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5-8.【Side:レオノーラ-2】姉は妹の胸元で泣く

「ユキエでない形では、初めてお目にかかります。ドゥルケン男爵家が子女、レオノーラ・エグナーにございます。この度はお目通りの機会をいただき、光栄に存じます」


 本来なら、当主の長女という立場を明確にして名乗るべきだけれど、あの男のことを口にする気にはなれない。最初は、そういった感情を表に出さず、型どおりにあいさつしようと考えていたけど、イザベラがすでに顔見知りになっていて、エグナー家の内情についてもある程度知っているだろうことを踏まえれば、あえて顔色を隠していないことを示す方がいいと思ったのだ。


「デリンジャー伯爵家当主長女、フリーデ・クラウスナーです。ご足労感謝します」


「ビルジー侯爵家当主長男、トビアス・カウフマンです。よろしく」


 事務的というか、非常に素っ気ない返事がある。無理もない。フリーデ様やトビアス様にとってみれば、わたしの存在は、あまりにも中途半端だ。ユキエは、わたしが召喚して二日目に早くもこの二人と出会って、婚約破棄の計画を基に、政権奪取の計画を持ち出すなど、すっかり懇意になっている。この二人、ユキエ、そしてイザベラを加えた四人が、同志という関係になる。


 それに対してわたしは、とても微妙な立場にある。


 そもそも、現今の混乱だって、直接の原因は、全てわたしに帰するのは、言い訳のしようもない事実だ。王太子周辺をかき回したのも、外交問題必至の状況を作ったのも、


 そして何より、ユキエを召喚したのも。


 そういったことについて、いろいろ言いたいことはあるし、言っておくべき事柄もあるけれど、いかんせん、時間が無い。


「本日は、ユキエではなく、わたくし、レオノーラが対応いたします。ユキエが長いこと前面に出続けていたためか、彼女の精神に疲労が見えております。また、本日の“交渉”では、張本人ならではの意図を知っていることを前提として話さなければならないことも多いでしょうから」


 前半については、あまり正確な情報ではない。いや、正直に言えば、推測を交えたとしても、ユキエが必ずしも疲れているようには思えない。


 ただ、この世界にある程度なじんできたことに加えて、昨日から今日にかけて、軽い興奮状態が継続している。しかも、妙に気力がみなぎっているようで、わたしの出る幕がないままだ。


 いや、わたしの出番がなくても、大一番まで無事に進むなら、それはそれでいい。


 だけど、気分の高揚が長期に渡ると、一気に疲れが出て、ずっと眠りに付いてしまう可能性がある。


 それを避けるため、召喚者権限で、強制的に休んでもらうことにしたというしだい。


 でも、被召喚者の扱いとしては、あまり褒められたものではないだろうから、すでに疲れてきていることを前提にしておく。


「張本人?」


「ええ。本日お会いするのはレベッカ・ハーマン嬢と聞き及んでおりますが、恐らく、お父上か、お母上のいずれかが臨席されると思われます。その際、ユキエでは、目的や効果を説くことはできても、わたくしが持っている意図について、話し合いの中でちらつかせなければ、会談の結果に効力が伴いません。よほどの愚物でない限り、先方はわたしの狙いについて、王太子殿下本人ではなく、その妃という名誉でもなく、その地位を利用して行う“何か”だと察するはず。その“何か”を探らせること自体がカードになるのです」


 隣に座っているイザベラの目が、また輝きだしているけど、この程度のやり取りは、貴族同士の探り合いなら初歩も初歩。それなりの知能がある貴族家の者なら、特段訓練するまでもなく、頭の中で自然と整理できていくものだけれど、そういう訓練をする機会がなかったんだろうな。


「レベッカ嬢は、本分を全うするためにはどのように行動するか、どのように選択するかを意識されている段階です。そして、あくまでもご自分の立ち位置に即した行動しか、なされないはず。恐らく、当方から情報をまともに引き出すこともできず、時宜に適した判断をするには厳しいでしょう。そうなりますと、ご両親への対応の方が重要になりますが、父上であるギュンター様と、母上であるイルムガルト様が、同時に臨席されることは、考えなくてよいと存じます」


「ふむ。後半について、そう判断する理由があるのだろうが、まあよい。それを、どう使う?」


 フリーデ様は本当にわからないようだが、トビアス様は表情を変えない。見当がついていてこちらを試そうとしているのか、表情を隠す技術が高いのか。


「イルムガルド様なら、簡単でしょう。あのご婦人は、帝国の第一皇女という自負心が強い、いや、肥大化しておいでです。茶会などの場でも、ドレスからマナーから、全てを帝国準拠のものから、一切変えようとしない。当初は、それが人目を引く役割を持っていたのでしょうが、今となっては、頑迷固陋ころうの典型のごとくです」


