よっかめ。用語解説
【アンリ・ルソー】
十九世紀末、フランスで活躍したポスト印象派期の画家で、いわゆる“素朴派”を代表する。若い時に税関勤務だったことから「税関吏ルソー」の二つ名を得る。遠近法などの写実的な手法の一切を排除し、それでいて絵本の挿絵のように平面的にはならず、緻密に計算された構図や配色でまとめられた絵は、この世とは別世界のような幻想的な要素を各所に提示する。専門的な美術教育を受けず人脈も持たなかったこともあり、展示会に出展する度に落選を繰り返したが、その作品は一部の鑑賞者や批評家に大きな衝撃を与えた。特に、カンディンスキーやピカソら、後に二十世紀を代表することとなる前衛絵画の巨匠に非常に大きな影響を及ぼしており、キュビズムやシュルレアリスムの先駆者という評価も。税関を退職し画家専業になってからは、家族の相次ぐ死去などの不幸に見舞われるほか、延々と貧困にあえぎながらの一生を送り、最晩年には手形詐欺で逮捕されるまでに至る。
【ポーランド・リトアニア共和国五月三日憲法】
ポーランド・リトアニア共和国(ポーランド王国およびリトアニア大公国による複合国家)が、周辺国の圧力により国家存亡の危機にあった一七九一年に制定した憲法で、同年五月三日に議会で採択されたことからこのような名称となる。ロシアと対立していたプロイセンとの同盟を成立させ、ごく束の間の安定期に成立させた国家基本法。ローマ・カトリックを第一とした信教の自由、シュラフタ(議会への投票権を有する特権階級)の権利保障、農民の居住および移動の自由、三権分立(立法権、行政権および新たに整備される司法権)、司法権の立法機関および国王からの完全な独立、個別の国民による国土防衛などを明記している。当時としては手探りだった、身分制度の解体による自由主義と国家への国民統合を図る試みであり、立憲民主制と議院内閣制をベースとした統治機構を明文化した先駆的なものといえる。採択後も、同憲法に実効性を持たせるための法整備が急ピッチで進められたものの、王国への集権化を嫌った勢力とロシアとの連合勢力によって、共和国があっさり瓦解することとなり、憲法はそのまま霧消。アメリカ合衆国憲法に次いで成立した世界最初期の成文憲法とはいえ、それが残した歴史上の影響はほとんどない。ただし、第一次大戦後にポーランド共和国が独立して以降、当時としては画期的だった同憲法が“失われた独立国家ポーランド”の象徴と評価される傾向があり、それは二十世紀後半の東欧革命期以降再度強くなっている観がある。ポーランド人には日本に友好的な人が多いが、五月三日施行の日本国憲法を同憲法の生まれ変わりと考えている人も居ることを頭にいれておくべき。
【ポーランド分割】
一般的には、ポーランド・リトアニア共和国が十八世紀後半に三度にわたり、周辺の三強国にその領土を相次いで奪われ、最終的にその国家自体を消滅させたことを指す。もともとはロシアがポーランドへ内政干渉をするのに警戒したプロイセンがオーストリアと共に各国境周辺地を奪取したのが始まり(第一次分割)。共和国は自由主義勢力を糾合して立憲君主制に移行するが、これはポーランドの反王国派を活性化させることとなり、周辺諸国による更なる領土侵食を招く(第二次分割)。愛国者コシチュシュコの抵抗などがあったものの、フランス革命への警戒もあって全土が分割併合されてポーランドは滅亡に追い込まれる(第三次分割)。なお、ワルシャワ公国のナポレオン没落に伴う解体、ドイツ(ヒトラー政権)とソ連(スターリン政権)によるポーランド同時侵攻に伴う分割占領もあるが、ポーランド分割という場合はこれらは通常含まない。
【サン=シモン主義】
