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5-16.【Side:イザベラ】出してしまったものは仕方ない

時間軸が少し巻き戻ります。時系列でいえば、5-13.のフリーデ視点とほぼ同じタイミングです。

 ファイゼルト侯爵家、というより、ハーマン卿との対談は、当初の計画通り姉様がリードする形にしたところ、思った以上にスムーズに進行した。これでいいのだろうか、と思うほどに、それはもう、引っかかるところもなく。協力させるにせよさせないにせよ、要求を出すのはこちら側なのだから、本来ならば下手に出なければいけないところ、最後まで主導権を握ることができ、考えていた通りの帰結にもっていけたのは大きい。


 ただし、一つだけ、計算が狂ったな、というところはあった。わたくしたちの目標に関わることではなく、わたくしが個人的に考えていた戦術について、だけれど。


 ファイゼルト侯爵家との交渉として見れば、十分に及第点、いや、百点満点といっていいだろう。相手から何かを引き出すのではなく、相手を動かさないように留めるというのは、意外と難しい。単に言質を取るだけでは弱いし、力尽くで抑え込むなら余力をそちらへ回す必要が出てくる。だからこそ、先方の得心をもって押さえる方法が有効で、それについては大成功だったといっていい。


 でも、大成功というのは、あくまでもファイゼルト侯爵家との交渉に限っての話だ。


《ミリューデュ王国の件をここで出すのは……いや、でも、ダメ押しとしては有効なのだけれど……》


 ミリューデュ王国は、中央政府の統治機構が機能不全寸前の状態になっているものの、地方有力貴族の支配が安定しているため、対外的にはしっかりした状態だ。


 中央から地方への統制が緩んでいけば、地方の統治者、すなわち領主が、その資源や資産を拡張する方面に動くようになる、すなわち国王権力から自立志向を図るのは、必然の流れといえる。


 そして一般的に、そういった個々の拡張志向は、王国の内部に向けて、すなわち、王国内の他の勢力を蹴落としてのし上がるという方面で作用する。これは、対外的に行動を起こした場合、国際問題になるリスクが高いばかりか、国内他勢力に攻撃材料を提供することになる。王権からも他の諸侯からも完全に自立できるめどがついているならまだしも、その途上であれば、王国という“傘”をあえて破る利点はあまりない。したがって、通常であるなら、それほど危険視することはない。


 しかし、今回は、それに当てはまらない。


 何よりも、時間を掛けて、他国の領域で権益を確保し、実効支配を既成事実化しようとするのは、大いに問題だ。なにせ、我がユリデン王国とミリューデュ王国の間で接している二つの領主貴族が癒着し、両王国の意思を無視していることなのだから。大仰な言い方をすれば、国際秩序の破壊に向けた動きともいえる。


 具体的には、ユリデン王国のディルッセン伯爵家と、ミリューデュ王国のトゥヌーリ伯爵家の間の問題といってよい。ディルッセン伯爵家は新興貴族で、名を求めているか実利を求めているか、それはわたくしには判然としないけれど、いずれにせよ、ユリデン王国の中枢部からは軽視されている存在だ。本来、他の有力国との境界に配置されている領主の任は重く、いろいろな面で注意が払われるのが通常なのだけれど、辺境イコール王都の文明が及ばぬ田舎、というイメージを抱く有力貴族が多い。辺境伯爵という称号もあるが、ここでいう辺境は授爵当時のもので、現在の領地は王都周辺にあったりするのが実態だし。


 そして、ミリューデュ王国が我がユリデン王国の辺境域でコソコソ動いている件は、慎重に隠されているようで、諜報活動を行う組織や秘密結社のような組織に属していない限り、そうそう耳にすることはない。もちろん、外交や防衛を担当する者であれば、それを知っている可能性はあるが、知らない可能性も十分にある。


 裏を返せば、この情報を出せば、ユリデン王国、いや、ユリデン文化の一大事と捉える動きは大なり小なり出てくるはずだ。その動きを制御可能な範囲で、かつ、外へ向けることができれば、屋台骨が完全に崩れているユリデン王国を支える者も、精神的に一体化できるはずだ。実態としてはトゥヌーリ伯爵家の独断によるものであっても、それをミリューデュ王国の責に帰することは容易だし、国家間交渉では有力なカードになる。軍事行動を展開するための理由としても使えるだろう。


 さらに、恐らくはユリデン王国では明白に違法である奴隷労働を行っていることに加えて、彼らを敢えて一つの場所に集めていることを考えれば、自然発生的な暴動や反乱を期待しているのではないかとも考えられる。ここまで踏み込めば、ユリデン王国の中枢がいかに腐っていても、ミリューデュ王国とは異なり支配体制の外見はしっかりしている以上、強硬な態度を“取らざるを得ない”ことになる。


 だから、この情報は、単なる交渉カードにするのではなく、いわば、王国統合を実現するための切り札として使うべき。わたくしは、そう思っていた。そしてまた、ミリューデュ王国という“器”自体も壊すことなく、むしろ、しっかりした政治体制を確立させたい。国境間の不安定性を除去し、両国の安定と共存を図るのが理想だ。


《姉様と別ルートで情報を集めていたことが仇に……でも、出してしまったものは、仕方ないか》


 ハーマン卿の反応、そして同席していたトビアスやフリーデの顔色を見る限り、他国との関係が緊迫していること、よって早急な対応が必要であることは認識しても、王国民統合のための、また対外活動選択のためのツールとしての有用性にまでは考えが及んでいない可能性が高い。


 でも、トビアスやフリーデはさておき、ハーマン卿がこの部分について慎重に考え、独自に動くのは、わたくしたちにとって危険が増すことになる。


 だから、意識をそらすために、あえて意味深長に聞こえるセリフを、ハーマン卿ではなく、レベッカ嬢に向けた。


――イルムガルト殿にお会いできなかったのは、残念ですわ。ぜひ、お茶の席などで、ゆるりとお話しさせていただきたいですわね。


 イルムガルド様について、単にダルス帝国との関係だけでなく、わたくしたちに関する別の情報を持っているキーパーソンたり得ることを示唆しておいた。それは間違っていない。ただし“その事実”は、本腰を入れて調べればわかることだし、その点について知られたところで痛くもかゆくもない。ハーマン卿がわたくしたちに向ける態度が変わる可能性は高いが、逆はない。


 そして、そちらへ気を取られている間に、ミリューデュ王国関係への注意を希薄化させておく。完全に忘れることはないにしても、配下を使って裏を取ろうという姿勢になるだろうし、その結果がハーマン卿のもとに届く頃には、主要な行事イベントは全て終わっている。結果、情報としては賞味期限切れになる。


《そうなると、あのカードを、切るべきかどうか……最後の場面まで秘するか、事前に彼らへ“通告”しておくか……》


 馬車の中だし、姉様たちとあれこれ話す場面ではないということもあって、窓の外に目をやりながら、あれこれと頭を巡らせるけれど、昨夜ほとんど寝ていないこともあって、なかなか考えがまとまらない。ユキエが居れば、とも思うけれど、仕方ない。


 何かいい刺激でもあれば、と考えていると。


 馬車の向こうから砂煙のようなものがこちらに向かってくるのが見えて。


 わたくしは思わず、ため息を漏らしてしまった。

国外からの圧力が、地方領主の離反と国家滅亡につながるか(ポーランド型)、国民統合および対外反攻の契機になるか(フランス型)。

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