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5-15.【Side:サラ】ヤー・ガルービ、ナ・チャーイカ

イザベラへの押しかけ弟子のうち、沈着系の娘さんの視点です。

「ここ……よね」


 姉様から指示を受けたわたしは、特に大きくも小さくもない家の前に来た。


(確かに、貴族様の邸宅、って感じじゃないよね。お金持ちっていうより、自前のお店を持つ主人が居て、使用人を持っているぐらいの家、ってところかな)


 貴族様ってのは、民から金だの何だのを吸い上げて、いいものを食べてる。そんで、いい家を建てて、お金と人手をかけてキレイにして、しかも警備している。ご立派なことだ。そんなお金があるんなら、もっといい使い方があるだろうに。貴族のお屋敷なんてのを見るとそう思うし、その中に入ると、何度も何度もそう思う。


 でも、この家は、そんな感じがない。


(姉様の話では、かなり偉い立場の方だってことだけど、貴族様でないと、こういう家になるんだね)


 わたしの仕事は、姉様が指定した人に、指示された言葉を伝えるもの。


 その相手は、エルヴィン・ルックナー王国軍総大将。この国の軍を統括する、お偉いさんだ。


 王国でかなりの立場にあるけれど、でも貴族ではない、という。貴族でもないのに、そんな偉い立場につけるのかって、疑問に思ったけど。


――軍のトップというのは、人を殺せと命じて、しかも、その責任を死ぬまで負わなきゃいけない人なの。だから、貴族は、なりたがらないのよ。貴族の場合は、実際に軍を指揮できる総大将の上に、上級大将というポストがるの。


 軍というのは、人を動かすわけだから、指揮する人が必要というのは、わかる。でも、どうして、その上にまたポストを用意する必要があるのかな。考えてみたけど、わからない。王様とかを守る役割なんだから、そういうのって貴族様がなりたがるものだと思うんだけど、違うのかなあ。


 でも、それにはそれなりの道理があるんだろうし、姉様のような人なら、そういうことをしっかりわかっているんだろうと思う。それなら、異存はない。


「ごめんください」


 玄関の脇に控えている門番さんに声を掛ける。門と呼べるものはなくて、玄関のすぐ脇に門番さんが立っている。いや、警備員さんかもしれない。その後ろに、小さな詰め所があり、そちらにももう一人。


「何だ?」


「ご主人様にお言付けがございます。“銀色より伝言、白鷲が里に降りた”とお伝え頂ければわかります」


「……銀色?白鷲? ……何だ、それは? もう少し説明してくれないか」


 それほど高圧的でもない警備員さんだけど、こいつ何言ってんだ、って感じの、いぶかしげな顔になる。それはそうだよね。詳しいことを知らないなら――いや、わたしも、詳しいことは知らないんだけど――、すごく自然な聞き方だ。その質問に答えようとすると。


「いったい、何だ! おい、ヴィレンティ、サボってるんじゃない!」


 上役だろうか。声を掛けた人に比べて、やたらと横柄なのが出てくる。こういうオッサン、嫌いだよ。自分が偉いと思って、デカい態度を取るの。


 ムッとするけど、この人の方が、話は早いだろう。それに、わたしに対して態度がでかいわけじゃないから、怒る筋合いでもないしね。


「ご主人様にお言付けを。“銀色より伝言、白鷲が里に降りた”、と」


「……銀色? ……銀色……銀色……はっ! わかりました! すぐにお伝えしますゆえ、しばしお待ちを!」


 ふんぞり返った姿勢だったのが、急に直立不動になる。部下に対するあの態度はなんだったんだろうか、そんな姿勢で、奥へと駆けだしていく。


 姉様からは、玄関に居る人にも、こう言えば伝わるはずだからとは言われていたけれど、こんなに手のひらを返したような態度というのは、ちょっと驚く。


 それにしても、屋敷……いえ、本当にささやかな家ね。庭園なんてものはなくて、壁と建物の間には狭いスペースがあるけど、ここにはブドウの木が生えてる。でも、その数もそれほど多くはない。自家製のワインでも作ってるのかしら。


「お待たせしました。どうぞこちらへ」


 さっきの、態度をコロッと変えたオヤジが、また出てくる。何だか、手もみでもしそうな感じだ。ちょっとヤな感じ。あまり付き合いたくないタイプ。


 家の中は、意外と奥行きがあるようで、あちらへ進み、こちらへ進みして、広間へ渡される。いや、広間としかいえない。家具はおろか、椅子さえも置かれていない。絨毯じゅうたんもない、板張りの床。道場かしら。


 周りをキョロキョロと見渡していると、さっきのオヤジが、ついたてを持ってきて、わたしの脇に置く。


「主人は、こちらの反対側に参ります。直接会話をすることはなりませぬ。ただし、主人の言葉に対して、あなたが何かを話すのは、自由です」


 へ?


 会話はできない。でも、話すのは自由?


 最初、何を言ってるのかわからなかったけど。それって、会話をした、つまり、面会したことが事実として残るとヤバい、ってことだね。


「は、はい。わかりました」


 オヤジが軽くうなずいて退出、それからすぐに、別の人が入ってきた気配があった。


 しばらくの沈黙。向こうからは声を出さない、ということなんだろうね。なので、姉様からの伝言を、覚えたまま、一言一句変えずに、口から出す。


「“季節外れのデントス、赤白にて起こす。ついては、石を置かれたし”」


 デントスって、毎年夏の終わりぐらいにくる暴風雨のことだよね。この春先に大風とか大雨とかって、ほとんどないはず。それを起こすって、どういう意味なんだろう。それに、石を置くって、何の意味があるんだろう。


 息をのむような、声というには小さい音が、ついたての向こうから聞こえて。


「……“銀のポルツェラーン”に、伝わらんと願う。“朽ちた木といえども、それを除くことにより、清流を戻せる”と」


 返事をするべきなんだろうか。わたしは、本職の隠密なんかじゃないから、こういう時にどう言うべきなのか、それはわからない。


 ここで、姉様の言葉が、頭に浮かぶ。


――あなたなら、大丈夫。その時に応じて、こうしたらいいなと思って動けば、それが正解よ。それが、他の誰にも負けない、あなたの能力なんだから。


 そうだ。それなら。考えろ。


 直接会話をしては、いけない。だから、わかりましたとか、しっかり伝えますとか、そういうのはダメだ。ならば。


「鳩は行き先を間違えません」


 今のわたしは、あくまでもメッセンジャー。それはすなわち、決められた目的地へ迷いなく確実にたどり着く、ハトだ。カモメではない。伝えるべき言葉を、伝えるべき相手に、そのまま、伝える。そう“宣言”する。


 聞き届けた、ということか。ついたての向こうの気配が、部屋の外へと消えていき。


「使者様。お帰りは、こちらにございます」


 さっきのオヤジが出てくる。


 そして、玄関とは全く別の場所から、わたしは狭い路地に出されたのだった。

身体能力でなく、記憶力と観察力を生かそうとするなら、メッセンジャーが適役。そうイザベラに半出された、彼女の信者その二。

エルヴィン・ルックナー総大将は平民でした。

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