 もともとプライドが高かったのに、嫁いだ先では、単なる貴族家の夫人でしかない。夫は権力争いのメインプレイヤーになる気がなく、ひたすら官僚として働くのみ。結果として、娘を溺愛し、彼女を通じてこの王国に食い込むことで、自分のプライドを満足させたいのだろう。単純なことだ。


 逆にいえば、帝国への依存心が極めて強く、彼女の自意識は帝国を背景にして成立しているといってよかろう。


「しかし、帝国側には、彼女を皇族係累として尊重したり、彼女自身を王国の中で活用しようとする考えはありません。輿入れ(こしいれ)の際、不安に思わぬようにと、彼女が信を置く者を大量に付き添わせましたが、これは逆に、彼女側から見て、帝国内の足がかりを排除したことになります。つまり、帝国側は、いつでも切れる状態で嫁に出していると」


 通常の政略結婚とは異なり、百名単位の家臣が、彼女と共にハーマン家へ大量に随伴したのは、有名な話だ。それだけ、帝国側が彼女を重視し、何かあった場合の圧力になるという示威というのが、一般的な判断。


 しかし、わたしには、そうは思えない。間違いなく、相手国の中に、自爆装置を埋め込む程度にしか、思っていないはずだ。埋め込まれた側は、そのような意識を露も持っていないだろうが。


 こういう考えに至っているのは、ドゥルケン男爵家の家系に生まれたからなんだろうな、とは思うが、それはさておき。


「イルムガルド様には、公式非公式を問わず、権限も、権力も、そもそも自分で動かせる人も金もございません。そして、彼女には、味方がいない状態なのです。帝国が自分の味方だという、いわば思い込みがあるだけ。そこを突けば、プライドの高いイルムガルド様なら、むしろすがりついてくるでしょう。そして、失礼ながらあの方は、権謀術数を巡らせる術には、お世辞にも優れておりません。丸め込むのは容易でしょう」


「なるほど。レベッカ嬢ではなく、帝国という“頼り”の実態を暴露する方向か。悪くない。それで、ギュンター殿が出てきた場合は?」


「ギュンター様なら、正攻法でよろしいと存じます。本来の意味で、貴族らしい方ですから。味方に付ければ心強い方ではありますが、圧倒的かつ暴力的な力でも提示しない限り、引き込むには時間がかかります。しかし、そういうことに時間をかけるより、敵に回すことが愚策だと思わせれば十分です」


「しかし、何の成果も報酬も約束せずに、敵に回らずにいるものだろうか」


「これまでの行動や言動を見るに、非常にプライドの高いお方ですから、単なる明快な提示は逆効果だと思います。その一方で、当家のことについては、調べればわかることは確実にご存じのはず。警戒されるでしょうが、それ以上を求めることはないと思います。最終的には、先方の出方、いえ、判断形態を考慮して決定するべきでしょうが、王国のため、家のため、娘のために、傍観していただきたい。そう言うだけで十分かと」


 九割方、この線で大丈夫だろう。


 わたしが派手に活動していても、ごく簡単な調査をしている程度にとどまっていて、ギュンター様からは何の接触もしてこない。警告はおろか、第三者を通じてのメッセージさえない。その“動かない”ことを考慮すれば、当初から慎重路線を取っているはずだ。この段階になって、のるかそるかの大バクチを打つ可能性は、まずない。


 加えて、こちらに武力があることを示した上で、レベッカ嬢の身の安全について絶対的に保証するといえば、先方にはそれ以上の攻め手がない。


「ただし、先方にすれば、追い込まれた状況での交渉になる。ハーマン卿がいかに冷静沈着とて、合理的に判断できる確証はあるまい。その場合の対処は?」


 なかなか慎重ね。でも、たとえ王国屈指の能吏といえども、正解から大きく逸脱する行動を取る可能性はある。窮地になって自暴自棄になり、自爆的な選択に突き進むこともあり得るわけだ。


 そういう点まで考慮できるとは、若年で有力貴族家の当主代行を務めているのもダテじゃないということか。ユキエが惚れ込むのもわからなくない。


「さすがに、私的な打ち合わせの場で、激高することもないでしょう。先方に冷静さを維持させることを優先すべきだと思います。ですが、万が一自棄に走り、例えばダルス帝国の引き込みでも図ろうとするなら」


「するなら?」


「消えて頂くまでです」


「どのように、して?」


「ダルス帝国の間者がユリデンに入っているのはご存じですよね。そういう者の中には、逆間者も居るのですよ。後は、お察し下さい」


 他国との情報戦は、遠隔地でなければ得られない情報を集めて、分析して、加工した上で向こうに流すのが基本ではある。でも、情報の価値を高めるのは、正確さと速度。基本に縛られては時間がかかり、その価値をいたずらに毀損する。


