4-28.【Side:イザベラ-1】銀のポルツェラーンはフィクサーとして活動する
主人公以外の語りは一日一編を原則にしているのですが、よっかめ。のキーパーソンであるイザベラは特例として三編になります。
「これが、報酬不払いリスクが非常に高い者のブラックリスト。領地経営の状況、資産、借入金などを考慮して作成したもので、品質は保証します」
「確かに、ありがたいデータだが、こんなものをタダで受け取っていいのかよ」
「わたくしにとっては、彼らには動いてほしくない相手。あなた方にとっては、もらえるものがもらえない相手。利害は一致しています。それだけですよ」
ここは、わたくしが懇意にしている宿の一室。ちなみに両脇には、わたしの配下が潜んでいて、何かあればすぐに飛びだしてくる手はずになっている。
わたくしの目の前に居るのは、ユリデン王国の王家やいくつかの有力領主をお得意様にしている、大手傭兵団の団長。規模の大きい傭兵団を統括しているだけあって、交渉力が高い。つまり、頭の回転が速く、こちらの意図を読み取ることができる。
団長は、しばらく考え込んでから。
「わかった。だが、俺たちも、兵を動かして敵をぶち殺して飯を食ってる。ヤバい雇用主を避けるのはいいとして、金払いのいい雇用主は絶対に必要だ。あんたらの都合のいいように動く保証はねえぞ」
「それは承知の上です。そこで、提案が一つございます。現在、三つの傭兵団に対して合同で、募集依頼を行っています。雇用主はデリンジャー伯爵家、スポンサーはビルジー侯爵家」
ビルジー侯爵家、いえ、トビアスには、口約束ではあるけど、了解を取っている。お金については、最優先できちんと固めないとね。ただ、トビアス私兵団の運用にもそれなりの経費はかかるし、今後を考慮するとジャブジャブ資金をつぎ込むわけにはいかないというから、そこはわたくしの手持ち資金を使うことにした。最悪、融資を受けられるツテも複数あるし。そう、平和かつ穏便に交渉できる相手をキープしているから。
ただし、デリンジャー伯爵家の傘下に傭兵団を引き込むのは、わたくしの完全な独断。ユキエを巻き込んで押せば、通るだろう。失礼ながら、フリーデは軍事力の行使という面ではともかく、その動員という方面ではいささか心もとない。そして、トビアスにそれを委ねるのは、現在抱えている仕事を考えると、労力的にいささか厳しそう。それなら、契約内容をきっちり履行できる傭兵を引き込むのが得策だ。
「いやまあ、金の支払と待遇が保証されるんなら、どこでもいいけどよ。そんで、依頼の内容ってのは? これから戦争をふっかけるのか?」
「いえ、こちらから攻めるのではなく、相手が攻めてくる可能性が高いため、それを迎撃します。ただし、敵に勝つ必要はありません。防御に徹して、負けなければけっこうです。拠点を守ることができれば、例え敵襲が一切なくとも、それだけで基本報酬を満額保証、額はこの程度。負傷者が出た場合は、その個人に対して若干の上乗せ。装備の保守費用は雇用主側で負担。契約期間は二か月。いかがでしょうか」
「二か月、ね。条件はいいが、ひとつ疑問がある。防御に徹するってことは、相手は個々の貴族サマじゃねえな。それなのに、雇用主もスポンサーも貴族サマ。しかも、話を持ってきたのが“銀のポルツェラーン”ときた」
「……その二つ名、当人の前で言うの、やめてください……」
今は亡き母上のツテには、傭兵組織や武器商人、さらには非合法なゴロツキ集団まで、実にいろいろな人が居た。そういう人脈を引き継いで関係を維持し、彼らに何かあれば保護し、逆に何か必要があれば助力を求める、そんな関係を構築してきた。
もともと血の気の多い連中ということもあって、集団相互の対立抗争はよくある話だけれど、それが表面化すると、王家やら上級貴族やらといった“表の勢力”が出てくることになりかねない。それは、こういう社会の構成員にとって望ましくない。それもあって、わたくしが間に入って、仲裁したり、利害を調整したりすることがしばしばあった。
その結果、なぜだかこんな二つ名を頂戴してしまった。
いや、髪が銀色だからといって、ポルツェラーン(磁器)って意味不明でしょう。あるヤクザの親分に聞いたら、いやいや、気高いくせに、叩くとやたらと高い音が鳴るじゃないっすか、だって。やっぱり意味不明だ。
