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5-5.男の手料理で撃沈されました

《お……おいひい……とっても……ぐすっ……》


 スクランブルエッグを口にしながら、泣きじゃくる少女。端から見たら、なかなか異様な光景だとは思う。


 食うや食わずやが当然という境遇の貧乏人とか、食糧が尽きて身動き取れなくなった放浪者とかなら、口にするもの何でもかんでもうまく感じるだろう。それなりの味付けをしてあるから、例えようもない美味と感じられるかもしれない。確かにわたしは相当に空腹だったけれど、それは、召喚されてこの方、この世界のお食事事情が随分と貧弱なのに閉口して、結果的に食が細くなっていただけだ。


 それなのに、鶏卵とか、牛乳とか、バターとか、黒こしょうとか、それらが奏でるハーモニーが舌から伝わってくるのを感じて、涙が止まらない。


 素材も、恐らくは相当に入手しにくいものなんだろうし、その成果物は歓待の証には違いないけど。木のスプーンから唇に触れ、そして舌へと動くそれの食感が見事なもので、客へ出すのに十分な水準なものではあるけど。材料の入手経路を知りたいわけでも、レシピを知りたいわけでもない。


 いや、単に、口の中で感じている味覚で感動しているわけではない。


 一番大事なのは、わたしが口に運んでいる料理の味付けが、わたしの好みにぴったり、ドンピシャで合っているということだ。


《……わたしの、好み……覚えてて、くれて、たんだ……》


 まったく、もう。


 これって、お前の事は、十何年たった今でもはっきり覚えてるし、あの時と同じ味を再現できるようにしていたんだぞ、っていうメッセージじゃないの。


 そう、他の誰にもできない、トビアスにしかできない、メッセージ。


 返答不能な告白を受けておいて、こういう“返事”を即座によこすとは。


《そりゃお前、塩こしょうの加減が違うと、すぐに機嫌損ねてただろうが、嫌でも覚えるさ》


《覚える……こと、じゃなくて……覚えてて……忘れないで、いてくれて……いうのが……それに……体が、感覚が……あの、時……戻れた……》


 言葉が、うまく出せない。食い終わってから話せよ、という、彼の声が、甘く聞こえてくる。


 落涙滂沱ぼうだ止む能わざるなんて、そんなの、グルメ漫画の中でしか出てくるはずないと思ってたけど、そんなことなかった。


 ごくごく家庭的な、普通の料理であっても、それが、背景にある“人生の履歴としての体験”とリンクすると、このような情動を惹起じゃっきするとは、思わなかった。


 しかも、彼にしか作り得ない、そしてまた同時に、わたしにしかわかり得ないメッセージが込められていて。それが、爆発的な破壊力をもたらすとは。そんなこと、考えもよらなかった。


 一皿の料理を口にしているだけで、理性も感情も、まとめて爆発、霧散してしまったような気になる。


 だから、食べ終えてしまうのが、どうしようもないほど、もったいなく感じたけど。


《……ごちそう、さまでした。……ふう……》


《久しぶりだったし、火加減とかあまりうまくいかなかったけど》


《ご冗談を。うん、しっかり、いただいたよ。……うん……食べ物だけじゃなくて……あなたの、口に出したいこと、も》


 口に出したいことと、口に出せることは、違う。それをわかった上で、この男は、こんな芸当をしてきやがった。


 ずっと一緒に居たから気付かなかったけど、こういうことのできる一面も持ってたんだ。いや、料理男子とかそういうのはどうでもいい。言葉を使わず、肉体を使わず、それ以外の“コミュニケーション”を使えたんだ。


《……こんなオトコ、フリーだったら、みんなほっとかなかったんだろうな……》


《誰かさんに鍛えられただけだよ》


 わたしの独り言が、そのまま耳に届いてしまったらしい。あらまあ。なんか照れる。


《それに、他にはもう、出せる料理はないぞ。今は》


《そんなこと、気に……》


 え?


 他には、もう?


 今は?


 わたしとたっくんは、中学の後半以降になると、帰宅後はいつもべったりで、両親とも共働きだったから、二人で夕飯の準備をするのが日課になっていた。近所のスーパーへ行ったりするのも含めて、夕飯づくりは二人一緒のお仕事になってた。


 だから、料理のレパートリーはたくさんあるし、この世界の食材だけでも、取り組めそうなものはいろいろあるはず。それに、時々は自分で料理する、って言ってた。


 なのに、他にはもう……“出せる料理”はない、って。


 加えて“今は”って、ことは、つまり、将来的には、その限りじゃない、ってことで。


 つまり。


《ひょっとして……まさか、わたしが……わたしと……わたしに……》


 わたしと会える日が、いつか来ることを期待して、その日を心待ちにしながら、わたしの好きな料理を、好きな味付けを忘れないように、そのために、料理を作っていた、ってこと?


《やりたくてやってただけだ。痛い男の未練の結晶ってヤツなんで、気にすんな》


《……!》


 わたしには、もう、声を発する余裕なんかなかった。


 彼が、トビアスが、そんなにも、わたしのことを思い続けていてくれたなんて。


 そして、それを、こんな形で伝えられては。


 一番大事な人との、二人きりの空間で。


 わたしは、口から漏れるうめき声を、止めることができなくなっていた。

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