます。
ハーマン家の邸宅から戻ってきたフリーデたちから、首尾について報告を受ける。
そう、あくまでも、報告だ。相談ではない。わたしには指示する権利はなく、ましてや決定する権利もない。ただ、彼女たちが求めていくものについて、その話を受け止めていくだけにすぎない。
一晩たってから思うと、トビアス君、いや、ユキエの申し入れ、それも相当に乱暴な見解について、随分あっさりと受け入れてしまったものだ、と思う。
それでも、後先を考えずに、唯々諾々と同意したわけではない。いや、むしろ、意識してセーブを掛けながら、その実、前のめりになっていた自分に気が付く。
領民に対して誠実に統治を行う領地貴族の本分を考慮すれば、こういう行動はリスクが高いのみで、賢明な選択ではない。混乱が発生しても、自分の領地を守り、あるいは利益を共にする者に手を差し伸べる、それに専念する方が、はるかに現実的。誰が検討しても、そういう結論に行き着くに違いない。
しかし。
――代償として、我らの領民以外の民が塗炭の苦しみを味わうことを、傍観することになるのです。お父様、領主貴族として、為政者として、その姿勢を、領民の前に見せることができますか。領民に対して、領外の民を見殺しにすることを、胸を張って説明できますか。
トビアス君の才覚に驚きの目を向けるだけだったフリーデが、こういう言葉を発するようになるとは。
フリーデとトビアス君は、政略結婚を前提とした婚約者同士で、それなりの信頼関係を築いてきてはいるが、他の者と明示的に異なる、特別な感情が芽生えているようには思えない。
それでも、あのフリーデが、これだけハッキリした表明をする。
血気にはやった若者ゆえの青臭い考えではある。しかし、その考えを実行に移すための手順、特に、どのような人間を巻き込んでいくかについての考えが、実に興味深い。
レオノーラ嬢が説明する。
「……ギュンター様の姿勢、そして今後の立ち位置を考慮すれば、敵にしないという形が良策と判断し、それを受容していただきました。キーマンになる方は他にもおいでですが、そういう向きにも、同様の姿勢を求めるのがよいと思います。味方は、少数の同志、遠く離れた同盟者、これだけに絞り、それ以外は、いわば“積極的な日和見”に誘導するのが吉でしょう」
影響力のある者は、少なからず、守りたいものがある。それなら、積極的に排除しなければならない者以外であれば、現状維持を保証、場合によってはそれに多少のおこぼれを約束、それで十分だ、と。
「今からではもう遅くはあるが、味方を増やさないで、大がかりなことなどできるのかね?」
この問いについては、イザベラ嬢が引き受ける。
「味方を少数にとどめるのは、離反者を減らすためです。味方であれば、それぞれに役割分担が発生し、それに伴って責任が生じます。事態が望ましい方向にのみ進むのなら、それでよろしいでしょう。しかし、例え少しでも壁にぶつかれば、味方の中には不安を抱く者もあるでしょうし、計画に加わり続けるのをためらう者が出る可能性が高くなります。それを防ぐためには、組織を引き締めるために、労力や時間を消費することになります。そのような余裕はありません。ですので、決起実行者以外は、味方にしないのが望ましいのです」
「味方でない者が裏切る、というのは?」
「そもそも味方でないのなら、裏切るわけでもないでしょうし、こちらに不利な行動を取ったとしても、直ちに大きな痛手を被る心配もありません。それに、中立を呼びかける相手は、現在の王宮中枢で冷遇されている方ですから、上へ積極的に話を持っていくことなどないでしょう。そのようなことをすれば、上の不興を買って、立場が危うくなるだけですから」
なるほど。
わたしの考えでは、味方を慎重に増やしていき、時機を選んで一気に実行するのが望ましいと思っていたが、パーティーのような場を用いる場合には、そういう味方は意味がない。確かにその通りだ。
「しかし、中立の者が多く残った場合、権力掌握後の待遇面で困るのではないか」
「約束した内容だけしっかり順守すれば、後はどうにでもなるでしょう。権原を犯すことがなく、実権のみ取り上げることも可能です。そもそも、国として統治していくのであれば、体制変革をいかに急進的に進めようとも、段階を踏まなくてはなりません。そして、その過程で、必ずや人材不足に陥ります。そういう時に、上手に動かしていき、見合った仕事を与えれば、それで良いのです」
「人材不足……」
「はい。変革の過程で、刷新を掲げて旧体制側の者を排除するのは、成果としてわかりやすくはあります。しかし、実務者はもちろん、管理者も、全員が未経験の素人になっては、組織を運営することなどできません。後から経験者を登用する場合、それなりの方便が必要になって、人事面で不協和音が拡大する素地を残すことになります……このあたりは、ユキエからの受け売りですが」
ユキエ殿の世界では、少数精鋭の職業革命家が政権を奪取したことがあったものの、すぐに政権運営に行き詰まることとなり、結局は旧体制側の人間を取り込んだという。そして、政治状況が落ち着くと、今度は旧体制側の人間がどんどん粛清され、支配者のイエスマン以外は残らない状況に陥ったらしい。
「そしてもちろん、クラウスナー卿におかれましても、今後、重要な役割を担って頂くことになるかと存じます」
イザベラ嬢は笑みを浮かべるが、どことなく恐ろしさを覚える。
表面的には、必ずしも突拍子もないものではなく、恐らく、王およびそれに準じる機関を健全に働かせるため、チェック機能を強化すると共に、配下の機構を刷新する、というところだろう。しかし、その見据える先には、わたしでは想像も付かない“未来”を思い描いているのではないか。
そのようなことを思うと。
「わたしのような、一介の地方領主には、荷が重いようにも思うが」
「荷が重いというなら、誰にだってそうですよ。我々姉妹も、フリーデ殿も、トビアス殿も。問題なく担うことができるのは、ユキエだけでしょう」
「……ユキエ、殿、か。そうなると、変革の核を握るのが、異なる世から魂のみ寄せられた、いわば不完全な存在に依拠する、ということになるのかね」
「いえ、ユキエの存在は、彼女と直接意思を交換した、ごく限られた者の間で、共有されるのみです。指導力、統率力を発揮するわけではありません。戦闘部隊の間における共通認識、共通目標を提示してくれる、指示者のような役割と思って頂ければ」
説明になっているような、なっていないような。
まあ、それは瑣末なことだろう。
「了解した。具体的に要望があるなら、早めに言って頂きたい。当家の業務については理屈を付けて先延ばしできるが、実行日までの間はないからな」
そこまで話していたところで、執事から、ビレン様よりこちらのお荷物を旦那様へとのことです、と声がかかった。
「ビレン殿から? わかった。それでは悪いが、皆の者……いや、レオノーラ嬢とイザベラ嬢だけ、ここに残ってくれ」
情報伝達屋のビレンから、このタイミングで連絡が、それも荷物という形で届いたということは、単なる定期的なものではあるまい。当人が顔を出さないことも踏まえると、相当のことだ。
人払いをした中で、なぜ我々だけが残されたのだろう、と言いたげな姉妹の前で、その荷物を開封すると、中には驚くべきものが含まれていた。
わたしはそれを、何の説明もすることなく、黙って二人に提示する。
「!」
「……姉上……これは、覚悟を決めるしか……ないですね……」
彼女たちのたくらみを決定的に後押しする材料が届いたのは、時間的にみて、単なる偶然だろう。だからこそ、思う。この国が動き出す時機なのだろうと。何人かの人間だけでは制御できない巨大な波が起きているのだろうと。
今後の更新スケジュールは未定ですが、プロット自体は固まっているので、当面は一週間以内を目標にいたします。




