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5-11.【Side:レベッカ】支える立場の限界を痛感

レオノーラたちが対峙する形になったファイゼルト侯爵家当主であるギュンター・ハーマンの娘で、悪役令嬢役に相当する、レベッカからの視点です。

「ハーマン卿の当惑は、理解できます。しかし、ディルッセン伯の一件をあわせてお考え頂ければ、“連中”のうち頭が回る者の姿勢は、おわかりいただけましょう」


 父上へと話を続けるレオノーラ嬢を見ながら、わたくしは、さらに複雑な思考を余儀なくされていきました。


 外交という、情報と弁舌がものをいうお仕事をされている父上と、堂々と渡り合っていることには驚きますが、必ずしも不思議なことではありません。レオノーラ嬢は、ドゥルケン男爵家の次期当主。それも、先代当主の唯一の実子であり、現在の当主は後見人的な立場だそうですので、彼女自身が、実質的に当主代理のような形で活動してきたという面もあるのでしょう。わたくしのように、貴族家や領地などの経営に関わっていない者とは、置かれている立場が違いますので。


 しかし、わたくしが理解できないのは、そのことではありません。この方、一昨日にお会いした時と、雰囲気がまるで異なるのです。


 一昨日はほとんど会話を交わすことがなかったものの、遠大な視点と強力な意思で道を切り開く覚悟を決めているように思えました。そこには、貴族としての矜持きょうじを二の次とされて、もっと別の基準で物事を考えているような感じを受けました。


 ところが本日は、そういう気配はなく、むしろ、一般的な貴族当主の方がまとうような、話し相手の関心に応じて自分の手の内を適度に見せつつ、望むべき結論に導こうとする姿勢なのです。貴族同士のぶつかり合いを堂々と行う当事者らしい、ともいえましょうか。


 前回は、あくまでもわたくしへの“あいさつ”。今回は、当家当主にして現職大臣である父上との“会談”。性質が異なる以上、態度が異なるのは当然かもしれません。


 しかしこの方は、わたくしより一歳年下。そのような方が、相手によって、いえ、話している状況によって、大きく空気を変えることができる。並の貴族令嬢ではございません。


 そしてまた、誰と誰が派閥を形成しているですとか、どの方がどの地位を狙っているですとか、そういうことを一切口にされておりません。


 王国統治のことはよく存じ上げないのですが、通常の貴族や臣下の視点ではなく、最高幹部、最低でも大臣級の視点ではないでしょうか。


 恥ずかしながら、わたくしには、レオノーラ嬢と父上の間でなされるやり取りには、付いていくことができません。


 レオノーラ嬢の隣に座っておられるイザベラ嬢は、表情を頻繁に変えておられます。これが何を意味するのか。失礼ながら、社交以前に、表舞台でお会いしたことが皆無の方ですので、わたくしには読み取れないところもございますが、レオノーラ嬢の発言、それへの父上の反応によって、都度動きを見せておいでです。何らかのサインなのか、単純に、この場では取り繕う必要がないと思われているのか。


「ディルッセン伯……鉱山の一件かね?」


「当事者にとってはそうでも、“連中”にとっては爵位の方が重要でしょう、辺境伯にされていないことを考慮すれば。また、隣接するヴァイズ辺境伯との関係も」


 それでも、わたくしにも多少は耳にしたことがある名前が出てまいりました。


 ディルッセン伯は、ミルーデン王国と山脈を挟んで隣接した土地を治めておいでです。豪農と傭兵組織が合流してできた新興貴族ですが、辺境地の開発によって農業生産高を大きく増やした功績をもって、伯爵位を賜ったとのことです。


 そういう家ですから、貴族世界の中では成り上がり者と見なされており、他家とのつながりも希薄になっております。継続的な開発のために経費もかさんでおり、財政的にもそれほど恵まれては居ないとのことですので、積極的に近付こうという方はまずおられません。いわば、王家のみが頼みの綱という家です。


 しかし、五、六年ほど前でしたでしょうか。鉱山で有力な鉱脈が発見されたという情報が出てまいります。王国の税収が一気に増加すると期待されたものの、一か月程度で、半年もせずに枯渇する程度と判断され、結局は本格的な採掘もなされなかったという話を耳にいたしました。この判断は、王宮が派遣した鉱山技師の検査によるもので、枯渇の見通しは間違いないようです。


「はい。わたくしが得た情報によりますと、領都の経済活動は非常に活発です。そして、山麓のとある場所に、多くの人間が集結しておりますが、彼らは大半が壮年男性。武器は持っておりませんが、金属器やこん棒等を多く使っております。そして、これが一番重要なことですが、ミルーデン語が使われているとのことです」


「なっ!」


 これまで、常に冷静だった父上の口調が変わりました。


 山麓に集結、そして、ミルーデン語。他国の兵でしょうか。いえ、“武器として使えなくもないものを使って”というのが気になります。非正規兵でしょうか。


「かの王国の、かの階層の者に対して、将来的な“解放”という餌で導いたのでしょう」


「実効支配、か……しかし、経費も馬鹿に……まさか!」


 かの階層の者? 被差別民を駆り立てる、といったところなのでしょうか。


 ここで再び、レオノーラ嬢は口を閉ざし、時折目をつむって深めの呼吸をいたします。相手側に考える時間を与えさせるというのは、交渉の場ではあまり賢明な方法とは思えないのですが、何かお考えがあるのでしょうか。