十八世紀末から十九世紀初頭、アンリ・ドゥ・サン=シモンの思想。聖職者や貴族ではなく、産業階級による産業社会の形成を重視する、産業主義の思想をベースとする。すなわち、前資本主義社会において、テクノクラート主導の政治体制を構築し、合理的な高度資本主義を形成することを目的とした。簡単にいえば、産業者の、産業者による、産業者のための社会/国家を目指したといえる。一方で、産業者の利得意思を制限することを目的とした宗教を再編成し、それを倫理の主軸に掲げるのが特徴。当該理論はサン=シモン死後に彼の弟子が整備したもので、後に宗教への傾斜が進行して政治思想の潮流としてはほぼ消滅するものの、後のナポレオン三世など為政者の政策論にも大きな影響を及ぼした。後の共産主義体制、ポスト共産主義型権威主義体制、開発独裁型政治体制も、この思想の後継と見なし得よう。
【信玄堤】
山梨県甲府盆地内の河川、特に甲斐市竜王地区を流れる釜無川および御勅使川の合流地点付近に設けられた堤防。甲斐国を治めた戦国大名、武田信玄の命で築かれたとされることからこの名があるが、発給文書などが確認できておらず、信玄時代の武田家において可能だった動員力を考慮すると、信用性はあまり高くないと思われる。石積出し、将棋頭、高岩などを組み合わせることで、大雨が降った場合の増水時に発生する被害を極力軽減する工夫が施されている。江戸時代以降も河川の状況に応じて整備が継続されており、現在の信玄堤は基本的に明治時代のもの。
【ケマル・アタテュルク】
トルコ共和国の祖。士官学校出身の職業軍人で、第一次世界大戦時には軍司令官として各地を転戦。オスマン帝国の惨敗により帝国の解体が既定路線になると、かつて「統一と進歩委員会」を構成した自由主義的有力者を結集、帝国解体に対する抵抗運動を開始。戦勝国列強に屈服したイスタンブルのオスマン帝国政府に対して反旗を掲げ、アンカラに新政府を樹立して首班に収まる。アナトリアに侵攻していたギリシャ軍を撃退してイズミルを奪回することで軍人としてカリスマ的名声を獲得、国家を共和制に移行させてスルタンを追放、トルコ共和国初代大統領に就任。政治から宗教色を一掃し徹底的な世俗化を推進、独裁者として君臨する。現在のトルコ共和国でも、滅亡寸前だったトルコの独立を堅持した救国の英雄、近代国家トルコ共和国の樹立者と評価されており、彼の政治路線はその後のトルコ共和国の国是となっている(ケマリズム)。ちなみに「アタ」は父の意、「テュルク」はトルコの正しい発音。
【内調/公調】
それぞれ、内閣情報調査室(内閣官房内の組織)、公安調査庁(法務省の外局)の略称で、いずれも日本国政府の情報機関。
【ボリシェヴィキ】
ロシア社会民主労働党左派の一部で、ソヴェート共産党の前身に当たる。直訳では「多数派」の意味だが、必ずしもメンバーが多数派を構成していたわけではなく、実際の戦術や行動パターンからは、強硬派と評するのが妥当に思われる。強固に組織された職業革命家による中央集権体制を指向した点が、右派のメンシェヴィキと大きく異なる。
【メリットシステム】
公務員の任用や昇進などの人事を、その専門能力の優劣によって判断する制度で、日本語では資格任用制という。情実主義の廃止と公平な試験による選抜を行い、その後の配置も個人の能力に応じて行うもの。人物本位のシステムだが、業務に適した人材を養成しにくい難点がある。
【版籍奉還】
一八六九年、明治政府成立後も地方行政の主体を担っていた諸藩主が、天皇に版(=土地)および籍(=民)を返納したこと。大名の多くが、返上した版籍の再交付による地位の維持を期待したこともあり、大きな混乱もなく実施されたものの、諸藩領有権の否定は中央集権体制確立への第一歩となり、後の廃藩置県へつながっていく。
【罪刑法定主義】
どのような行為が犯罪となり、そしてどのような刑罰が科せられるかは、あらかじめ法律で明確に定められていなければならないという、刑法の基本原則。日本国憲法三十一条に「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と明記されている。法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし。