 だからこそ、間違ってはおらず、それでいて不完全な情報を、さまざまなルートで流す。そのルートの一つとして他国の間者を確保しておくのだ。そうすれば、彼らは本国へ“そこそこ程度の価値しかない情報”を持ち帰る。その情報の価値は、畢竟ひっきょう、遠隔地に居る者には正しく判断するすべなどないから、彼らは任務を果たしたとみなされる。間者のようなタイプの者は、金銭ではなく、本国上層部での評価の方が大事だしね。そうじゃないと、身の安全に関わるから。こうすることで、他国の間者へ“情報を流す”ことによりパイプを作っておくわけ。


 価値がないからといって情報を流すなど、愚か者の業だって? 冗談じゃない。どんなヘボ貴族でも知っている程度のうわさ話を聞かせる程度で、何かの時に使えるルートを確保できるなら、そちらのほうがよほど益になる。平時にはほどほどの餌を与えて、肝心な時にはどんと報酬を渡す。アメにもメリハリが必要。


「まあ、それは最後の手段ですね。あるいは、このようなものを黙って、テーブルの上にでも置くとか」


 わたしは懐から、複数の円模様と、その回りに波模様が描かれた紙を出す。


「これは、何の意味もない、ただの紙です。模様が描かれていますが、これにも何の意味もなく、単なる落書きです。しかし、わたくしという人間が、このような“道具”を使うそぶりを見せれば」


「動けない、か」


 我が一族の能力自体はそれなりに知られているけれど、詳細はほとんど漏れていない。だからこそ、わたしの存在自体が、抑止力になる。ボディチェックをしようが、護衛を付けようが、心理的には完全に無力化できる。


「……怖いな、君は。交渉の場でどのように相手を説き伏せるか、興味が出てきた。しかし、それだけの判断ができるのに、有希江を召喚したのだ?」


「!」


 聞いているのは、素朴な疑問、なのだろう。


 でも、なぜだろう。トビアス様には個人的な武の才はないはずし、その場に居る者に殺気を飛ばしたりすることはできないはずだ。


 それなのに、その眼に射抜かれると、体がびくりと跳ね、背中に冷や汗が伝う。


「そ、それは……」


 彼が、ソファからゆらりと立ち上がり、わたしを見下ろす。


 身じろぎもできない。蛇ににらまれたかえるとはこのことだろう。


「この世と異なる場所から、その者の人生を狂わせてまで、無理に引き込むほど、追い詰められていたというのか? どうなのだ」


「う、う、あ……」


 声が出ない。心なしか、視界がぼやけてきた気がする。


「よりによって、なぜ、有希江だったのだ?」


 わたし、どうなるんだろう。


 なんだか、かんがえることが、できなくなってきた。


「……さま! 姉様!!」


 ……と、わたしを現実に引き戻したのは、わたしの肩をガクガクと揺さぶる、イザベラだった。


 彼女は、わたしの体を守るように抱きしめて。


「大丈夫。大丈夫です。……姉様は、一人ではありません。例え、世界中が敵に回っても、わたしくしは姉様の味方ですから」


「イザベラ……」


「トビアスに対しては、わたくしがしっかりと釘を刺します。……はあ、普段温厚で冷静な者が激高すると、怖いんですよね」


 テーブルの向こうでは、そのトビアス様が、フリーデ様に問い詰められるような姿勢になっていた。どのようなことを言われているのかはわからない。


 眼や頬、唇の動きを読んで、感情や発言内容を類推する術は身に付けたはずだけど、落ち着いて観察できる余裕なんかない。


「そう……いえ、違うわね。わたし自身が、いろいろと、無神経だから……」


 ふむ。


 ユキエ一人とっても、わたしは、彼女個人に対する負い目は感じていたけれど、それ以上を顧慮することは全くなかった。


 イザベラと、トビアス殿といい関係を築けたのは知っていたけれど、それは、ユキエに対する好意的な感情が発生したということと同じだと、その点に気付いていなかった。


「ええ、まったくもって」


「おい」


「つまり、姉様は、潜在的に敵を作りやすい方なのですよ。本来なら、それを矯正して、生きやすく適応していくべきなのでしょう。でも、姉様の計画を、部分的にでも成功させるなら、今は、それを受け入れないと。意図せずに、人に憎まれることも多いでしょうが、そこは耐えていただかないと」


「……」


「何度でも言いますね。大丈夫です。わたくしは、ずっと、姉様の側におりますから」


 情けないことに、わたしは、人の感情を酌み取る能力に乏しい。さらに、下級とはいえ貴族家の跡取りとあっては、気の置けない友人などもおらず、会話をする機会自体が非常に少なかった。これではいけないと自覚してきたし、人と話す時のシミュレーションなども工夫してみたけれど、どうにも限界があるっぽい。


 それを知った上で、こんな人間だと知った上で、それでも、側に居てくれる、わたしのたった一人の、大事な妹が、穏やかな笑みを浮かべて。


 気が付いたら、わたしは、イザベラに抱きついて、いや、しがみついていた。涙をぐずぐずと流しながら。


 自分の中に、こんな感情があったなんて。初めて気付いた。

トビアス、暴走。朝方まで主人公といちゃついていた影響が強く出てしまいました。

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