 沈黙が場を支配して、誰にも動きがなくなってから。


「わたくしが提供できる情報は、以上です。卿のご判断には有用、価値あるものと確信しております」


「その提供は、貴殿個人によるものか?」


「情報というものは、本来、所有権が生じるものではございません。よって、その問いには意味がありませぬし、回答のしようもないかと」


「……」


 どうにでも取れる回答。父上の問いは、取引を持ちかけているのがレオノーラ嬢個人なのか、彼女の脇においでの方々も含めてのものなのかなのに、論点をずらします。


 さほど高等な返しでもございませんが、こうさせてしまうということは、父上もかなり余裕がなくなっているようです。そして、余裕を失っているだけでなく、そのことを、先方にも気取られているようです。それを察知したのか、父上の顔が、苦虫をかみつぶしたようにゆがみます。


「そして、提案は、ごく単純なものです。わたくし共の行動に対して、少なくとも短期的に、厳正中立を保っていただきたい。王国のために、ハーマン家のために、ご家族のために、傍観する。これだけです」


「……利害関係者の行動に対して、中立だと? 矛盾もいいところではないか」


「ハーマン家とわたくし共の間に利害関係、特に排他的な利害関係が成立するのは、殿下の例の一件だけかと存じます。その意向が具体化される行動自体を無効化してしまえば、両者間で相反する利害はございません」


 無効化。


 それが何を示すのか。


 想像できることはいろいろございますが、おぞましいものしか頭に浮かびません。


「重ねて申し上げます。わたくし共は、味方になってほしいですとか、協力いただきたいですとか、そういう要望はいたしません。敵になるなとも申しません。ごく短い間だけ、我々に対して直接関与なさらないでいただきたい、とだけ」


「報酬は?」


「父上!?」


 レオノーラ嬢が口にしているのは、王太子殿下の行動や施策に対する批判にとどまりません。いえ、行動の無効化というのは、王太子殿下のなさることを強引に止めるということ。間違いなく、王家不敬罪です。


 しかし父上は、それに対して、否定せず、沈黙もせず。


 報酬という言葉をお出しになったのは、条件次第で提案を受容する。つまり、不敬罪に至る試みであっても、それ自体は否定しないということになります。


 王家に弓を引くことも選択肢に入れてしまうなどと、大臣として、致命傷です。わたくしが思わず声を出しても、致し方ないでしょう。


 しかし、わたくしの声は、どなたにも顧みられることはなく、ビルジー侯爵家のトビアス様が口を開きます。


「ハーマン卿の職位相当の最低三年間の保証、卿および令嬢の身分の最低五年間の保証、過去の事実に関する免責の保証。これでいかがでしょうか」


 侯爵家令嬢としてあるまじきことですが、わたくしは口をポカンと開けたまま、動けなくなりました。


 提示された内容は、およそ、まっとうなものではございません。報酬というものは、金銭ではなく、利権でもなく、地位です。すなわち、そういった地位を左右できる見通しだというわけです。言い換えれば、目の前に居る方々は、このような“保証”ができる立場に就くことを図っているということになります。


 不敬以前のことです。


 やっと気が付きました。


――いろいろと動かれているようですが、どうにか押さえ込めますから。


 母上の言葉が頭によみがえりますが、今では、むなしいものです。


 そう、この方に、母上が考えつかれる程度の策で、どうにかできるようなものではないと。そしてまた、押しとどめられる段階ではない、と。


 その後、細かい内容を詰められていたようですが、正直、内容が頭に入ってまいりません。


 当家も、我が身も、もう終わりですのね。


 そう思っていると、イザベラ嬢から声がかかりました。


「レベッカ様。わたくしは、約束についてはしっかり守ることを、この場にて改めて誓います。一方で、忠告については、引き続きご注意のほどを」


「え」


「御身の安全は絶対に保証します。わたくしの背景の勢力、全ての立場でもって」


 そういえば。かつてイザベラ嬢から、そのような声を掛けられたことを思い出します。


 今は、そのまま王宮のパーティーにでも出れば、殿方がすぐに声を掛けるような、見目麗しい姿になっており、かつての面影は感じられません。正直、同じ方とは思えませんでした。


 この言葉で、やっと本人だと、思い直した次第です。


 忠告。


 それは、彼女から直接“御家の“内”には気を付けられよ”と言われた、あのことでしょう。


 “内”というのは、父上、あるいは父上に従う家臣の方の動きかと思っていたのですが、この場でそのようなことを話されるということは。


「イルムガルト殿にお会いできなかったのは、残念ですわ。ぜひ、お茶の席などで、ゆるりとお話しさせていただきたいですわね」


 すでに、いろいろな展開が重なったこともあり、わたくしの頭の中は、完全に混乱しておりました。


 ですから、聞き逃してしまいました。


 彼女が、母上のことを、帝国皇帝第一皇女のことを“殿”と呼んでいたことを。


 そしてまた、彼女が「全ての立場」という言葉で示唆したように、“背景の勢力”が漠としつつも強大なものであることを。

王妃候補としては優等生の彼女が、貴族として渡り合える知識と度胸を備えたレオノーラに、直接話すまでもなく完敗。さらに、イザベラがトドメ。

ある意味、不憫ふびんなキャラではあります。

今後の活躍は……。

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