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5-13.【Side:フリーデ】あともう一つのピースが欲しい

会談の場では何も口を出さず、観察者に徹していたフリーデの視点です。

 ハーマン卿との会談。わたしは、このたびの“計画”の中で、その成否を分ける一つの山だと思っていた。


 だからこそ、ユキエが全く出てこず、レオノーラ嬢が主導すると聞かされた時、かなりの不安を抱いた。


 レオノーラ嬢は、零細男爵家の割にはしっかりした教育を受けているので、作法などについては問題なく、知識や教養という点でも心配する必要はない。しかし、交渉力については、全くの未知数だ。力量がわからない人間に先導を委ねよと言われても困る。


 イザベラが、大丈夫ですよ、と言っていていたが、彼女には悪いけれど、あまり信用できなかった。イザベラに人を見る目があるかどうかはさておき、彼女には姉を盲信している節があり、説得力が弱い。それでも、イザベラのこの言葉で、レオノーラに任せるしか選択肢はないか、と思うようになる。


――ハーマン卿の立場を考えれば、広義の外交政策を交渉カードにすべきです。それは、外交官が担うだけではなく、軍事、国境を接する領主貴族、国際的な人や物の流れ、そういう要素も加味すべきですが、そのカードは恐らく向こうにはありません。


――レオノーラ嬢には、そのカードがある、と?


――はい。万一それで通らなければ、わたくしがフォローします。ダルス帝国関係なら、現時点で切れるカードがありますので。そして姉は、わたくしと違って、言葉で交渉できますので。


 現時点で、という。つまり、最終段階まで温存しておくべき奥の手があるものの、その前でも使えるものを用意している、ということね。“わたくしと違って、言葉で”の一節がとても気になって、聞き返したくなったのだけど、ニッコリ笑顔で返されたのは、何も聞くな、というメッセージなのでしょう。


 このため、レオノーラ嬢がメイン、イザベラがサブという形になる。こちら側で最も格の高いトビアスは、レオノーラ嬢に対してとげとげしい態度を隠しておらず、あまり戦力になりそうにないし。何かあったんだろうと思うけれど、それを確認するのはまた後の話。そうなると、場が混乱してしまった場合、わたしが収拾をつけることになりそうね。


 そう思ったけれど、会談の流れも結果も、実にあっけないものだった。


 なるほど、レオノーラ嬢の提示の仕方は、巧みではあった。


 相手がもともと知りたいと思っていることを知っているそぶりを見せ、一部はチラチラと出す。


 そして、少し角度を変えて、重要な要素を見せる。そうすると驚愕きょうがくが先に立ち、冷静に計算できなくなる……ということを知っている先方は、逆に、それまでの情報と新しい情報を必死にリンクさせた上で分析し、判断に持っていく。


 いわば第三者視点でいるからわかるけれど、ハーマン卿のような人物には、この手法は確かに有用だ。


「ごめんなさい。あなたの実力を見誤っていました。ハーマン卿に対して、ああいう方法で、適切な着地点に持っていけるとは」


 会談の後、当家屋敷に戻るべく馬車で移動している中、この点をレオノーラ嬢に話してみる。


「それほど難しいことではないと思いますよ。ハーマン卿は、頭のいい方。自分の能力について、一定の自負も自信もお持ちです。それなら、その頭脳を回転させる余地を与えれば、結論は自分が考えて出したものということになり、自分で責任を持って遂行する、ということになります。自分が熟考したものだと、自己暗示をかけることによって、その判断を自己正当化するわけですね。そして、頭脳派の者が、自分の自尊心を自分で傷付けることは不可能ですので、引っ込みがつかないように誘導すればよいのです」


「でも、経験がそれほど多くないとはいえ、ハーマン卿はダルス帝国と折衝することもあったでしょうに」


 ここでレオノーラ嬢は、イザベラに目を向ける。この先の説明は彼女に委ねる、ということだろう。


「ダルス帝国の外交姿勢は、“沈黙と棍棒”ですから」


 その言い回しは、聞いたことがある。


「弱い犬ほどよくほえる、と申します。口舌で対処するのではなく、威圧で対処する。いつでも使える軍事力がある、少なくともあるように見えるようにしておく必要はありますが、多くを求めるよりも、効果は大きいでしょう」


