5-9.【Side:レオノーラ-3】小娘が大臣に挑む
トビアス様のあの迫力は何だったのだろうか。どこにまずいポイントがあったのだろうか。しっかり考えておくべきなのだろうけれど、そんな余裕などない。時間的にも、精神的にも。
なにせ今、わたしが居る場所は、ファイゼルト侯爵家。
侯爵家令嬢のレベッカ様は現王太子の婚約者だけれど、三日後、王太子が直々にその破棄を公の場で宣言する運びになっているのは、もはや周知のことだ。
そして、そういう仕掛けを仕組んだ張本人が、このわたしだ。悪者が被害者に嫌がらせをする目的で、ケンカを売りに行くようにしか見えない。完全な敵地。
それでも、だからこそ、わたしが直々に対応する必要がある。
招き入れられた応接室には、レベッカ様と、尊父にして侯爵家当主のギュンター様がおいでだった。ふむ、ギュンター様なら、わたしが攻めればいいかな。なお、母堂のイルムガルド様が出てきたら、イザベラが対応する手はずだった。彼女ならわたくしにお任せあれ、って言ってた。どんなカードがあるのかは教えてくれなかったけど。
ギュンター様はさすがに平然としておいでで、その感情は読み取れない。だてに外交官を務めてはいないということか。
レベッカ様は、平然としているように見えるものの、視線の向け方や腕の動かし方に、あきらかにぎこちなさがある。敵意ではなく、おびえているようにもみえる。
こちら側に居るのは、わたしとイザベラ、トビアス様、フリーデ様の四人。
型どおりのあいさつを済ませてから、ひと言。
「まずは、わたくしの行動の結果、令嬢の立場が微妙なものになった結果について、甚だ遺憾に存じ上げている旨、お伝え申し上げます」
我ながら、慇懃無礼とはこのことだ。事態を認識していると示しつつ、自分が悪いとは思っておらず、まして謝罪するつもりも何もないことを、堂々と伝える。他に誰も居なければ、この場でぶち殺されても文句は言えまい。
それでも、ハーマン卿はやはり大貴族家当主、表情を全く変えない。腹の内は煮えくり返っているに違いないが。
「正直だな。ただ、主観的な感想をやり取りするなど、お互いに時間の無駄であろう。それに、貴殿の見解は、単なるおためごかしだとも思えん。訪問の真意を聞きたい」
ふむ。交渉時に冷静さを維持するだけではなく、相手からの引き出しを探りにいくことを優先するタイプか。正面突破よりも、体をいなして、向こうをこちらに引き寄せる戦法がよいかもしれない。
貴族界でのやり取りにおいて、相手方の暴言を一切追求しないという姿勢は、不問に付すことで貸しを一つ与えるという意味になり、大きなプレッシャーを相手に与えることになる。しかし、ハーマン卿は、この場でのやり取りで、そういう“貴族間でのやり取りに伴うお約束”が通用しないことを念頭に置いているようだ。
そういったことを考えて、攻め方を少し変えることにする。
「ええ。こちらも、そうさせていただきますと、助かります。わたくしどもがおうかがいした目的は、ハーマン家への情報提供と、提案でございます」
「情報提供は、まあよい。それで、提案とは?」
「はい。客観的事実のみを申し上げますが、すでに王家の側では、例の件について準備が進んでおり、引き返すことができない段階になっております。そしてまた、ハーマン卿はこれまで、この件について、異議申し立て等の動きを何らなされてこられなかった」
「……」
「何の動きも示さないというのは、貴族の振る舞いとしては、現状および近い将来において発生することを受容するというメッセージになるのでしょう。つまり、王家に対して立場的に動きづらいことを口実に、手をこまぬいたまま時間を費やしていたと評価されるはず。そして、そう評価されることは、卿ならば確実にご存じのはず」
「……」
