5-6.告白の返事をもらえました
《はあ……わたし、幸せだよ。こういう……こんな、状態。とっても……》
わたしとトビアスは、二人して背中合わせでソファに座り、足をそれぞれ前に投げ出している。ちょうど、ローマ字のL字を左右対称に配置して、長軸の部分を重ねている状態だ。
極度の興奮状態というわけじゃないんだけど、感情の高ぶりが極点に達すると、思いを言語に変換することができなくなるみたい。
事後のピロートークみたいな言葉が出ているけど、むしろ肉体的には逆で、うずうずした状態がいまでも収まっていない。うずくのが左手なら無害だからほっとけばいいけど、腰から背筋にかけて走るうずきを抑えるには結構な自制心が求められる。
だからこそ、トビアスと接触するのを背中だけにした。腕や脚をフリーにすれば、間違いなく、彼の体をそのまま極めてしまうから。
それでも、背中から伝わってくる、彼の体温を、筋肉の厚みを、血液の流れを感じるだけで、言葉に表せない幸福感が湧いてくる。
そう、感じる、一方的に受け止める、そういう感覚だけで、幸せと感じられる。
たっくんへの感情が一方通行だったことは一度もなかった。だから、気持ちが一方向だけだった時は、いわば返事待ちのような状態で、リアクションがないととっても不安に思えたぐらい。逆に、たっくんから何かが伝わってきたら、わたしはそれを受け止めてから、すぐに反応を返す。そのやり取りが一式そろって、やっと満足を得ていた。
寄り添っているだけ。存在を意識しているだけ。今までは、物足りなかったはずだ。そーんなんじゃダメ、そーんなんじゃヤダ、だった。
それなのに今は、こうやって、彼の体をすぐに感じるだけで、それだけで、胸がカッと熱くなってくる。
《こういう関係で満足している方が、幸せ、なのかな》
《俺は嫌だぞ》
背中から、少し重たげな声が、響いてくる。
《……それって……その、ifの話をできる、余裕、あるの?》
《あるわけないだろ。むしろ、期待値で計算すれば、負の値が出るとは思うぜ。それでもな。心理面以外のリスクがないのなら、許される範囲で楽観的になりたいさ》
許される範囲で、か。
わたしとトビアスでは、この世界という“足場”の意味合いが、まるで違う。この世に放り込まれて一週間もたっておらず、そもそも社会的に存在を認知されていないわたし。生を受け直してすでに十何年を経過し、例えたっくんの知識を減衰させることなくそのまま継承させていたとしても、この世という基盤で関係を構築してきたトビアス。同等になれるはずがない。いわば、社会的な年の差という絶対的な、いや、存在を脾摘することのできない壁が厳然たる事実として立ちはだかる。
その壁のために、わたしたちはいろいろなギャップを強いられているわけだけど、その一つが、この世界への接触で培われた、倫理観だ。簡単にいえば、トビアスはわたしに比べて、この世界の倫理に、より多くの制約を受けることになる。
《わたしなら、失いたくないものはほとんどないけど。あなたは、そうじゃないものね》
《……》
《わたしは、あなたの側に居場所を確保するなら、白を黒に塗り替える覚悟だってあるよ。フリーデに言った、一夫多妻制というのも、選択肢としては真面目に提案していい。デュークじゃなくて、スルターンを目指すのも、面白いわよ》
元の世界では、デュークはあくまでもキングの下位に置かれる一方、ポウプと直接の接点はない。一方、スルターンは時代による違いこそあれ、基本的にはカリフより世俗的権力を全面的に委任されている。権威という面でも、ずっと高位だ。まあ、地方領主で満足していてはつまらないわよ、という意味を込めたのだけど。
《そんなの御免だ》
《おや、手鍋提げても、あたしだけの手を取ってくれますかい?》
《当たり前だろ。ゆっきーが肉体を持ちさえすれば、俺の行動は一つしかないさ》
《!!》
その瞬間、わたしの体に、電気が走ったような衝撃があって。
いったん収まった涙が、今度は、漏れ出るのではなく、滝のように止まることなくあふれ出てきて。
反射的に、彼の胸に飛び込もうとする自分を。無理やりに抑え込む。それを成さしめたのは、超人的な精神力なのか、悪魔的な理性なのか。
膝の上に置いていた手を、ぎゅっと、握りしめて。
体全体に響く震えは、いったい何分続いただろう。
ポスッ、と、頭に何かが落ちてくる。ジャケットだ。
《もう、夜も明けたけど、外はまだ冷えてるだろ。着てけ》
《……ん……》
やばい。彼の顔を見られないや。
こんな感情を抱いたの、生まれて初めてのような気がする。
ジャケットの裾から伝わってくる彼の匂いに、半ば酔うようにして、わたしは、屋敷から外へ出た。
主人公とトビアスの甘い展開はここまで。いつかめ。では、もう主人公の出番はありません。