「確か、外交上のあいさつはほぼ儀礼的なもので済ませて、重要なものは、最高幹部同士の直接秘密通信だけで決まる、でしたか」


「はい。そして、このような外交姿勢の場合、外交官が現場の判断で対応できることは少ない。すなわち、実質的な権限はあまりないので、顔合わせ程度、あるいは上からの命令を伝えるメッセンジャー程度のことしかやれない、できないと思われます」


「つまり、ハーマン卿の外交能力は、その程度ということ?」


「それはなんとも。わたくしが拝見した限り、老練な折衝ができるようには思えませんでしたが、そもそも、厳しい場に立つことがなく、表面上の張り付いた笑いを見せているだけの簡単なお仕事がルーティン化しているのでは、経験を蓄積できるはずもありません。ハーマン卿自体の能力とは別問題でしょう」


「なるほど。豊富な知識を有していて、頭の回転が速くて、分析力も高い。見ているだけでも、少なくとも、官僚として優秀なのはわかりました」


 ここで、再びレオノーラ嬢に向かう。


「それでも、例え経験に乏しいとしても、外交官として、あの姿勢はいかがなものでしょうか。相手の力量や立場を正確に把握するのはいいとして、すぐに白旗を上げてしまったでしょう。彼の側にも何らのカードはあると思いますし、わたしたちにも弱点はあります。そして、わたしたちがハーマン卿のファイゼルト侯爵家をたたきつぶそうにも、実行したらこちらが破滅することぐらい、あの方ならおわかりのはず。それなのに」


「いえ、外交官としての姿勢は、関係ないでしょう。恐らく、二つの理由で、自分の出る幕がない、自分が関与できるものではないと判断したのだと思います。その一つは、自分が任務の責を負う先にある王家について、王家それ自体はさておき、その行動に正当性がない。そうなれば、自分はどのような仕事をすればよいのか。職務に忠実であろうとするからこそ、身動きが取れなくなっているのでしょう」


「つまり、上の姿勢に一貫性がない以上、自分で踏み込むことができない、と?」


「一貫性というより、王太子殿下以下主要幹部が背信的政策を採っていること。そして、賄賂だの何だのという目に見えてわかりやすい腐敗が伴わないだけに、その誤りに周囲の者が気付かないこと。その中で、自分がどうすればよいのか。外交官以前に、官僚として、行動を保留せざるを得ないのでしょう」


 まあ、この国の問題点は、いわゆる政治腐敗というものではない。だからこそ、それを糾弾するのが難しい。もし、安全かつ公開で討論する場が設けられたとしても、批判するばかりで無責任だ、否定するのではなく対案を出せ、なんて言われておしまいでしょうね。政策の前提がおかしい場合には、議論で是正するのは厳しいから。現状がおかしいこと自体に気付けない人間が幹部になっている組織に成り果てている、か。


「もう一つ。もともとハーマン卿は、令嬢を経由して王族に、夫人を経由してダルス帝国に、半ば強制的に結びつけられています。いわば、利益相反を前提とした外交官という、非常に奇妙な立場に居るのです。そして今回、おそらくハーマン卿が存じ上げなかった、いや、情報を王家から受け取ることのできなかった情報を、貴族家当主でさえない小娘が知っている。この現実を見て、外交官としての自信を、完全に喪失されたのではと。そして、こちらの視点で見れば、潜在的に敵になりうる勢力を、事実上無効化できたということにもなります」


「自信喪失での職務放棄って……ああ、表面上は花形の役職、実態は権限も何もない役職ですね。あれ? でも、かなり多くの仕事を抱えているようですが」


「推測ですが、あまり機密性が高くもない情報の分析整理ではないでしょうか。他国の情報ももちろん重要ですが、それ以上に、自国の情報を適切に把握しておかなければ、交渉も何もできません。王太子殿下や宰相がどこまで認識していたかは疑問ですが。ですので、通常業務だけで見れば閑職でも、職務に忠実であろうとすれば激務の職になる。そのようなところなのでは」