逆に見れば、こんな二つ名があるということは、わたくしは裏社会でフィクサーと認知されているということで。
「お察しのとおりです。そして、デリンジャー伯爵家はあくまでも“当面の”雇用主です」
「そういうことか。ふん、なるほどね。面白いじゃねえか。乗った」
「ありがとうございます。契約成立ですね。それでは、詳細に移りましょう」
正直なところ、他国からの軍事侵入の可能性はあまり高くないと踏んでいる。ここユリデン王国で政変が発生したとしても、周辺諸国は他国の動向を観察して行動するはずで、中央政権自体が完全に瓦解して無政府状態にでもならない限り、即時対応はしないと思われるから。
軍事圧力を強く掛けているダルス帝国も、帝国直轄軍、帝国貴族軍、辺境伯軍の間で衝突発生寸前で、とても進軍できる状態ではないという。虚偽情報かとも思ったけれど、帝国貴族軍を率いる某伯爵家当主が辺境伯家長男と口論になり、激情して剣を振って負傷させたという。目くらましで起こす事件でもあるまい。
そういう状態だから、傭兵などは本来必要ないと思ってはいる。しかし、ここで彼らと契約しようとするのは、傭兵という存在を、国家体制の表舞台へ引き上げる、つまり体制内勢力に引き込むためだ。
そもそも、傭兵という存在は、為政者からも民からも忌避される存在。
主君に対して忠誠を尽くさず金次第で兵として戦うことに対する倫理的なものもあるけれど、それ以上に、傭兵という存在自体が、社会の安定を損ねているからに他ならない。
傭兵は、戦争がなければ食べていけないから、戦争がない平和な状態になると、その武力を頼みに、略奪や強盗に走る。ただし、やり過ぎると抹殺されることになるから、出来戦闘で食いつなぐことになる。例えば、領主が移動する場合には護衛を付けるものだけれど、これには傭兵を使うのが一般的だ。そうすれば、護衛が傭兵、盗賊も傭兵、そうするとお互いに大して成果もないところで傷つきたくないから、適当にチャンチャンバラバラやっておいて、ほどほどのところで手を引く。バカバカしいが、こうしておけば、傭兵から成る盗賊も領民には手を出さなくなるので、領主も強くは出られない。
そしてもちろん、民にとっては、いつ暴行略奪の対象になるかわからないから、嫌悪の対象になるのは当然といえる。傭兵は雇用主に対しては契約を誠実に遂行するし、食糧や装備の調達ルートは大切に維持するけれど、それら以外に対しては残虐行為を平然と行うからだ。しかも、傭兵が通るところでは、街道の安全が確保できないために、物流が不安定になり、資源や生産物が行きわたらなくなる。経済面での痛手も大きい。
このようなデメリットの多い傭兵を使う理由は単純で、常備軍を維持するにはコストが非常に高くつくから。ビルジー侯爵家のように自前の常備軍を用意しているのは例外で、平時の軍は金食い虫以外のなにものでもない。
それなら逆に、コストに見合うだけの存在意義を設ければいい。
今回の国家刷新にあたって、軍事組織を抜本的に変革、王家でなく国に従わせるようにした上で、官僚化した職業軍人の組織を作る。騎士という属人的な存在ではなく、軍人という組織構成員になってもらうのだ。そして、騎士だの何だという“身分”への誇りはゴミ箱行きにしてもらい、替わりに、軍人という“職業”への誇りを持ってもらう。しかしそのためには、既存の人員だけでは無理だろう。何せ、戦争参加を、自分の身分を証するものと思って疑わない連中だから。
そこで、傭兵という、戦争現場のプロの出番になる。彼らを、近衛兵やら王国軍やらの中に入れて、プロ根性をたたき込んでもらうわけだ。
そしてまた、傭兵を王国で常時雇用することで、その身分を安定させる一方で、治安を悪化させる行動を厳禁させる。これに順応できない者は、他国で傭兵として生き延びてもらえばいい。
もちろん、そんなにうまくいくはずはないだろうけれど、現在の王国内における軍事力を、中央へと集約させていくことは、国家として自立させるための最初の一歩だと考える。
「期待しておりますよ」
にっこり笑ったわたくしは、すでに悪魔に魂を売っているのだろう。いや、もう買い手がつかないかもしれない。




