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1-6.異世界の文を読めるようになりました

《……あれ?》


 ベッドに横になっているのはわかるけど、寝具の一切に心当たりがないし、天井も見たことがない。ぐるりと見回してみても、やはり初見だ。また、病院などの施設というわけでもない。


 ……いや、天丼はやめようや、わたし。明らかに、さっき気が付いた寝室だ。


《確か、公園のベンチにいたはず。目を回すように意識を失ったことは、うっすら覚えている。それなのにどうして、屋敷に戻っているの?》


 服を確認しても、汚れたり破れたりといったことはなく、体もきれいだ。事故らしいものはなかったと見てよい。そうなると、意識がないまま、ここに戻ってきたということだろうか。わたしは経験ないけど、深酒で意識が飛んだ場合でも、帰巣本能のせいか自宅にはちゃんと帰ることができる、という話は聞いたことがあるけど。


《いや、疲労感とか倦怠感とか、不自然な不快感とか、そういうものが一切ない。そうすると、レオノーラの意識が前に出て、彼女の意思でここまで戻ってきた、ということか》


 このレオノーラの体には、わたしの自我と、レオノーラの自我が共存している。そして、わたしはレオノーラへ部分的にアクセスすることはできるが、それは読み取り専用で、操作はできない。逆の場合はどうなのか、少し気にはなるが。


 そして、わたしの意識が飛ぶ時間があったということは、その間に、レオノーラが自分でこの体を動かしていたと考えるのが自然だろう。


 その間、レオノーラの体を持った女性が活動しているのを目撃した人がいれば確実だけど、そんな証言を集めることはできない。わたしが歩いているのを見ましたか、なんて、病んでると思われるわ。いや、ある意味、それは正しいといえるか。偏見を伴った好奇の視線を集める趣味はないから、そんなことはせんけどな。理由も目的もなく注目を浴びるメリットなんて、何もないし。


《せめて、レオノーラが活動している間に、どういう行動を取ったかぐらいは、知りたいんだけどなあ。発言や行動に矛盾が起きると、説明しにくくなって、立場がいろいろ面倒になるし》


 整合性を取るために言い訳を重ねていくと、嘘をごまかすために嘘を重ねる羽目になるし、そちらばかりに気が向いてしまって、落とし穴にはまるのがオチだ。仕方ない、頭が弱いおバカさんを演じるしかないか。意識的にやったことはないけど。


 さて、この先、情報を集めようにも、町中でランダムにすれ違うだけの人ならともかく、レオノーラと何らかの関係がある人物の場合、敵か味方か、好意的か冷淡か、どのような利害関係があるか、そういった情報が何もなければ、接すれば接するほどリスクが跳ね上がる。適切な情報を得られる可能性が下がる一方で、身の危険が増大することも考えられる。


《やっぱり、文章を読めるようにならないと無理か》


 歩き回っている間、時折耳に入ってくる話し言葉を意識して聞き取ったら、どうやら現代ドイツ語に強いなまりが加わったような言語という印象を受けた。語順や動詞変化はだいたい同じ、名詞格変化はいささか違うような。単語は全く重ならないけど、固有名詞らしいもの以外はすんなり受け入れられたので、何とかなりそうだ。第二外国語がドイツ語でよかった。


《そうすれば、ひとまず、文字の読み書きができるようにすることが第一ね》


 まず、紙とペンを用意する。紙やインクが高級品でないのは幸いだ。ファンタジー世界らしいご都合主義だ、と思うのは、ラノベ脳と言われても仕方ないかも。


 続いて、レオノーラの知識から文字を引き出して、書き出していく。意外と簡単な作業だった。考えてみれば当然だが、個々の文字がわからないのにいきなりテキストに向かっても、そもそもどこで区切るかさえわからないのだから、対処できないに決まっている。読むだけじゃなくて、書けるようにもしたいから、たどたどしくも、ペンを走らせていく。こればかりは、体で覚えるしかないだろうから。


 ただ、単語の先頭で使う字体、単語の末尾で使う字体、それ以外で使う字体がそれぞれ違う上に、右から左に書くのにはまいった。読めるようにはなっても、書けるようになるのは随分時間がかかりそうである。アラビア文字かよ、と思ったけど、確かあれには基本的に母音が表記されなかったはずなので、また違う表記法みたい。


 そして、レオノーラの頭に入っているいくつかの基礎単語を書き出す。これを、会話での発音と照合すれば、音読もできる。文字を覚えるには、半日もあれば何とかなるだろうし、これでとっかかりはつかんだといえる。


《後は、何かテキストというか、単語の羅列程度でもいいから、目からインプットしていきたいところだけど》


 何か、訓練になる本か何かないかな、と、部屋の中を見渡すと、一冊のノートがあったので、手に取って開いてみる。


《うわあ……》


 それは、レオノーラが自分の手で書き留めていた、いわば日記。箇条書きで、単語が羅列されているような書き方だが、それだけに、超初心者でもよくわかる内容だった。


 人の日記を、当人の承諾なく開いてしまった罪悪感はある。でも、読み進めていくうちに、そんなものは軽く吹き飛んでしまった。文章が読めるようになっていたことへの驚きとか、喜びとか、本来ならば当然に湧いてくるはずの感情さえ、そっちのけにして。


《いろいろ、あかん……》


 日記に書かれていた内容は、先行きについて絶望させるに余りあるものだった。

アラビア文字、イコール、母音を表記しないというわけではありません。アラビア語をはじめとして、アラビア文字を採用する言語の多くは基本的に母音を表記しませんが、ウイグル語やクルド語ソーラニ方言など、母音を明記した上でアラビア文字を使う言語もあります。このあたりは、有希江の認識不足とお考えください。

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