 なるほど。


「でも、そう考えると、あの方を他国への窓口として使うには不安が残りますわね」


「そうでもないと思いますよ」


「え?」


「頭のいい方は、欲望にせよ自負にせよ、それをスマートに隠します。もしギラギラした形で出していても、それは意図的に、つまり見せつけようとしているものです。もちろん、感情的になる場合もあるでしょうが、通常なら頭の回る方の場合、いわば完全にキレているだけなので、その感情は直線的なものに留まりますから、対処は可能。ですので、そういう方を相手にする場合は、経歴や実績、過去の発言などを調べておき、こちらが譲れる範囲と絶対に確保しなければいけない範囲を明確にしておけば、交渉を妥結させるのは比較的容易です。今回は、そこに付け込んだだけ。そして先方も、意識したかどうかはわかりませんが、それをくんだだけ。それだけのことですよ」


「それだけ、って」


「むしろ、馬鹿を相手に交渉する方が、不確定要素が多くなって、困るのです。刹那的な発想を基に発言することも多いですから、論理に一貫性がないだけでなく、方向性が読めませんから。それに、馬鹿だからといって、こちらの誘導に素直に乗ってくれるとは限りません。そしてまた、馬鹿は概して自我が不安定なものですから、会談の最初と最後で、結論はおろか、前提条件さえ違ってしまい、しかもそれを認識、自覚しないことも多い。そういう手合いには、暴力で黙らせる方が効率的なんですよね。それも、抑止力としての武力ではなく、実際に痛みを感じさせる腕力や筋肉で」


「まあ、野生動物って、結局は力で支配しているし、本性ってそういうものかもしれませんわね」


 馬鹿を相手に交渉って、そういう経験があるのかしら。そうね、王宮に出入りしていれば、そういう御仁と“会話”をすることもあったのでしょうね。つまり、彼女の接してきた王宮の方々は、そういう向きだった、と。


 それにしても、イザベラが評価しているのは、単なる姉への思慕だけでもないみたい。人間に対する観察眼や行動予測なんかは、大したもの。長期的視点がどうかとイザベラに聞いたらすっと視線をそらしていたけれど、短期の能力と長期の能力は別ものだと考えれば、単なる得意分野の問題なのだろう。近視眼的というわけではなさそうだから。


 前世の知識を備えてそれを適用させることのできる、トビアス。この世界に生まれながら常人離れした発想と理論を生み出せるイザベラ。そして、即時判断に基づく分析と交渉を得意とするレオノーラ嬢。この先を“作っていく”のに、非常に有用な人材がそろっているといえる。


 そして、彼らを結びつける切っ掛けとなった、ユキエの存在。


 この場にユキエが召喚されたのは、レオノーラ嬢の単独の意思によるものだけではなく、他の超常的な何かが働いているのではないか、そのような気もしてきた。


「まあこれで、道理についてはほぼ完了。武力についてもビルジー侯爵家側で準備は進んでいるみたいだからよし」


 でも、少し不安は残る。


 強引に政権を奪取するなら、名目となるべき道理、実行を保全するための武力、この二つは必須。そして、そのいずれも、めどは付けられた。


 しかし、それだけでいいのか、という気もする。


 人間とは、感情で生きる存在だ。正しい事を言っても、適切なことをなしても、それを理由に人が従うというものでもない。いや、誤っている事であっても、信用できると思っているものなら、虚言だろうと愚策だろうと、素直に正しいと思うし、思い込むし、思うこと自体を疑えなくなる。


「人を引き込める程度でいいけど、何か、それなりの権威があればなあ……」


 トビアスを旗頭にしても、侯爵家の跡取りでは、弱いのは確か。まともな王族でも居ればいいのだけれど、残念ながら、誰も彼も使い物にならない。担ぎ上げたとしても、こちらの印象が悪くなるだけだろう。


 何か策がないかしら、と思いつつ、イザベラを見ると、彼女はなぜか遠い目をして馬車の外を眺め、ため息をついていた。

フリーデは、人の性格や能力、そしてその限界を的確に見極めることができる人物です。人の心理や行動を把握する能力に優れるレオノーラとは根本的に異なります。自己評価が低いわけではないのですが、自分の能力に無自覚なので、優秀な人材が回りにいるなあ、程度にしか思っていません。

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