「卿が動けないことの原因は、何よりも、適切な判断材料の不足にあるはず。卿は、情報を多く、早く手にできるがゆえに、特に重要な情報が欠落しているのが、わかってしまう。だからこそ、拙速に走ることができないのでしょう」
わたしの言い回しは、当たり障りのない表現ともいえるし、急所に近いところを突いているともいえる、そう思う。
今回の件について、どのような行動を取るとどのような結果になるか。それを見極めるための材料に必要となるのは、いうまでもなく、情報だ。
ハーマン卿が能吏であろうが俗吏であろうが、複数の大臣職をしっかり勤め上げてきた実績があるのは確か。職務を通じて得ていることは非常に多い。しかし、だからこそ、見極めるべきポイントに至る情報が手元にないことを察知できてしまい、それゆえに結論を出すことができない。そう、知りすぎる者は決断できないという、あれだ。
「そして、わたくしの考えでは、卿の行動選択は、正解だと存じます」
「ふむ?」
顔をしかめる。当然だろう。よからぬ仕掛けを仕組んだ張本人が、追い込まれている者に対して、それでよろしい、と、悪趣味にも言っているのだから。
「卿が行動するとなれば、それは、なにがしかの勢力を味方とし、なにがしかの勢力を敵に回すことに等しい。しかし、現在の王国は、諸勢力の力関係が均衡することで、成立しています。それも、異なる立場を認める相互依存的な関係ではなく、一致する点が見られず遠心力ばかりが働く形での均衡です。言い換えれば、貴族家相互のけん制による、いびつな安定による体制です」
「……」
「これ以上、王国が空洞化するのを防ぐには、むしろ自分が悪者になっても、現状を維持するしかない。幸い、ファイゼルト侯爵家という名家は、当主を失脚させることはできても、改易させることができる存在ではありませんから、息女に危険が及ぶこともない」
「……」
表情を変えない。よし、もう一押しか。
「そして、卿が動かないという選択をしたことから導くことのできる事実が、一つございます。それは、外交官である卿は、少なくとも本件で、ダルス帝国が介入する可能性は低いと判断されている、と」
ハーマン卿の夫人で、レベッカ様の母堂であるイルムガルト様の出身地は、隣接する強国、ダルス帝国。しかし、我がユリデン王国が境を接するのは、ダルス帝国だけではなく、ミルーデン王国もある。一国単独での軍事介入は考えにくい。
「もし強引に侵攻しても、今は農繁期で、あまり多くの兵をそろえることはできないから、電撃戦が必要になる。しかし、ユリデン王国が王都に籠城すれば、数カ月は持つに違いない。そしてまた、国境線から王都までの間の地域は、戦略的にも経済的にも、征服したところで人員と経費がかさむのみで、利がない。そう考えれば、軍事行動はない。恐らくそういうお考えかと」
「……何を、言いたいのかね?」
本題から、話がどんどんずれているように感じたのだろう。わたしの話ではなく、先方の話しかしていないのだから。いら立っているというより、こちらの話しぶりを見て、論理的な説明ができない小娘と考えてきたように見える。
なめられてきたなら、むしろ、その方が具合がいい。その後に、爆弾を落とした時の衝撃が大きくなるから。
「さきほどわたくしは、卿の行動判断は正解と申し上げましたが、その判断理由それ自体には、根本的な間違いがあると存じます」
「ふむ?」
「卿のご判断は、ユリデン王国に一定の戦闘能力が維持されていることを前提とされておいでです。しかし、王都を維持することは、ほぼ無理でしょう」
「確かに軍費は削減傾向にあるが、王都防衛の人員はむしろ増加しておるし、食料の備蓄も問題ないはずだ」
「まことに残念ながら」
一息置いてから、ここで、一つ目の切り札を出す。
「三日後の発表の直後、王国軍の解散と武器兵糧の売却がなされる予定です」
いちにちめ。で主人公が小耳に挟んでいた伏線が、ここでつながります。




